それぞれのバレンタイン 14
そのお菓子とやらを持っている様子はないが、こいつのことだ、きっとどこかに捨てたのだろう。その手紙をどうするのかと思ったが、こいつの考えそうなことだ。
本坊は手紙を勝手に開くと、一度写真を撮り、次に楽しそうな顔でその手紙をおおきな声で読み始めた。幸か不幸か、周りには俺達以外誰もいなかった。
「ナニナニ?『色々迷惑かけちゃってごめんなさい。直接言うのは恥ずかしいし、多分狐神君も嫌だと思うからこんな形で失礼するね。京龍虎』『きっとバレンタインを寂しい気持ちで過ごす狐神君に餞別だよ~。永嶺沙都美』だって!!あいつらバカなんじゃないの!?あ、罰ゲームか!!なるほどね!!......んなわけないか。」
手紙を重ねるとなんの躊躇いもなく二つに破った。そしてそれをまた半分に、それを半分にと繰り返し、やがて紙屑になるまで続いた。最後はとてもつまんなそうな顔で手をはたくと、紙屑は風に舞い、どこかへ飛んでいった。
「なんかリアクション取りなさいよ、折角撮影してるんだから。何なら一発殴ってみれば?悔しいでしょ?」
「何でも写真撮る承認欲求の塊だろ。顔もさることながら性格までそこまでブスだと、なんか下に人間がいるみたいで安心するな。にしても他の連中と違って随分とお前は強気に出てくるんだな?ただの考えなしなら全然殴りたいんだが、何か仕掛けてるんだったら怖いなと思って。いや、99%前者だとは思うけど。」
ま、普通に考えてここは相手にしないことが一番いい手かな。あいつらがくれたお菓子に関しては後日事情を説明して許してもらおう。流石にこれは俺悪くないだろ。......にしてもやっぱり違和感だな。結構悪口言ってのに直接何かしてくる様子はない。俺があんな挑発に乗って殴りに来るとでも本気で思っているのか。そこを携帯で録画でもして退学とか?そこまでこいつらは馬鹿なのか?
「私京って好きじゃないのよね。顔がいいだけでしょ。それであんな人気があるとかほんと意味わかんない。永嶺だってそうよ。何なの?あの喋り方。可愛いとか思ってんの、意味わかんない。少しでも男に注目されようと必死過ぎでしょ。気持ち悪いわ。」
「この前頼んだ耐熱トング今日来るんだ。日本は流通がほんと凄いな。じゃあ夜はパスタだな。......あ、終わった?じゃあもう帰らせてもらうわ。」
随分と必死に挑発する連中なこって。もしかしてこいつらも俺を退学させて例の報酬とやらを狙っているのだろうか。流石にそんなことが簡単に広がらないとは思うが、一体どこまでその話が広まっているのかは知りたいところだな。
「......いつまでもそんな顔ができるなんて思わないことね。」
「はいはい。」
「ん、帰り。受験?まぁ大丈夫なんじゃない?自己採点も問題なさそうだったし。あ、そういや今日バレンタインだったけどどうだったよ?......0?草。」
俺も一応問題は見せてもらったが、此方の言う通り問題はなさそうだった。俺はもうちょっと受験日はナーバスだったが、人によっては全然気にならないものらしい。
そして15日。京と永嶺に事情を説明したところ、すごいがっかりしていたが何とか理解はしてくれた様子だった。勿論ホワイトデーにはお返しをすると言ったがそれでも顔が晴れることはなかった。まぁこればっかりは俺が何してこいつらを笑顔にはできないだろうから何も言えなかった。
そしてついに今日から白花の下で1か月ちょい働くことになる。事務所は前働いていた時の記憶を頼りにして問題なく着けた。恐らく仕事の方も少しやれば「あー、そういやこんな感じだったわ。」と思い出すことだろう。マネージャーさんはすでに今日からお休みらしく、手紙を預かったそうでそれを見せてもらった。
『バレンタインも終わったので、仕事量は減っています。前回やった仕事を最初の方に入れておいたので、まずそこら辺から思い出してください。私も体調が治り次第すぐ復帰する予定ですが、もしそれができなかったら随時メールを送ります。よろしきお願いします。』
「あいつの事だから長期間休んでるってことはなさそうだけど、それまでは死ぬ気で頑張るのね。」
「うす。……それと気のせいかもしれないが、お前も顔色良くないけど大丈夫か?」
「化粧と気合いでどうにかするわ。ほんとバレンタイン前は死ぬほど忙しかったからね。今日からはだいぶマシになったわ。」
学校ではそんな感じは全く見せなかったけどな。きっとテレビでもそうなんだろう。ほんと、同い年とは思えない。
そんなわけで手紙に書いてあったように、前にやったような音楽のレコードとテレビの撮影を行った。とは言ってもやはりその間マネージャーが出来ることは少なく、今後のスケジュールの確認が終わると白花の事を見ていた。
「ほんと……ありがとな。」
車は運転できる歳ではないので、タクシーで帰ろうと提案すると、力なく「ん……」と答えた。一応軽く帽子と伊達眼鏡をつけると力無く歩き出し、予め呼んでいたタクシーに乗った。家のすぐ近くで降ろすとバレた時に問題になるらしく、最寄りの駅を言ってゆっくりとタクシーが動き出した。その振動とこのまだ寒い時期の車内の暖房は眠気を誘い、白花は俺の横で寝息を立てるのに時間はかからなかった。やや大きな段差で車が大きく揺れると、白花の頭が俺の肩に移った。それは周りから見たらまるで恋人のように映るのだろうか。
だから俺は白花の体にそっと手を回し、優しく、元の位置より遠くへ白花を離した。




