アイドル事変 22
話し合いはこのまま順調に終わるかと思った。いつもこの人とはこんな感じだったから全く気にしてなかった。
いきなり太陽が勢いよく机を殴った。壊れこそしなかったが、「バキッ」と音が響いた。それに遠井先生がビクついたのを、大きくビクついた俺は見逃さなかった。太陽の顔は先程までとは一転し殺意に満ちていた。
「そもそもあんたら教師がもっと真剣に事件解決に乗り出せばこんなことなんなかったろ。それで彼方一人が地獄のような思いして、やっと掴んだ勝利に対してあんたらバツの悪そうな顔する。『こいつがとっとと全責任取って退学してくれれば』とでも思ったか?」
「太陽、もういいよ。俺は端から学校になんの期待もしていない。時間の無駄だから帰ろ。」
「.......ああ。」
遠井先生は何も言わなかった。何か言おうとしてたが、結局何も。
「でもとりあえずこのまま学校いれてよかったな。」
「ほんそれ。退学になったなんて口が裂けても両親には言えないからな。あ、そういやもうすぐ帰ってくるってさ。そん時にご飯でも招待するよ。」
「おー、マジか!?よかったじゃんか!!此方ちゃんの卒業に合わせてさ、こうパーッと......あー、というか、どうなん。その、此方ちゃんの受験は。」
「入試か?本人は余裕って言ってたけど、結果はまだ俺も知らん。......胃が痛くなるよ。ほんと。」
折角太陽と楽しくボーイズトークしていたというのに、どうしてこうも間が悪いかな。いや、当然といえば当然か。俺が意識を戻したのだから。
「白花は分かるが、榎本まで来るとはな。仕事はいいのか?」
「そんなものよりもこちらの方が余程大切ですから。」
外で話すにもこの2人がいると絶対に騒ぎになるから学校に残って話そうと思った。しかし学校でも榎本がいれば絶対に騒ぎになるし、聞かれたくない話もあるかもしれない。その結果消去法として何故か俺の家になった。カラオケなども提案したが、金の無駄ということで却下。家なので此方にも参加するか聞いたがそれは怖いとのこと。けれど話し合いには参加したいらしく、マイクオフ映像オフのオンライン参加。リビングに5人の男女が集まった。
しかしどこから話したものか。榎本の動機?俺と白花の関係?話し合いがどういう結論に至ったのか?
口火を切ったのは榎本だった。
「2日前に起きた事件、戦犯は最近白花先輩に主役を取られた女優でした。動機は説明不要だと思うので省きますね。その他の方も加担したということで厳重注意されました。「たかが厳重注意?」と思うかもしれませんが、芸能界で厳重注意なんて、ほとんど生命線が絶たれたと同じなので重いですよ。」
「そんな連中のことはいい。で、榎本は?」
流石にあそこにいて私は何も知りませんじゃ言い訳聞かないだろう。みんなの前で「ここで全員すり潰す」とか言っちゃってるし。榎本も引退か?
「私は事件のことを事前に知っていて、白花先輩を助けるために暗躍した設定にしました。みんなの目線を集めて、予め用意しておいた睡眠ガスで白花先輩を連れ出す作戦です。」
「いや......そんな馬鹿みたいな作戦に誰が引っかかるんだ?」
「そこは上手く言いくるめましたよ。同じ内容でも話し方1つで内容なんてどうとでも変わりますから。」
俺はその場にはいなかったが、白花の様子を見るに嘘はついていないのだろう。さすがは白花の後輩だけある。けれど俺には正直そこら辺もどうでもいい。俺が退学しなかったのならそれでいい。
「で、結局お前は何をしたかったんだ?榎本。白花を守りたかったとか言ってたけど。」
榎本はハッとした顔をした。恐らくあの時は意識が混濁していたから、つい話す気もないような本音が漏れてしまったという感じか。誤魔化すことも出来たかもしれないが、先程の顔を2人にも見せてしまった以上それは叶わないだろう。
やがて観念したように話し始める。
「......昔の私は他の人よりも勝っていると一人驕っていました。頭も同年代ではいい方で、運動は今も変わらず普通でしたけど、アイドルの予選を通るくらいには外見にも自信がありました。勿論それなりの努力をしてきましたが、それを苦だとは思わなかったです。......でも本物には勝てませんでした。」
一瞬白花の方を見たのを見逃さなかった。白花は静かに話を聞き、太陽は小さなため息をひとつした。俺たちの考えている事は同じだった。
『きっと榎本の努力だって本物だ』
そうでなければ白花の後輩なんて立場に立つことなんて叶うはずがないのだから。
「本物に勝つために更なる努力を重ねました。研究を進め、それを基盤に自分色を更に出して。いつしか追い抜いてやろうと、曖昧だった私に明確な目標をくれました。......けれど、誰よりもその人を見てたから、いつしか感じてしまったんです。その人の孤独を。」
「だから『守りたい』ってか。随分と自惚れたもんだな。」
皮肉に対しても何も言い返しては来なかった。「そう、ですね」ととても悲しそうに呟くだけだった。その姿がいつもよりとても小さかった。
俺だってその気持ちは分かる。俺だけがあいつの味方になれるなんて自惚れて、助けるなんて名目で、手を差し伸べてる自分に酔っていた。今から思うと本当に気持ち悪い。誰が俺なんかの助けを必要とするのか。
じゃああの時のは何だったのだろう。
「そういや心霊番ぐ「ちょっとこっち来て貰えますか?」」
先程までのしょんぼりモードから一転、今度は急に殺気が出てきた。手招きをしながら廊下に出た。俺は勿論、周りもキョトンとしている。
何か地雷を踏んでしまったらしい。大人しくここは従おう。