アイドル事変 18
恐らく応援してくれたみんなをがっかりさせるには持ってこいの内容だった。そしてその証拠を確保することは今の状況から言って何ら難しい事じゃない。唯一ここにいる男の深見を使えば5分もあれば十分事足りる。とはいってもこの連中がその遊びを5分で終わらせるわけもないが。それを聞いた白花は、しかし焦りも抵抗も見せなかった。そんなこと、自分が逆の立場なら真っ先に考えられることだったから。
「どうした?箱入り娘には少し難しい言葉だったか?あんたは今から犯されるっつってんだよ!!」
耳元でそう叫ばれ、思わずビクつく。
そんな言葉の意味、小学生だって知ってるっての。......まさかわたしの初めてがこんなに盛り上がってるところでなんてね。少しは雰囲気考えなさいよ。......なんて、なんで私こんな落ち着いてんのかな。どう考えたってこれ普通に犯罪よ?しかも一生消えない傷をつけられるってのに。というか、狐神は来ないのかしら。折角電話一本だけできるチャンスを作ったってのに。あんたならあの伝言の意味だって分かるでしょう。とっとと来なさいよ。
「あ!もしかして、誰か助けに来るとか思ってるの?!だからそんな余裕あるのね。でも残念ね、この建物は私たちが入った直後にすぐに厳重に閉められてるの。今この部屋にいる人間以外は誰もいないし、だれも入って来れない。窓もシャッターで閉まってるから侵入は不可能よ。」
ご丁寧に解説どうも。......でも、そっか。じゃああいつに助けを求めるのは無理な話ね。
「......驚いた。あんなのに期待してたのね、私。」
「なんか言った?」
「......」
「おい「放っておきな。絶望してんのさ、今のこの状況に。本当にざまぁないね。榎本さん、そこの男の使ってもいいのかしら。」」
「はい。構わないのよね、深見。」
深見は俯いていたが、やがて目を閉じてゆっくりと頷く。恐らく本人としては嫌だろうが、この状況を変えられるほどの力を持っているはずもない。高校さえ途中で逃げ出した彼のとっては。一歩、また一歩と彼女に近づく度に吐き気と自己嫌悪が押し寄せる。
やがて目の前に来る頃には周りの連中が手足、目隠しを外しており、後は深見の覚悟だけだった。柔らかい布団もベットもない。硬い畳の上に白花を寝かせる。本人はもう諦めた様子でなされるがままだった。
こんな......こんなか弱い女の子に俺は今からなんて事をするんだ。
周りからは「やーれ、やーれ」と絵に書いたような虐めのコールが響く。それもとても楽しそうに。やはり今まで調子に乗って他の連中を薙ぎ倒してきたそんな女はこういう定めになる。その人がどんな気持ちで今まで生きていたかなど知る気もないのに。
どうせなら早く終わらせてやることがせめてもの優しさだと思った深見は勢いよく白花の服を掴む。その景色に周りは更に煽り立てる。
「随分と野性的じゃん。」
「はーい、白花さん。笑って笑って。はい、ピースピース。」
カメラを持つ人が近づく。
「今の感想をどうぞ?」
しかし白花の目にはもう何も見えていなかった。深見はもうこんな空気に耐えられず、白花の上着を脱がす。そして勢いのままにワイシャツのボタンに手をかける、
「どうですかー?何も出来ずに汚される気分は?大人の階段上っちゃう気分は?」
煽ることを辞めないカメラを持った女にいい加減深見も我慢の限界だった。殴るまではしなくても、睨めつける程度なら問題ないだろうと逡巡して。
「......さっきからうるせぇよ、お前。ちょっと黙ってろ。ろくに名前も知られてねぇブスが。」
「やあ。」
「いや、イミフすぎなんだけど。」
「梶山に連絡とってもらった。」
「はぁ。で?」
白花からの伝言を聞いた直後、あいつの置かれている状況は分かった。けれどこのまま突っ込んだところで勝ち目はない。何せ相手が相手だ。恐らく相手は元有名人とかそんなのだろう。であればどうするか。
「色々訳あってまた女装の手伝いをして欲しい。」
「え、きも......」
「それはOKということ?」
「もうパッとやってパッと消えて。」
「よしきた。」
事情は手伝ってもらっている間にあらかた話した。本人は「ふーん」程度だったが、恐らく内心では色々考えているのだろう。以前は憧れていた存在がそんな汚いものに汚されるのをほっとくとは思えない。
鏡石は以前よりもずっと技術は上がり、ものの10分で生存競争に敗れた風のアイドルの完成。これなら紛れ込んでもバレはしまい。
「ありがとな。お前こういう関係の仕事向いてるんじゃないか?」
「とっとと行く。」
「はい。」
多分俺以上に鏡石は焦っているのだろう。勢いよく蹴られた背中には痛さは勿論だが、他の何かを感じた気もした。
「ちょい。」
「何?」
「......必ず白花さんを救って。助けるじゃなくて。あんたが死んでも構わないから。」
随分と俺の命も軽くなったものだ。......でもこいつもこんな真剣な顔できるんだな。
「死んでも救うよ。」




