アイドル事変 14
......一応策は考えられた。いや、もう少し考えればもっといい策が絶対にある。考えた俺ですらこんなこと言われたら正直かなり気分が悪い。けれど俺にはもうこのくらいしか思いつない。.......最低だな、俺。
「.....か、仮にですよ先生。もし2人の男女がお互い了承の上でそういった行為をしようとした場合は、別に罪には問われないですよね。うちの学校は不純異性交遊を禁止しているわけでもありませんし。白花も記憶がないんじゃあ証明できないですよね。」
これにはさすがの先生たちも怒りを露わにした。隣に座っていた遠井先生の激しいビンタが入る。父親も怒りのあまり、出されていたお茶をぶん投げてきて、さらに隣にあった椅子までもぶん投げてきた。でもそれでいい。これで話し合いなんかしている場合ではない。今にも俺を殺す勢いだ。とても話し合いなんかできるわけがない。
思惑通り、今日の話し合いはお開きとなった。明日にでも父親に刺されそうだが、その時はその時の俺に任せよう。なんて言っている余裕はなかった。
「俺を裏切ったことはもういい。簡単に信じた俺が馬鹿だった。お前の目的は何だ、榎本。」
「まさかあそこから逃げられるとは思ってもいませんでした。先輩の評価を改めませんと。目的、ですか。悪いですけど、先輩に言う気はありません。では、私も忙しいので。」
それだけう言うと、本当に帰ってしまった。
先生たちの何時間もの拘束による説教の後、俺は一人、冷たい校舎の中を徘徊した。特に寄る辺もなく、行く当てもなく。現場となった地学講義室には天文部が残っているかと思ったが、扉が開いているだけで中には誰もいなかった。あの日、白花が寝ていた時と同じ体勢になってみたが、感じることなど何もなかった。ただ、強いて言うのであれば、俺が先ほどしたクズい発言をした時の白花の顔は、見たことのない顔だった。悲しそうでも、怒っているわけでも、憎んでいるようでも、蔑んでいるようでもなかった。
「あんなの、どうすればいいんたよ。」
最近ようやく仲の良い、友達と呼べる存在が高校でもでき始めて少し調子乗ってたんだろうな。すぐ人を信じるからこうなるんだ。そうだよ、初めから信じなければよかったんだ。少なくても明確なメリットを確認してから作戦に乗るべきだった。向こうが無条件に力だけ貸してくれるなどありえないのだから。
「......ほんと大鵠の言う通りだったのかもな。」
『まだ前の君の方が強かったよ。仲間ができて頼ることを覚えたからかな?』
「......狐神、君?」
「!?」
目を開けると、そこには月明りに照らされた一人の少女がこちらを見ていた。その姿はあまりにも美しく、淡く儚くも見えた。海のように深い蒼い部屋、一切の穢れのないような紅い瞳、皓い雪のような髪。同じ人間だとは到底思えない。つくづく思わさせられる、どうして俺の様な人間と、こんなにも完成された人間が話をしているのかと。
とりあえず急いで距離を取る。この距離感が無自覚なら少しそのあたりを考えて行動したほうがいい。
「こんな時間にこんなところでこんな人間にどんな用事で?」
「......もう下校時間だから最後の見回り。一応生徒会役員だからね。」
あ、そっか。本来だったら俺もそっちで色々手伝っていたはずなんだ。......はずんだけどな、何してんだろ、俺、こんなところで。
「......狐神君、さっき職員室ですごい怒られてたよね。......でも、なにより感じたのは、狐神君、最初の頃みたいな顔してたよ。何にも期待してないような。大丈夫、なわけないよね。もしよかったら相談に乗らせてくれないかな?」
「......っ。」
『結局仲間に頼るのか?』
『関係のない友達に』
『相手の善意を利用して』
『自分からは何も言わないで。』
『相手から手を指し伸ばしてくれるのを待ってる』
『自分がいつまでも被害者という立場に甘えて』
『はっきり言って救いようのないな』
そんな言葉が俺の中に流れる。ごく自然に出された鶴の手を掴もうとしていた自分が情けない。そうだ、これは俺が解決しなくちゃいけない問題なんだ。ここで鶴に依存しているようじゃ、ただのその場凌ぎでしかない。
「あはは、大丈夫大丈夫。もう俺も帰るからさ、じゃあ鶴も気を付けてね。生徒会お疲れ様。」
鶴の手を取らずに笑顔でその場を去る。鶴は今どんな顔をしているのだろうか、見れなかった。鶴の言葉をこれ以上聞きたくなくて、速足で帰ろうとする。
「随分と頼りがいのある人間になったじゃねぇか。だけどな、狐神。お前もしかしてそれで笑っているつもりか?」
向かう廊下は明かりが灯されその下で笑う瀬田さんがいた。




