アイドル事変 19
「名前なんて知られてるわけねぇだろ。本日限定のアイドルだぞ。」
その声に真っ先に気づいたのは白花だった。そして榎本、深見の順番。他の連中は未だに何が起こったのかよく分かってない様子。カメラでの撮影を止めて深見の手を取る。その手は酷く震えていて、自身の悔しさや情けなさが伝わるようだった。こいつが去年までは何の躊躇もなく人を傷つけていたとは思えないほどに。
「こいつの強姦の罪を背負うのは俺だけでいい。」
深見は何か言いたそうにしていたが、やがて潤んだ両目から溢れる涙がそれを阻んだ。それを遠くから見る榎本の目は少しも動じてなかった。そしてゆっくりと立ち上がりこちらに歩いてきた。その雰囲気は周りを一歩後退させ、やがて俺と白花の前にやってきた。
「そんな可愛らしい姿でお見えするとは思ってもいませんでした。でもこの後どうするんです?まさか無償で白花先輩を助けるんですか?あんな酷いことをされていて。惚れてる、という訳でもない様子ですし。」
「そうなんだよね。可愛くおめかししてもらったのはいいけど......いや、嬉しかないけど。白花の陵辱を近くで見るのが目的だったんだけど。流石に深見にあんなことさせるのはかわいそうだしと思って。どうすっか。」
それは白花も分かっていたのか、別に俺が助けるつもりはないといっても表情を変えない。別にクズ野郎と罵られても構わない。俺は白馬の王子様じゃない。女装のブサイク野郎だ。
「じゃあ白花、ここでお前を助けたら俺の退学取り消してくれよ。ついでに窃盗も強姦も冤罪でしたって。そしたら助けてやるよ。」
「......」
白花は何の反応も示さなかった。しかしそれは提案を断るという意味ではなく、今は何をされても反応しない様子だった。今まで頑張ってきたものが急に空虚に感じるように。
「振られちゃいましたね。どうします?」
「......お前の目的を知りたい。俺を裏切って、白花を陥れようとして何がしたい。」
周りの連中を見るが、親切に何もせず突っ立って「死ねぇ!!」くれてはいなかった。流石に不意打ちとはいえ女子に簡単に殴られるほど俺も鈍くない。殴ってくる理由なんて俺の持つカメラ以外ないわけだが。
悠長に話している時間はなさそうだな。
「小石。」
僅かに反応を示した。しかし顔色は以前変わらない。
「同じクラスメートなんかじゃなく、被害者加害者の関係でもなく。お前のファン1号として……お前の神様として、たとえこれからどんな道を選んだとしても、今お前を救い、その道行きに幸せを願うよ。」
ポケットに入れてきた薄汚れたミサンガは引き伸ばすと簡単にちぎれた。それを白花の前に放る。それを見て今度こそ目を見開いた。ミサンガがちぎれた時、願いが叶うという。俺達がミサンガにかけた願いは……。
「こんな紐に願い事なんてしない!!」
「え!?」
幼い女の子の発言に幼い男の子はキョトンとした。それはそうだ。そんなものなんの意味もない。確かにミサンガをファッションとしてつけてる人もいるだろうが、この歳の男の子はそういうのをあまり好まない。
「じゃあいらない。」
「わーっ待って待って!!」
コホンと咳払いを1つ。そして人差し指を立てる。
「神様に頼らずに自分に出来ることはできるまでやる。そうじゃないと意味ないもん。」
「でも毎年神社とかお寺でみんなお賽銭投げてるよ?」
「え……」と少女は答えに悩む。
それは歳をとった俺にだって返答に困るのだから、あの時に適切な答えを出すのはおそらく無理だろう。
「それはそれ。これはこれ。ね?」
あの時彼女はそういった。それに「はぁ」と短く返事をする。
「だから」
少女は少年にに近づく。それはもう目と鼻の先に、近づけば互いの唇が重なるくらいに。その純粋さが眩しかった。
「できるまでやる。でも神頼みするほどダメになってしまったら必ずもう1人が助けてあげる。もう一人の神様になってあげるの。その時は、きっと私を助けてよね!!神様!!」
何が神様だよ。都合のいい事ばっか言いやがって。
だけど、今よりもずっと馬鹿で、純粋な俺はろくに考えずに答えを出した。その答えに白花がなんて言ったかは覚えてない。......でも、笑ってた。
「かつてのあの女の子はもういない。けど今の白花を否定する気はない。あの子にはなれない。だから彼女に贈る、俺が唯一送れる最後の餞別として、今その願いを叶えてやる。」
「よし、逃げるか。」
戦っても構わないけれど、俺が元有名人をボッコボコにする芸能人無双はいくら大義名分があろうとも多分アカン。証拠動画を見せればどうにかなる気がしなくもないけど、それならここから逃げた方が遥かにリスクが低い。......けれどここまで榎本が傍観してるのが少し気になる。多分この動画をマスコミや警察に送ればそれなりの処罰が下るだろう。そしてその主犯は誰といえば恐らく榎本の名前が上がる。そうすれば今まで積み上げてきたものが全て崩れるはずだが。
「逃げてどうするんです?また同じことが繰り返されるだけですよ。また他の誰かに的にされ、酷い扱いを受ける。違いますか?」
お前何様だよ。そもそもこんな大規模でリスキーなこと、普通の人間ならやろうとは思わないぞ。
「それに狐神先輩、その動画をどうこうする気ありませんよね。そんな動画送れば私たちは間違いなくまずいですけど、同時に白花先輩にも被害はいきます。例え被害者であったとしても、『こんなことをされる原因があったのではないか』などと噂が出ないわけないですから。」
「......」
この人はさっきから何を言ってるのだろうか。意味がよくわかんない。
同じことを繰り返さないために、2度と似たようなことを起こさないために、あの両親から解放できるように、あんな笑顔で笑わせないように、倒れるほど無茶しないように、ここまで絶望に飲み込まれないように、かつての笑顔を取り戻せるように。
「白花をアイドルとして終わらせてやる。それだけだ。」