アイドル事変 3
「お前から見て、榎本さんはどんな人なんだ?」
「?いまいち意味が分からないが、いい人だと思うぞ。さっきの話でもそうだが、積極的に困ってる人に手を伸ばせる人だと思う。誰にでも分け隔てなく接してるからこの汚い世界でも綺麗だと思う。そこら辺は白花......さんの後輩を名乗るだけあると思う。」
俺が知りたいのはもっと人間的な事だが、まだ一年も経ってないのにそこまで知るのは無理な話か。どれだけ榎本と同じ時間を過ごしているかは分からないが。
「キャー」と少し楽しそうな顔をして白花に抱きつく榎本。その顔はカメラには写らないようにしている。白花も内心めんどくさく感じているだろうが、その反応に付き合う。
「女心は分からんな。」
撮影も順調に進み、次は1人で最も危険とされる部屋に行くという企画に映る。この1人は予め誰か決まってる訳でなく、完全にその場で決めるらしい。確かにそっちの方が素のリアクションが撮れるだろう。どうせ白花か榎本だろう。
「では、くじの結果白花さんに行ってもらいましょう!!」
「えーやだー怖いよー」など適当に言いつつ、いい感じにごねたら1人でその部屋へと向かい始めた。その間にカメラや音声も調整みたいなものに入り、少し忙しそうになる。1人暗闇を進む白花を見送ると人影のいない場所へ移動した。
「どこに行くんですか?」
人影のいない場所へ移動した榎本を気づかれないように追って、周りに誰もいなくなると声をかける。影の薄さには自信があるがそんな驚かんでも......廃墟なら普通驚くか。でもそんなに怖いのならなぜ一人で出歩くのか。
「......やだなぁ、そんなこと聞かないで下さいよ。察してください。」
「トイレぐらい普通済ませておくと思いますけど。それは流石に大前提ですよね。......トイレに行くのにカメラとかいります?」
急いで隠そうとしてたが、今更隠しても意味がないと思ったのか、ポケットに伸びた手を止める。ずっと後ろからぬるぬるとついてきたんだ。バレないわけない。
「先程くじ引きしたじゃないですか。その時にみんな予備として持たされてたんですよ。でも結局使わなかったな、と思ってただけです。」
もちろんそんなものを他の人が持ってるところも、持たされてるところも見ていない。その言葉は信じられないが、相手が相手なだけに安易な言葉は言えない。
「そうなんですか。本当にすみませんでした。」
「いいですよ、そんな頭を下げないで下さい......でも。」
顔を上げると笑ってる榎本がいた。
「敬語はやめていただけますか?」
「......年齢は上ですけど、立場が違いますんで。」
榎本を置き去りにし戻ってくると、白花のカメラが壊れていて慌ただしかった。映像も音声も何ひとつとして入っておらず、やがて白花が「いきなりみんなの声が消えちゃって!!」と半べそになりながら帰ってきた。タイミングとして俺が榎本と別れた辺りだろうか。
「一体何する気だったのか。」
その後は特に語るようなことも無く、企画は終わった。深見が消えていた榎本の所在を本人に確認していたが、あの様子だと真相は分からなそうだな。
この後は車に乗り、番組撮影のスタジオまで向かった。二人きりなら容赦なく俺を遊んでいるところだが、番組のスタッフが運転しているのでそうはいかない。かといってずっといい子ちゃんぶるのも疲れる。それもあって白花は持ってきたカバンから教科書を開くと、小さな声で勉強し始めた。俺もやることは終わっているので、単語帳を開き勉強した。
番組の撮影もなんの語るべくこともなかった。いつものように完璧に偽物を演じきっていた。それは前よりさらに上手く、酷くなっていった。
ついに3月に入り3年生もそろそろ卒業だ。瀬田さんや春風さんも最近ようやく入試や入学準備の方が一段落済んだらしい。今度遊びにでも誘いたいな。最近は本当に会っていなかったから積もる話もたくさんある。
一方のこちらはドラマや特番、歌の収録などに段々慣れた頃、ようやく元のマネージャーが復帰した。随分と長い間休んでいたような気もしたが、裏で「丁度いいから有給使いなさい」と言われていたらしい。確かに有給は労働者の権利だが、せめて一言こちらにも欲しかった。とはいえマネージャーが戻れば俺がいる必要はない。元々4月まで白花のマネージャーをやると言っていたが、そんな1ヶ月半も体調を崩す事はないだろう。精神的なものなら別だろうが、この人の場合は普通に身体的なことだし。
「で、どうするの?まだ私に扱き使われたいのなら、掃き溜めとして雇ってあげるわよ。あなたも4月まではどこかに所属していないとマズイのよね。」
......さて、ではこの辺で勝負をかけるとしますか。残り1ヶ月。少し長い気もするが、それは本人次第か。もしかしたら3日もあれば十分かもしれないし。......でもめちゃくちゃ怖いなぁ。
「白花、明日の予定は空いてるよな?」
「えぇ、珍しくね。なに?一緒に遊ぼうとかなら普通に嫌よ。たまには休みたいし。......顔色悪いけど生きてる?」
でもこれは俺の最期の残る冤罪には必要なことなんだ。最早俺にはこの方法しか思いつかない。
震える手を握りしめる。いつの間にか荒れていた呼吸を何とか落ち着かせようとする。けれど一向に収まる気がしないので無理やり話し始める。
「悪いが、お前の両「ちょっとよろしいですか。」え、ちょっと!!」
いきなりマネージャーに強い力で引かれる。よほどそれが意外だったのだろう。白花はぽかーんとした顔をしていた。途中足がもつれてしまい転んでしまったが、そんなものは関係ないと引きずる。やがて少し離れた影に入ると、無理やり立たせ、壁に勢いよく俺の体をぶつけた。




