アイドル事変 9
榎本の作戦を全て聞き終わり、討論が終わる頃には既に辺りは見知った景色が広がっていた。昨日ほとんど寝れてなかったが、想像以上に話に集中してしまい急に眠気が襲ってきた。しかし流石に人様の車で寝るなんて行儀が悪いにも程がある。
「……随分と眠たそうに見えますが、全然寝て頂いて大丈夫ですよ?」
「お構いなく。」
「明日が勝負なんですよ。出来れば万全の体調で受けて欲しいです。」
……それもそうか。いやでも……。だめだ、眠くて全然頭が回らない。
「じゃあ……5分だけ……すまない……」
視界がぼやけ始め、やがて意識がなくなった。
「……寝ましたか?」
「ええ。余程気を張っていたのでしょう。睡眠薬を溶かしたこの水を飲んでもあれだけの間意識を持たせるとは、驚きました理性というかはさすがですね。」
車の振動が伝わり、窓に預けた頭が細かくぶつかる。榎本はそれを見て軽く笑うと、狐神の体を自らの体の方へ引き寄せた。そして1回携帯の写真を撮る音が響いた。
「……ふふっ。」
「あ、あれ?ごめん、普通に寝ちゃってた。」
「いえ、大丈夫ですよ。にしても本当に5分で起きるとは……」
密着した体。
「あ、いや、本当に申し訳ない。いくら寝ていたとはいえ寄りかかってしまうとは。いや、そもそも寝るなという話だが。」
急いで体を離し距離をとる。向こうはそんなに嫌な顔はしていなかったが、そういう問題ではない。周りを見るともう家までは歩いて10分とない距離だったし、うちの周りは道が少し複雑な為、ここら辺で降ろしてもらうことにした。ゆっくりとした動きで車は路肩に止まり、扉のロックが外れる音がした。
「すみません、本当にありがとうございました。榎本もありがとう。助かった。」
「勝負は明日ですよ。そこで勝てたらその言葉を頂きたいです。」
先程明日の作戦を聞いている時にも思ったが、こいつがどうも悪い人間とは思えにくいんだよな。演技が上手いとしても、俺はその道のプロである白花をずっと見てきた。それなりに目も培ってきたつもりだが、嘘だとは思えない。でもいい人間だとは思えない。心霊番組の不審な動きも気になる。しかし明日の作戦を聞いてる限り、そこに怪しい動きはなさそうだった。仮にあったとしても、榎本の作戦以外に俺には考えがない。その為その提案に乗る以外の選択肢はなかった。
『翌日、朝から白花先輩のご両親が学校に伺うことはないと思います。立ち会いを行うにしても、校長先生、教頭先生、担任の先生、白花先輩、狐神先輩は最低必要となります。しかも5分10分で終わる話でもありません。普通に考えれば放課後かと思われます。ですので、それまでに手を打ちます。』
予想通り白花は学校に来ていなかった。それはそうだ、あの両親が俺と白花が同じクラスで授業を一緒に受けているなど知って学校に向かわせるはずがない。きっと今頃家で監禁のような生活を強いられているのだろう。......いや、そんな生易しいものじゃないか。
方法は二つあった。
一つは俺が持つ白花の秘密を脅迫材料に使うこと。もし俺が退学にあることが確定しそうになった場合、『これを学校の生徒全員に話す。そうすれば白花も終わりだな』みたいなことを言う。しかしこれはそもそも俺の話をみんなが聞いて信じれくれた場合に限る。正直半々くらいの賭けだ。
「よし、これで行こう。」
「私もあまり狐神さんの学校の状況は詳しく知りませんが、恐らく不可能かと。」
「じゃあ榎本には何かいい作戦でもあるのか?」
「そうですね......例えばこんなのはいかがですか?」
二つ目の作戦は白花に俺を学校に残るよう両親に頼み、納得させること。
「あははは。は?」
あまりにも現実離れしてる。そんなものできるわけがない。そもそも白花はそんなこと願ってないし、こちらからそんな演技の注文もできない。連絡がとれない以上、次白花に会うのは話合いの場だ。以心伝心の能力者がいれば可能性はなくもないが、生憎うちの学校にそんなひとはいない。それに両親に説得できる理由だってない。『狐神君は私の大切なサンドバックなんです!!だから私と彼を引き離さないで!!』とか?
「もしそれを実行するとなった場合、何らかの方法で白花に大きなメリットがあることを認知させないといけない。そんなもの俺には持ってないし、伝える時間も手段もない。どうせ携帯とかだって没収されてるに違いない。」
ここで榎本の表情に少し鋭さが表れた。
「白花先輩が芸能界であそこまで上り詰められた大きな理由の一つは、相手の言動や言葉から本心を見抜く観察眼です。話し合いの場を設ける以上、狐神先輩だって話すタイミングは絶対にあるはずです。例え白花先輩と直接話せなくても言葉の中に白花先輩に向けたメッセージをあなたが送るんです。......何となく分かります。狐神先輩と白花先輩は仲が良いかは分かりませんが、お互いを信用していると。」
信用、ですか。




