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青春敗者は戦うことを選ぶ  作者: わたぬき たぬき
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思い出の少女 6

風呂場から出てきた白花は勇ましい程全裸だった。そして狐神は目を瞑りながらそれに抵抗する。暴れる際に床に音が響く。抵抗する声も次第に大きくなる。

「おい小石!早く手を離せ!その、いろいろ見えるから!!」

「静かにして!家の人に聞こえちゃうよ。」

そ、それは不味い。今の状況なら尚更。

「分かった、分かったから……」

その時に扉の向こうから足音が近づいてくるのが聞こえた。恐らくおばあちゃんが騒いでいるのを聞きつけて来たのだろう。……こうなれば腹を括るしかない。

「ちょっと、彼方。少しは静かにしなさ……ようやくお風呂に入ったの。お風呂の時くらい静かにしなさい。」

「……はーい。」

外で扉が閉まる音がするとようやく呼吸が戻る。生きた心地がしないとはまさにこの事だなと思った。

家が広い分、お風呂場も相当広い。入ろうと思えば7、8人くらい入れる。しかし浴槽だけ何故か後付けらしく、こちらは3人入ればキツキツだ。俺は大人しく体や頭でも洗っていよう。

しかしシャワーから出る水はまだ冷たかった。その冷たさについ「冷たっ!?」と叫んでしまったが、それを直ぐに後悔する。

「一緒にお風呂入ろう?」

「いや、だから、そんなのできないってさ……」

「こっちを見て言って。」

「いや、だから、それが出来ないから……」

「見て。」

この時初めて小石のドスの効いた声を聞いた。その声は間違いなく怒っていた。小石の怒る理由も分かる。多分俺が逆の立場でも同じように怒るだろう。恥ずかしがっているうちに風邪なんて引いたら申し訳ない。

諦めてため息を1つつき、「わかった」と呟く。極力その姿が視界に映らないように浴槽に入る。しかしあまり広くない浴槽に3人も入れば嫌でも体が触れる。触れた瞬間ビクンと小石が反応した。

「……顔真っ赤じゃん。」

「……だってこんな……女の子なのにはしたない。言っておくけど私下心なんてないからね?いい?」

「はい。」

それから長い沈黙の後、おばあちゃんの声がけで勢いよく風呂を出た。俺がどんな顔をしていたのかは想像に難くないと思う。

風呂を出ると夕方になるまで部屋で遊んだ。テレビゲームなんてものはここにないので花札やダイヤモンド、オセロ、最後に人生ゲームをして楽しんだ。

「うわっ、奥さんに騙され家庭、子ども、笑顔、生きがい、100万円失う。精神病院に入り職を失い、更に治療費で100万円失う。ボコボコじゃん、」

「じゃあ此方ちゃんが今1位だね。家庭円満でお金持ちか〜、羨ましいなぁ。」

此方はあまりこのゲームが面白くないのか、1位だったがあまり嬉しそうではない。かくいく小石はごく平凡な家庭を持っていた。お金に余裕はないが、夫と子ども2人に恵まれた家庭。子どもの俺らにはまだ将来のことなんて分からないけれど、こんな未来もあるのだろうか。

やがて人生ゲームは此方の勝利に終わり、丁度そのタイミングでゆうやけこやけの曲が外に響いた。まるでそれは夢が覚めるかのように。

おばあちゃんにバレないように外に出ると少し離れたところまで見送った。

「ここでいいよ。ありがとね。今日は楽しかった。」

俺も楽しかった。けれど最初の小石とお父さんとのやり取りを忘れる事は出来なかった。どうせならお父さんにも納得した上で遊びたい。けれどそれを小石に伝えていいかどうか分からなかった。

「ん。じゃあまたな。」

結局俺はそれを伝えられず、手を振るだけだった。


ようやく自由研究のテーマが頭に浮かんだ。それはアイドルになるためにどんなことをあいつが頑張っているか、だった。今から思えばそんな馬鹿げたことも、あの時は何故か本気だった。そのためにもできるだけ小石のそばにいたい、そんな建前をつけていた。その為にも小石との家族とは仲良くしていたい。外堀から埋めるという少し賢い手を思い浮かんだ。しかしその手段が分からなかった。

だから直接攻めることにした。

愚かしくも。


ピンポーン。

「小石、遊べる?」

いつも通り此方を連れて。今度はやはり少し嫌がっていたが、俺の腕にしがみついてなんとか玄関まで着いてきた。そんなに怖いなら来なければいいのに、とはもう思わなかった。

しかし向こうから全然リアクションがなかった。インターホンを押すまで音楽が聞こえていたので家には誰かいるはず。鳴らしたら音楽が止まったのも聞こえた。

「いない?」

「いるとは思うが……お?」

扉の向こうから足音が聞こえて、やがて近づいてくるのが分かった。そして間もなく扉が開いた。

「……誰だ。」

そこには何とも強面の男の人が立っていた。俺たちを見るや否や、眉間のシワが更に深まる。

「あ……えっと、小石さんの友達の狐神彼方と言います。こっちは此方と言います。もし小石さんが暇なら遊びたいなと思って……。」

男の人は何も言わず、ただ俺と此方を交互に何度も見た。人の視線は俺も得意ではないので、目を背けてしまう。此方は言わずもがな。

やがて「丁度いい」と小声が聞こえると「入りなさい」と続く。てっきり追い返されると思っていたので、その言葉が少し意外だった。

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