それぞれのバレンタイン 10
俺の言葉に領さんはすぐに言葉をかけてこなかった。
些か答えにくかった質問か。俺はなんて言われたいんだろう。……なんて言われたくないのだろう。
「狐神……」と呟く式之宮先生の顔にも葛藤が見えた。中途半端な慰めは、高校生にはもう通用しない。しかし現実を叩きつけるには若すぎる。そんな感じかな。ほんとめんどくさいな、思春期は。
「彼方先輩。」
「はい?」
「子どもが大人の顔色伺って生きていくような社会があってはいけないです。それは虐待となんら変わりありません。正しきをすれば伸ばし、間違いは正す。それが先生や親、大人のあるべき姿だと思います。」
「こころ……」
「しかし高校生はその狭間に立たされてると思います。都合のいい時に大人にされたり子どもと扱われることもあると思います。けれど幸せを求める権利は人間に与えられた誰にも侵すことのできない絶対的な権利です。……だからそれだけはどうか捨てないで下さい。」
俺よりもずっと悲しそうな顔をこころは「お願いです」と更に頭まで下げようとする。そんなことをさせてはならないので急いで止めると、なぜだか俺の方がこころを励ます役目に回った。
「すいません領さん。なんか俺、大丈夫そうです。思ったより単純でした。」
「いや、私は何もしてないよ。しかし子どもは知らない間に育つと言うけれど、急に実感させられるものだね。」
「さすがは九条先生の娘さんですね。」
泣きそうになるこころを何とか宥めると、冤罪の証明が終わるまで諦めないことを約束された。
そうして領さんの車に乗り、いつぶりかの九条家にお邪魔した。前見たくお母さんが楽しそうに迎えてくれた。料理の下準備をしていたらしくニラや玉ねぎ、ひき肉、キャベツなどを切ってるところを見ると餃子をでも作っているのかな。うちも今晩は餃子でいっか。皮家にあったっけ?
やがてお母さんの野菜を切り終わり、冷蔵庫から餃子の皮を取り出し、包み始めた頃に領さんと話し始めた。こころには「後で狐神君から聞いて」と言って今は部屋でシュパリュと遊んでるらしい。シュパリュとも最近会えていなかったので後で遊びたいな。
「それで話というのはなんですか?もしかしてまた学校に戻ってこれるとかですか!?」
別にあの校長に恨みっていうものはないが、領さんに代わってもらえるのなら是非どっか行って欲しい。
「ごめんね、それは出来ないんだ。」
「ですよね。」
というと何だろう。久しぶりに楽しく食卓を囲むのも全然構わないが、今日は此方がいるから夕飯までには家には帰らなくてはいけない。もしそうなら俺の分まで夕飯を準備してしまう前に言っておかなければ。
「教育委員会の方でも君の話題が上がったんだ。」
そりゃあ全国でもかなり有名なこの学校で、4つのほとんど犯罪といえることをしたというだけでもかなり問題になったんだ。それが実は全て間違いでした、なんてことになればいよいよ学校の名誉は保たれまい。となればやはりやることはひとつか。
「新たに別の罪着せて俺を退学にさせるのが一番傷が浅いですかね。」
「……恐らくね。そして今の校長はそれに対して何も発言していないんだよ。」
なるほど、それは学校なんかでできる話じゃない。きっとあの校長はその意見に賛成派だろう。証拠はないが、事実乱獅子はそれを匂わせる発言をしていた。生徒の仲間は徐々に増えてきたが、職員が敵に回ってしまったらもうどうにも出来ない。
「勿論私のできる範囲、いや多少の無理を通しても君を守るために全力を尽くす。でも恐らく一番の有効打は、君が残す2つの冤罪を教員が動き出す前に解決することだ。……でもそんなことが出来ていればこんなことにはならなかったよね。」
「そう……ですね。特に残ってるのは本当に……。でも、領さん、無茶はしないで欲しいです。俺も頑張りますから。」
ふと零れた俺の笑顔は何かを言おうとする領さんを留まらせた。そして領さんも同じように笑うと「狐神君も無茶はダメだよ。」と言ってくれた。
その後は特に大切な話はなかったため、餃子を上手く焼く方法をお母さんから聞いた。
「水を入れちゃうと温度が下がってべちゃついちゃうからお湯の方がいいわよ。湯量は餃子の4分の1くらいかしら。」
「なるほど。それが原因か……。で、隠し味に味噌や蜂蜜なんかも。よし、ちょっと家でやってみます。ありがとうございます。……これであいつが少しでも勉強の息抜きになるかな。」
なぜだか分からないが頭を撫でられた。
「あ、ごめんなさい。つい……。それにしてもほんとに大変ね。でもお母さんずっと向こうにいるわけじゃないでしょう?帰ってくる目処は着いてたりするのかしら?」
そういやいつ帰ってくるんだろう。かなり改善されたと思うし、そろそろ帰ってきてもいいような気がする。少なくても画面越しでは特に問題なく見えるけど。
「そろそろだとは思います。精神的な問題なので具体的な日程などは分からないですけど。……おー、久しぶりだな。シュパリュ。うりうり。」
廊下からトタトタと軽快な音が聞こえてきたからもしかしたらとは思っていたが、思ったよりも嬉しいな。足に擦り寄ってくれるところなんて中々あざといな。
「自分のペットをそんなふうにみんなよ、こころ。見る目が家畜みたいになってるぞ。」
「まさか。口にしたくも……それより、夕飯は食べていくんですか?」
こころの誘いは嬉しかったが、丁重に断らせてもらった。




