アイドル事変 4
「あなたの冤罪については彼女から聞いています。そのほとんどが嘘だということも。恐らく彼女に関することも真実ではないでしょう。ですから私は今まであなたに何もしませんでした。事情は知りませんが、あなたが彼女に逆らえない何らかの理由もあるそうですから。何より彼女が「大丈夫だから」と言われれば、私が逆らうことはできません。......しかし事情が分かれば、マネージャーとして、これ以上あなたと彼女を近づけるわけにはいかない。これ以上彼女が傷つく前に。」
肩を強く捕まれ痛みが走る。しかし力を籠めれば何とかできないものでもない。その手を掴み、何とか肩から離す。
にしても勝手なものだ。俺が白花から散々な扱いを受けている間は、強力さえしていたというのに、いざ白花に少しでもリスクを感じたのなら全力で排除してこようとするのだから。
「誰から聞いたんですか、俺が白花に一生消えない傷を残したことを。」
白花の下腹部あたり。そこには白花の笑顔には到底似合わないような生々しい傷跡がある。白花の絶対の秘密。
絶対に忘れられない。月明りが優しく包む世界で、一点だけ真っ赤に染まった大地。その真ん中には串刺しにされたその姿さえ美しい白花と、ただそれを眺める俺の姿。
「一体誰が話したか、なんて事情を知っている人達なんてそれこそ白花の両親くらいしかいませんよね。俺の両親ですら知らないんですから。此方が教えた、なんてありえないでしょうし。......どこまで知ってるんです?」
「......少しの間だけ仕事を任せてしまった対価です。私が知らされたことは『小石に消えない傷を残した狐神とかいうガキ』それだけしか知りません。」
つまりこいつは今、俺が白花に消えない傷を残したから逆らえずにずっと服従をしていると思っているのか。確かに辻褄は合う。けれどそれだけでは到底情報が足りない。しかし俺を白花から引き剥がすには十分すぎるか。今波に乗りまくっている白花に少しでもリスクがあるものは避けたいだろうし。......あー、くそ。俺がいつまでも思い出を引っ張ってウジウジしてるから、白花の冤罪に勝てるかもしれない唯一のカードを無駄にするような事になるんだ。
「......つまり俺の仕事は終わりですか?」
「えぇ、今後は二度と白花さんに近づかないことを勧めます。もし両親が現状を知ったら、きっとあなたの事を本気で殺しに来ますよ。」
でしょうね。学校が同じというだけでも十分殺される気がする。それが放課後、それ以上の時間を共に過ごしているのだから。
「それを分かった上でご両親に会いたいと。正気ですか?」
「どうせこの関係はいずれバレます。無為にそれを終わらすのであれば、せめて俺の冤罪証明の材料に使います。」
少しの間、無言の睨み合いがあった。けれどそれは遠くから俺らの名前を呼ぶ白花の声で打ち切られた。マネージャーの様子からして冗談などには見えなかったのだろう。心配とは少し違うが、あの顔は本心から来るものだった。
マネージャーは先にその場を去ると、少し強引に白花を連れて車に戻る。俺はただそれを見ていることしか出来なかった。ここであの手を止めて俺に一体何ができるのだろうかと。やがて車のエンジンがかかり、マネージャーが何かを白花に言った。それに白花が何かを諦めたような笑顔で答える。俺は読唇術なんて使えないし、マネージャーが言ったことも案外大したことはないのかもしれない。今日の夕飯は白花の嫌いなものを食べてもらうとかそんなしょうもないことかもしれない。
......でもそうじゃない気がする。
いつも学校では俺の方から距離を置きたいと考えているのに、あいつがどこか俺の見えないところまでは行ってほしくないと思った。この気持ちは断じて恋なんてものではない。だって一度俺はあの思い出の子に恋をしたことがあるのだから。そんな感情はあいつには持っていない。あるのは罪悪感。だからこれはそんなキラキラしたものでは決してない。
「すみません、白花少しだけ拉致します。」




