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青春敗者は戦うことを選ぶ  作者: わたぬき たぬき
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思い出の少女 8

ぶっとば、え、ぶっ飛ばす?今のって小石が言ったのか?マジで?でも此方もポカンとしてるし、小石は指バキバキ鳴らしてるし。

「違う。ぶっ飛ばす。」

「あっはい。……じゃないやだ!」

しまった。ついその殺気を纏った顔に怯えて敬語ではいと答えてしまった。

「此方ちゃん、抑えて。」

「あっはい。」

くそっ、血は争えないか。母さんのあの性格が悪い感じで遺伝したな。あの人人がいいから。

此方は震えながらも素早く背後に回り込み後ろからしっかりロックをかけた。この年代の男女では女子の方が体格とか力とか勝つとか何とか言ってた気がする。年下の此方でも簡単には剥がせなかった。

故に。

「あんまり動かない方がいいよ?」

「あっはい。」

素直な子。

次の瞬間には俺の頬目掛け小石の平手が差し迫っていた。そして次の瞬間には涙が頬から流れ落ちていた。

「そんな……悲しいこと言わないでよ。」

小石の両手は優しく俺の両頬を包んでいた。

「彼方にはその程度のことなのかもしれないけど、私にとってはもう二度とできない友達なのかもしれないんだよ。妥協して選択した道なんてその程度の結果しかついてこない。」

妥協という言葉にイラッとした。確かに結果としてはそのようになったが、そんな軽々しい言葉で終われるほど簡単に出した答えじゃない。小石の将来を考えて、頭も良くないガキだけど必死に考えた結果だ。

「俺はお前の未来奪ってまで責任取れるほど大それた人間じゃねぇんだよ!」

「未来って何!?私が歌の番組とかニュースとかで話題になってる未来とか!?知らないよ、そんなあるかどうかも分からないふにゃふにゃな未来のことなんて!!」

「その曖昧な未来を確かなものにするために今から頑張るんだろ!?」

「そんなよく分からないもののために頑張れるほど私いい子じゃない!!」

ああ言えばこう言う。つまり具体的な頑張る理由が欲しいんだろ。

「じゃあ俺がお前の最初のファンになってやる!ファンの期待に応えるのはアイドルの使命だろ!!文句あるか!?」

お互い怒鳴り合いに近い会話がここで終わった。荒い息の音が部屋に響く。此方は怯えた姿で部屋の隅っこにいた。

「ファンなら……」

「?」

「ファンならいつも近くで応援してよね。」

だからそれが出来たら苦労はないのに。近くで応援できるのなら別にファンになんかならずとも友達としていくらでも応援する。

そこで小石が何か急に閃いたように手を叩く。

「そうだよ!!私を彼方の家に住まわせてよ!!こんなド田舎よりも流行とかすぐ分かるし、レッスンスタジオとか洋服屋さんとか沢山あるし、何より一緒にいられる!!お母さんとかにはそれっぽい理由で言いくるめられるし。」

それは……どうなんだ?確かにうちの両親に言えば多分住むこと自体は問題ないと思う。きちんと言いつけは守るだろうし、もし稼げるレベルまで売れればお金の問題もなくなるだろう。一見問題なさそうだけど、正直子どもの視点だと見えないところに何かありそう。……でも、小石といられるのなら。

「......わかった。でも先にそっちの両親に許可を取ってきて。さすがに許可はないとうちの親も許してくれないと思う。」

その言葉がよほどうれしかったのか、「わかった!!」と返事をするとすぐに家を飛び出していった。なんて冷静に言いつつも、この時俺も飛び上がってしまいそうなほど嬉しかった。たった友達一人、今後何人も友達なんてできるというのに、その一人がなぜこんなに嬉しかったのかは言うまでもないと思う。


その日の晩御飯を食べていると廊下に置いてあった電話が鳴った。なんとなくだがその電話相手は小石だと思った。そのため他を制し廊下に出る。その日の夜は蒸し暑く、エアコンの効いていない廊下は異様に熱く感じた。しかしこのドキドキに比べれば全然気にならなかった。電話に出ると案の定その相手は小石だった。声からして返事は決まったようなものだった。また心音が上がったのを感じた。

「3日後の大きなアイドルの採用イベントでいい結果を出せれば行ってもいいって!!」

小石の高いテンションとは対照に俺の心は一気に冷えていった。そのイベントというのは知っている。小石が前に話してくれたこともあった。テレビでも見たことがある。それは本当に大きなイベントで間違いなくいい結果を出すことは簡単ではない。よくドキュメンタリーなどでも取り上げられている。その画面の向こうでは年不相応に頑張ってきた子どもたちが、努力実らず泣き崩れる姿があった。その姿に小石の顔を重ねてしまった。

「私がいい結果を出せないと思う?」

「そうは言ってないよ。......でもすごい難しいと思う。小石を疑うわけじゃないけど、間違いなく厳しい戦いになるだろうなって。」

「......この後少し時間あるかな。できればあって直接話したいな。場所は……」

断る理由はなかった。

廊下から戻り扉を開けると一気に涼しさが体を包む。残っていた晩御飯を早めに食べ、全て飲み込んでからひと言だけおじいちゃんとおばあちゃんに聞いてみた。

「頑張ってる人を応援したいんだけど、その人は住んでる世界が違うというか、俺みたいな人間があんまり口出しできないことなんだ。それでもその人に頑張ってほしい時にはなんて言葉をかけてあげればいいかな?」


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