短い祭り
「さっきのは常識的に文化祭なんかじゃ無理。それに今学校の文化祭では食中毒とかの問題で相当数の料理が限られてるんだよ。直前に火通さなきゃダメとか生クリームはダメとか当日持ち込んだ食材じゃなきゃダメとか色んなのがあんの。前に配ったプリント見てないのか?」
「偉そうに言ってんじゃねぇよ……」なんて声が聞こえたが俺は間違えた事など言ってない。とりあえずメニューを預かり今日は久しぶりに生徒会の仕事のため教室を出る。
今日は文体実行委員の方から提出された書類の確認。その内容は当日の体育館、グラウンドで行う大規模企画、世間向けの広報、パンフレット、来賓表、器材管理、緊急時の対応、雨天の場合の想定などなど。それだけ聞けば実行委員がとても忙しそうだがこんなもの去年の資料をコピーして細かいところを変えればいいだけのもの。むしろそこに不備などがあった時責任は全て生徒会になる。そのためこの仕事は真面目にやらなければならない。
「鶴ちゃんとノアちゃんて文化祭マジックって知ってる?」
「……文化祭の演し物ですか?」
「文化祭で浮かれた人が後先考えないでその場のノリと勢いで異性と付き合うことよ。で、それがどうしかしたんですか?」
「もー、わかってるでしょ。俺がなんて言いたいかなんて。ねぇ狐神君?」
まぁなんとなくはわかるわな。どうせ「俺と一緒に魔法にかからない?」みたいな下らないこと言うんじゃなかろうか。
「では私がその言葉になんて返すかなんてわかってますよね?」
「でもその言葉で俺が諦めるとは思ってないよね?」
何だこの会話。俺が真面目に文章に目を通しているというのに全く頭に内容が入ってこない。でも俺の漫画から得た知識だとこういうペアはだいたい最後結ばれる気がする。嫌々言いつつも気づいたらいつも頭でその人の事を考えている的な。
「ねぇ、鶴ちゃん?文化祭の日一緒に回る相手とかっている?」
「……こちらに。」
そう言うとノアを紹介する。この2人がそこいらを歩いたらナンパがすごい来そうだが。
「なるほどね。でもそうなるとナンパ目的の輩が沢山湧きそうだね。そんな時男がいればそんな心配もなさそうだ。」
「……そうですね。先輩みたいなナンパ目的の男の人がいっぱいいるのは嫌ですね。どうしよっか、ノアちゃん。」
「静かに春風さん傷ついてるぞ。禦王殘とか誘ってみれば?そうすればほとんどの男は近づけないと思うけど。少なくても俺なら絶対無理。」
ナンパも来なさそうだけど行くお店全てに怖がられそうだけど。
「どうかしら禦王殘?……パス?了解、無理強いはしないわ。」
「だからこの春か「狐神はどうかしら?」」
「あー、嬉しい誘いだけど俺は空き時間全てクラスの手伝いしなくちゃだから。」
確かに休み時間ももちろんあるだろうがぼっちにとってはむしろ休み時間の方がキツい。行くところもなく時間を潰す場所を必死に探すくらいならずっと働き詰めの方が楽だ。
結局書類を全て見終わるのに数日を要した。とはいってもそれは俺だけ。みんなはほぼ一日で見終わり俺を待ってくれてたというか、その間ずっと話をしていた。
その後俺が考えたメニューを梶山に渡しみんなに伝えてもらった。不満の声がない事はなかったが代わりの意見を持つものは誰一人としていなかったので俺の意見で通させてもらった。それからは比較的スムーズに事は進み当日へと至った。
3年生にしては最後の、2年生にしてみれば最初で最後の、1年生にしてみれば初めての文化祭が始まった。ちなみに今年のスローガンは『青春よ、今ここに咲け』だった。何ともよくありそうな……。開門からすごい量の一般客が流れ込んで来て、生徒会や実行委員は入学証の手続きやら場所の案内やらパンフレットの配布やらでてんてこ舞いだった。けれどそれも1時間くらいすれば自然と緩やかになっていく。そこからは2人1組に別れて各々の配置場所の見回りを行う。落し物だのボケたジジイと一緒に回るだのそこら中で問題は起こる。ジジイには暇つぶしに俺の話をしたが、「全ては君の行動次第だよ」と何の責任も持たない言葉をもらった。因みに俺は実行委員長の安川と回らされてた。信用出来ないから監視も兼ねてとのこと。
「生徒会の立場を利用して悪事を働くとも分からないからな。」
「余計な心配だと思いますがそれで気の晴れるならどうぞ。俺にはそんな余裕ないと思いますが。」
落し物の帽子を届けまた歩き出す。安川は俺の後ろを歩く。ほんとにこんな感じでずっと過ごすのだろうか。俺は別に構わんがこの人にとっては最後の文化祭だろう。
「俺はな、お前のことを心から軽蔑しているんだ。痴漢に脅迫、強姦に暴行、最近はカンニングをしたとかいう情報もある。なぜ貴様のような人間がのうのうとしているかが理解出来ない。」
端から理解しようともしてないくせに。それにのうのうとなんてしてない。見えないところで必死にやってんだよこんなんでも。
「何度も言ってますが俺は何もやってないです。」
「それは仮にやっててもやってないと言うしかないだろ。自ら罪を背負うわけないだろ。」
ハイハイソウデスネ。
本当に弱った人間は楽になるためなら自分でその罪を背負っていくことだってある。それが結局後に『冤罪』というものになっていくんだろう。少し考えればわかる事だ。
にしてもこの学校はほんとに生徒数が多いからクラスの出し物の量も凄いな。えーっと……『縁日』『バルーンアート』『マジックショー』『演劇』『自主映画』『カラオケ大会』『たこ焼き』『謎解き』『ウォークラリー』『バトルロイヤル』などなど。どのクラスも被らないようにするには大変なんだな。ちょっとだけ謎解きってのは面白そうだな。そういやたまに走っている人を見かけるのはそれなのかな。
「……そう言えば安川さんのクラスは何をするんですか?」
「なぜお前に話す必要が?」
「沈黙が苦手なだけです。」
「……謎解きのやつだ。俺は前日準備を多少手伝っただけで当日に参加もしないがな。」
うわ、行くのやめよ。
やがて時間が来ると俺はクラスの手伝いに行くといい安川の前から去った。勿論仕事の時間はちゃんと働いた。だから向こうも特には何も言ってこなかった。けれどその顔には何か嫌な予感を感じた。