アイドル事変 13
「とりあえず榎本さんのお話を伺いましょう。その上で狐神君の裁量を測りましょう。」
保護者と芸能界の両方から板挟みを受けて校長も可哀そうなものだ。何となく髪の毛も剥げてきてるし相当ストレス溜まってんだろうな。まぁでも何もしてこなかったのはそちら様だし、同情も何もする気はない。
両親は何やら言いたそうだったが、榎本がじっと見つめていると、やがて諦めたように溜息をついた。
「私が受けた相談は白花先輩が襲われた時についてです。まず学校であの件がどのように認知されているかについてですが、後ろのいます、深見がこの学校の元生徒ということで話を聞きました。目撃者の証言によると放課後、夕暮れのあまり人が寄り付かない校舎の端、地学講義室にて白花先輩を狐神先輩が襲っているという話でした。小石さんは乱れた姿で、狐神さんは跨るように......こんなところでしょうか。」
「確かに大体そんなところだな。でも榎本、こんな話本人の許可なしにしていい話じゃないだろ。」
そらそうだろうな。事実両親はブチ切れ寸前というか、榎本が一般人なら普通に殴りかかっている顔してるもんな。榎本も随分と強気で来たもんだ。
「分かっています。けれど今は事の真実を知ることが最優先。そのためにも白花先輩にも辛いでしょうが、聞いていて欲しいんです。いいですよね、白花先輩。」
白花は俯いていたが、やがて小さく頷いた。その返答に両親も渋々目を瞑った。とはいえ自分たちの安寧がこれ以上脅かされるようなら黙ってはいないだろう。
白花は今一体何を考えているのだろうか。何を望んでいるのだろうか。そのために一体何ができるのだろうか。
「そこからはその目撃生徒の悲鳴により教師の方がすぐさま現場に向かいました。すぐに狐神先輩を引き離し白花先輩を保護し、狐神君に事情を訊きましたが、放心状態のように何一つとして語りませんでした。」
その後はその騒ぎを知った生徒が噂を広めまくって、結局俺の冤罪が更に増えたというわけだ。俺も何か言えば良かったんだろうけど、今でもなんて言えばよかったのかはわからない。
「白花先輩......の口から言うのは今は少し難しそうなので私から失礼します。あの時白花先輩は気を失っていたのですよね。具体的にどこからどこまでかは存じませんが。ただ周りの人間からの目撃証言や、自分のいた状況などからそう判断した。」
あの時白花は気絶なんかしていないと思ったんだけどな。まぁ前もって白花と榎本の間で今日の為に話し合っていた可能性はあるか。......あ、なるほど。だからさっき事情を話そうと思った時にすぐに否定されなかったのか。自分らもあくまで知ってるのは学校での話だけ。本人に記憶はないから。なるほど、これで榎本の発言はちゃんと根拠がある発言と両親にも思わせることができたという狙いもあるのか。うーむ、賢い。
「そして狐神先輩の言はこうです。」
その時、深見が俺の方を見ていることに気付いた。そしてその口元が動く。申し訳なさそうな顔で。口の形から何と言っているのかはなんとなくわかった。
「すまない?」
何が?
「はい、今狐神さんが仰ったように、『申し訳なかった。衝動を抑えることができなかった。でも認めたら今度こそ俺は確実に犯人にされる』と。」
は?
「いやいやいやいや、嘘つけそんなの言ったことないだろ。どうした急に。」
話す内容としてはありのままの事実を話す算段なはずだった。内容だって勿論全て榎本に伝えてあるし、昨日の話し合いで確かにそう話すと言っていたのに。
「私だって勿論信じたくありません。けれどご友人だからこそ、過ちを認めて正しく罪を背負って欲しいんです。」
裏切ったかこの女。まずいな、今最も信頼を置かれているのはこの場では榎本だ。恐らく俺が今何を言っても榎本の発言力には勝てないだろう。いくら話し合いが今日だからといって迂闊にこいつを信用しすぎたか。焦りすぎたんだ。白花の両親としても都合にいい話。学校だって多少はダメージが入るだろうが、ここで俺を退学にできればこの後の被害は出ない。
白花だってあの時意識はあったのだから事実は知ってる。けれど先ほどの榎本の発言といい、両親の反応といい、白花にはあの時の記憶がなかったという体になっている。仮に白花の支援があってもそれはとんど意味のないものだろう。どうすればいい。この女の目的は何だ。一体何をすれば、何を言えばこの状況を打破できる。何にしても時間が圧倒的に足りない。時間を稼ぐには何をすればいい。