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青春敗者は戦うことを選ぶ  作者: わたぬき たぬき
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思い出の少女 4

翌日、思った通り午前中から電話が鳴った。そしておばあちゃんを差し止めて俺が出ると案の定相手は小石だった。今日も相変わらず元気いっぱいで、近辺の山々の案内をしてくれるそうな。此方も隣で目を輝かせながらそわそわしていた。電話を切ると此方に話をし、おばあちゃんに早めのお昼を作ってもらった。おばあちゃんとおじいちゃんは何も言わなかったが、何やらとても嬉しそうな表情をしていた。


お昼のそうめんをお腹に流し込むと、勢いよく家を出た。此方も後ろから必死についてきた。

「そんなに慌てなくても山は逃げないよ。というかお兄さんなんだからちゃんと妹ちゃんを待ってあげなきゃ。」

家を出てすぐ、昨日別れた辺りに既に小石は立っていた。同い年なのに少しだけ年上のように感じた。

「すまん、此方、平気か?」

息を切らしつつも必死に頷いていた。確かにこれは配慮が足りなかったと少し反省する。此方の呼吸が落ち着くまで少しそこにあった塀に掛けて休んだ。

此方の呼吸が落ち着いた頃、小石の案内の元、近くの山から見て回った。この時期は田舎というのと相まって虫の量が凄かった。しかし子どもの頃は案外虫に嫌悪感はなく、見たこともない虫がいれば捕まえて2人に見せた。2人もそんなに嫌悪感はなく、「なんの虫だろうね。」と言って盛り上がった。他にも綺麗な植物の実を食べてみたり、川でずぶ濡れになるまで遊んだ。こんな田舎だからこそできるものがたくさんあると知った。都会では大人の人の目が多くあるのですることやること全てに制限がかかっていたが、ここはそんな口うるさい人が全然いない。自由そのものだった。勿論夕方までには帰らなくてはいけないし、ずぶ濡れの姿を見ておばあちゃんには軽く叱られたが、そんなもの些細な事だった。


いつからか自由研究には一切手をつけず、毎日のように遊んだ。勿論他の夏休みの宿題は終わった。しかし自由研究が終わってしまったら、もう帰らなくてはいけない気がした。折角今こんなに楽しい時間を過ごしているのにそれを終わらせたくなかった。


時々いつも集合の5分前には着いている小石が集合時間を過ぎても来ない日があった。本人は「10分経っても来なかったら帰ってもらっていいかな?」と言ってたが、その具体的な理由は言ってくれなかった。そしてその日は必ず電話が通じなかった。


そして夏が終わりに向かい始めた頃、小石が自分のことを語り始めた。

「私ね、その......アイドル、目指してるんだ。」

「え!すご!!」

「いやいやいや!!私というか、お母さんとお父さんが『やりなさい』って。だから正直あんまり気乗りもしないんだけどね。」

「えー!!ちょっと歌ってみてよ、どんなのか見てみたい!!」

小石は困った顔を見せていたが、一緒に居た此方のその羨望の眼差しには勝てなかったらしい。少し嬉しそうな顔をして大きなため息をついていた。

「なんとなくわかってはいたけど、やっぱりそうなるよね。.......少しだけだよ?」

よく遊んでいた川原はその日だけは小石の単独ライブの会場になった。決してアイドルの真似をしている感じではなかった。本当のアイドルというか、いつも見ていた小石とはまた違った、少し遠い存在のようにも感じられた。澄んだ声にたおやかダンス。俺には上手い下手とかはわからないけど、確かに俺の心は大きく動かされた。

やがて歌とダンスが終わると自然と拍手と感嘆の言葉がこぼれていた。

しかし歌い終わった小石の顔は少し複雑そうに見えた。その顔の意味はその頃の俺には分からなかった。気恥ずかしい、照れる、そのくらいだと思っていた。しかし後になってわかった。周りとは違うことをやっていると、どうしても周りから距離が生まれる。それがろくに歳をくってない子どもなら尚更、周りから距離を置かれるのは当然だ。それなら俺なんかと毎日のように遊んでも何もおかしいところなどない。

彼女には胸を張って『友達』と呼べる存在が俺以外にいなかったのだ。

「......あんまり楽しくないの?」

この時の俺のセリフは本当に最悪だと思う。そんなもの少し考えれば誰だって分かる事だ。それにそれを小石が言えないということも。

案の定小石は笑って首を横に振った。

「そんなことないよ。ダンスとか演技とかって案外面白くてね......」

それからその日はアイドルの為に何をやっているのか聞いた。1つとして愚痴をこぼすことなく。どことなくその元気さがいつもとは違うとその時にはそうとしか思えなかった。


翌日はまた川原で遊ぶことになった。

しかし俺はひょんな子どもの好奇心から、小石の家がどんなものか見てみようと思った。それは少し前から思っており、遊び別れた後にこっそりとその後ろ姿を追いかけていた。そしてつい先日、ついに小石の家を特定することができた。俺の家と同じような感じで、やはり田舎では土地が余ってるんだなという感想だった。

そして今日は家を出てきたところを「バァッ」と下らない事をしようとしていた。横に動かすタイプの玄関の扉だったので、扉のすぐ側に隠れた。ここでおどかそうと、笑いをこらえるのが必死だった。しかし此方は何故か小石の家の敷地にすら入ろうとしなかった。前回小石にももう少し此方に気を使うようにと言われたばっかなので、一応言葉を掛けた。

「どした?お前も隠れろよ。」

「......や、やだ。」

「なんで?」

「なんか、この家やだ。」

理由は分からないけれど、先程までの笑顔とは打って変わって、本当に嫌がっているのがわかった。やがて頭を抱え始め、「やだやだやだやだやだやだ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と明らかに異常な様子に陥った。流石にその様子を放っておくなんて出来ず、とりあえず小石の家から離れることにした。

その時中から声が漏れた。外にいても聞こえるので、きっと大きな声だったのだろう。一言であまり穏やかなものだとは思わなかった。

「またあのガキのところに行くのか?確かに課題はきちんとやってるが、あまり感心しないな。こうしている間にも他の人はどんどん進歩しているんだぞ。」

「......ごめんなさい。早くに帰るから。」



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