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青春敗者は戦うことを選ぶ  作者: わたぬき たぬき
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思い出の少女 9

待ち合わせは特に意味のない場所だった。

待ち合わせの場所は小石が指定したが、目立ちたくなかったのでそこを選んだのだろうと思った。落ち着いていられなかった俺は約束の時間よりも少し早めについてしまった。しかし改めてここは何もない場所だと考えていると、遠くから足音が近づいてきてた。小さな歌とともに。

「ごめんね、私から呼び出したのに。」

「それは全然大丈夫。むしろ俺よりも小石の方が大丈夫か?その、イベントの準備というか、最後の確認みたいなのした方がいいんじゃないか?すごい人ばっかりなんだろ?」

「うん……多分これからそのイベントまではずっと家に籠って勉強かな。そうなったらもう彼方とも会えなくなると思う。だから今会っておきたいと思ったの。」

ガードレールに寄りかかり、小石は俺に笑い掛けた。今夜は月がとても綺麗で、小石の笑顔が良く映えた。もっとその笑顔を身近で見ていたいと思った。その笑顔が曇らないように支えてあげたいと思った。そのためにも俺ができることはほとんど何もない。せめて頑張る彼女のその背中を押せるような言葉をかけてあげるくらいしか。

おじいちゃんには本心で語れと言われた。中途半端な同情や優しさなんてすぐにばれるから。思うが儘を語れと。もしこの先もずっと一緒に居たいのであれば、あるがままの自分を見てもらえ、と。

「まだ俺には何もないけど、小石の横に立っても恥ずかしくないような人間になるから。勉強頑張って、いい会社入って、必ず幸せにするから。だから、だから......」

いろんな感情が入り混じり、自分でも何を言っているのか段々わからなくなっていった。ただ、涙が止めどなく溢れてきて止まらなかった。好きな女の子との大切な別れの際にこんな姿を晒したくなかった。でも、本当にこれが最後になるかもしれない。そう思うとどうしてもこの感情が湧いて出てくる。

「......ねぇ、あれ見えるかな?」

小石が指さす先には小さな花の咲いた木があった。

「……花の咲いた木?」

「うん。あとこれはこの前ここで拾った小さな可愛らしい石。」

小石の手には確かに可愛らしい、でも正直どこにでも落ちていそうな小さな石があった。それが小石の名前に関係するものだとは分かったが、だから何だというのか。

「お母さんとお父さんはね、私の名前を決める際、いつもすぐそばにいてくれるような存在になってほしいってことで『小石』なんて名前つけたんだって。正直もっといい名前があったと思うんだけど......今わかった気がする。」

「何が?」

「小さくても綺麗に咲く花、小さくて可愛らしい石、ささやかな夢、それと彼方。私の幸せにはあまり多くのものはいらないみたい。」

「......俺も同じだよ。待ってて、今あそこに咲いている花を少し採ってくるから。大した贈り物にはならないけど、持っててほしい。」

そういって坂道を下る。花が咲いている木までは少し距離があり、駆け足でそこまで走った。足音が聞こえるから上の道から小石が来てくれているのだろう。木はそれなりの高さがあったが、幹がとても太く、子ども一人の体重なら何の問題なく支えられるだろう。

「木登りができるようになったのも小石のおかげだな。」

小石からはたくさんのものをもらった。俺はこの先小石に何ができるのだろうか。何をあげられるのだろうか。......いや、さっき小石も言っていただろう。小石は多くのものを望んではいない。だったら、俺はできるだけ小石と一緒にいよう。長い長い時間、いつまでも。


月は明るく、月光がまるで優しく俺たちを包んでくれているような気がした。

だから雨なんて降るはずがなかった。けれど俺の頬には確かに水滴が垂れてきた。だとしたら何か夜露か何かかと思った。けれどそれにしてはやけに質量があるというか、なんか臭うというか。


次の瞬間、何か大きなものが俺めがけて落ちてきた。俺は死ぬ思いでそれを避けると足を滑らし、枝に体を打ちながらやがて地面に落ちた。


自分の体なんてどうでもよかった。自分の見たものが信じられなかった。信じたくなかった。意味が分からなかった。頭がおかしくなった。

つい先ほどまで笑顔で笑っていた小石が、俺が脚をかけていた木の太枝に突き刺さっていた。お腹を貫通し、止めどなく血が流れさしていた。助けなければ、救急車を呼ばなければ、でも携帯なんて持ってない。家に帰るべきか、とりあえず降ろさなければ、でも降ろしてもいいものか、そもそもどうやって枝から抜けばいいのか。

何もできない俺に木が突き刺さったままの小石はゆっくりと話し始めた。

「......そういえば、これ、渡そうと......」

そう言ってポケットから何か出した。しかしそれは力のない小石の手からするりと落ち、俺の手の甲に乗った。前に互いの助け合うなんて誓ったミサンガだった。

「私の...ファン......第一号の......証......今......これしかなくて...」

「今...そんなの」

「大きくなったら……絶対……彼方君に会いに行くから……忘れちゃいやだよ……」

俺の目に映ったその景色は俺の心を壊すには十分すぎるほどに、美しかった。

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