アイドル事変 15
「ま、久々にゆっくり茶でも飲みながら話そうぜ。お前のその悩みを肴にな。」
首元を掴まれ、ずるずると後ろ向きに引っ張られる。まるで漫画の様な運び方だな。
「いや、これ以上先輩たちに頼るわけにはいかないですよ。......自分の情けなさに気付いたんです。もしピンチになったとしても、鶴や瀬田さんが助けてくれるんじゃないかって思ってる自分がいて。」
「それは確かによくないな。でもお前はそれに気づけた。それでいいんじゃないか?」
よくない。
ふっ、と力を入れ何とか体勢を起こす。けれど上手く保てず、地面に「ベチン」と音を立てて無様に落ちた。俺はこういう無様な様が似合うんだと、笑ってしまう。
「俺はみんなと少しでも対等になれるように、みんなと肩並べて歩けるようになりたいんです。だから少なくても俺が自身の問題くらい一人で解決できるように。結局いつも助けてもらってばっかだから。今回は誰の手も借りずに解決したいんです。」
地面に這い蹲った姿勢から顔を上げることができなかった。多分俺は今、とても見せられないような顔をしている。元からだけど、今は本当に見られたくなかった。
「......狐神君。」
「......ごめん。」
「......狐神君はそもそも何も悪くないよ。」
「そんなこと、ない。」
「......ううん、逃げずに戦って、傷ついても諦めないで、どうやったら勝てるのか考えて、誰にも迷惑が掛からないように、多分守りたい人のために頑張ってる狐神君が悪いわけない。」
......そんな俺を肯定しないでくれ。俺はこんなにも俺のことを嫌いなんだ。だからそんな奴の味方なんかしないでくれ。
「社会に出た時の教訓として覚えておけ。頼れる時はとことん人に頼れ。そしていつか自分が頼られたときにそれに応えられるような人間になれ。」
「なんか、薄い。」
ハハハッ、と瀬田さんの笑い声が廊下に響く。この静かな校舎ではその声がよく響く。そうか、この笑い声もあと少しで聞けなくなるのか。
「じゃあ狐神、言い方を変えよう。......最後に先輩風吹かせてくれ。お前には卒業式で門出を祝ってもらいたい。頼む。」
ずるいよ、瀬田さん。俺が瀬田さんにどんなにお世話になったか知らないわけでもないのに、そんなこと言われて俺が断れないわけないじゃないか。瀬田さんには笑顔でここを旅立って欲しい。その時に俺は「もう大丈夫ですから」というつもりだった。でも瀬田さんが願ってたことは違った。多分「みんなと一緒に、これから頑張っていきます」とかそういう言葉だ。そうだよ、誰よりも俺自身が確信を持って言える。残された僅かな時間でそんな急成長できるわけがない。『お前はお前のペースでいいから』きっとこの人はそう言うだろう。......尊敬している人からここまで言われて、断れるわけがない。
「少しだけ、話を聞いてもらってもいいですか.......」
「おう。」
「.......うん。」
それから見回りが終わると、式乃宮先生に許可を得て生徒会室を少しの間借りた。他の生徒はすでに帰っているらしく、役員のノア、兜狩、明石、小熊の姿もなかった。そのため部屋には鶴と瀬田さんと俺、そして式乃宮先生にも話を聞いて欲しかったので来てもらった。鶴が丁寧に淹れてくれたお茶を啜り、これまでのことを話した。白花のことを話そうとは悩んだが、みんなのことを信用して話した。俺と白花の関係について。
白花の本性、つまり俺をストレス発散の捌け口として使ってると言ったら、瀬田さんと式乃宮先生は多少驚いた様子だった。やはり想像しにくいのだろう。けれども信じてくれた。しかし鶴だけは特になんの表情も変えずに話を聞いていた。何となく勘づいていたのだろうか。
「なるほどな。つまり求めるものとしては、白花も狐神もこのまま学校に残ること、だな。」
「その為にはまず白花のご両親にどうやって諦めてもらうか、となるな。確かに狐神の言うように、やろうと思えばできるが、それはただの脅迫だ。この場合に求められるのは白花から狐神に残って欲しいと強く思わせることだな。」
その為には白花を縛っている両親をどうしなければならない。多分今日よりもより強い口調で白花に『あいつを退学にさせろ』みたいな事を刷り込むだろう。白花の様子からして明日はもう今日の様な迷いはないだろう。
「......今からでもその人に話をした方がいいんじゃないのかな?」
鶴も俺と同じ考えに至ったようだった。他の2人を見ても同感らしく、静かに頷いていた。しかし連絡を取るにしても俺から電話でもしようものなら、間違いなくあの両親に拒否られることは自明だ。一番可能性があるのは式乃宮先生から電話をすることだが、一生徒の携帯に電話をかける訳にもいかない。家の電話にかけたとしても多分出るのは両親だ。そして『小石さんと話させてください』と言って素直に受話器を渡すとは思えない。式之宮先生に無理にお願いしたとしても、担任でもない先生が一体何の用だ、それで詰む。
「手っ取り早いのは直接会って話すことだが、それはできそうかよ、狐神。」
「いや......難しいかと......あ、いや、心当たりのある人物がいます。榎本とかどうでしょうか。」
あいつは裏切ったとはいえ、イマイチ考えがまだ分からない。話によってはこちらに引き込む可能性もないとは言えないのではないのだろうか。あいつは今、白花の両親にも信用されているだろう。上手く榎本をこちらに引き込んで、榎本から電話をすれば両親も白花に取り次いでくれるのではないだろうか。
「一度裏切られたのにか?」
「あの時は明確なあいつの動機が分かりませんでした。目的と利害が一致すれば可能性はあるんじゃないかと。」
「.....うん、可能性はあると思う。少なくても何もしないよりはずっといいと思う。」
そうなれば善は急げだ。メールでもいいが、やはり緊急性がある以上、電話の方がいいだろう。
前に貰ったプライベート用の榎本の電話番号にかける。みんなにも会話の内容が聞こえるように、スピーカーにしてくれと瀬田さんから言われたのでスピーカー状態にして向こうの声を待つ。2コール、3コールと呼出音がなり、それからしばらく待ってみても向こうから声が聞こえることはなかった。そして恐らく仕事で忙しいんだろうと思い、電話を切ろうとした直前に、ブツッと音がして向こうから声が聞こえた。




