それぞれのバレンタイン 9
「白花さんから聞いたよ。本当に明後日から白花さんの元で働くのかい?」
周りに人がいないのを確認した梶山が話しかけてきた。顔はいつもクラスにいる時のものだが、きっと嫉妬してるに違いない、『白花さんにこき使われるなんた羨ましすぎる』みたいな感じだろうか。にしても何だか今日はやたら色々な人と話している気がする。全然悪い気はしないから構わないけど。
「テニス部に入部してもいいって言ってもらったのにすまん。でもそれが一番周りに迷惑かからないと思ったから。」
「そんなことないよ。けど一カ月半も白花さんに従属できるんだ。いいなぁ、僕なんかにはそんなこと絶対に許可してくれないだろうし。どうやったら罵ってくれるか日々悶々と悩む日々だよ。」
そんな恋する青年みたいな顔されても。
「でお前もバレンタインなんかはすごいもらえそうだけどな。中身さえ見なければかなりの優良物件だと思うし。」
「いやいや、みんな感謝の気持ちとかそういうのばっかだよ。」
もらえてる時点ですでに勝ち組なんだよ。でも今年はもしかしたら俺もこころからもらえるかもしれないから勝ち組になるのだろうか。マジか。勝ったわ。
「でもうちのクラスは男子はみんなやっぱり京さんに注目してるね。聞いたところによるといかにも本命っぽいものと、いかにも義理っぽいラッピングを買ってる姿が見られたらしいよ。あ、一応これ秘密ね。」
「へー」
俺が誰かにそういうこと言うつもりないと分かって言ったくせに。にしても義理と本命か。本命は乱獅子で義理は水仙とかだろうな。
「因みに狐神君は誰が本命だと思う?京さんと付き合いがある男子なんてほとんど見たことないからすごい気になるとこなんだよね。でも流石にその日ずっと尾行するわけにもいかないから、運よくその現場に出くわせないかな、なんてちょっとだけ期待してるんだ。」
そういえばどうやって京は乱獅子を呼ぶんだろうか。一番可能性がありそうなのは勿論メールとかだろうけど、乱獅子の携帯なんて知らないだろうし、あの人に友達が多いとは思えない。友達伝いが無理となるとやはり直接向かう必要があるけれど、もしそんな会話を学校でしていたら噂の一つ二つ出てきてもおかしくないと思うんだが。
「案外男らしい人が好きなんじゃないか?」
「このクラスで男らしいって言うと......誰だろうね、うちのクラスだと不和君とかかな。」
分かる、粗暴な言葉遣いとか、無駄にワイシャツのボタン外してるのとか、いつも両ポケットに手突っ込んでるところとかほんとイキリ散らしてる男子高校生らしいよね。
「あんまり俺らのクラスは厳つい人とかいないからな。強いて挙げればみたいな感じ。」
「そうだね。他クラスなら相撲部の人とか、アメフト部なんかはやっぱり強そうで男らしいもんね。」
そんなさして意味のない会話をした。
放課後、授業も終わりみんなが散り散りになり始めた頃にこころに電話を入れた。
「あ、すまん。今授業終わったんだけどどこいる。」
「どこだと思いますか?」
声が瞬間、体から冷や汗が吹き出す。こんなのクイズでもなんでもない。こころの声は携帯から聞こえた。しかし同時に反対側の耳からも聞こえた。斜陽が作る影は長く、自身の体よりもずっと大きな影を作る。そして俺の影のすぐ後ろに、もう一つ揺らめく影があった。顔もない影がその時こちらに笑いかけたような気がした。
「怖ぇよバカ!!」
「きゃ!?もういきなり叫ばないで下さいよ。」
「生存本能が固まった体を動かす為に叫んだんだよ!!戦ったり逃げるために。」
「どちらも叶いませんよ?」
なんで無駄に強キャラ感出してんだよ。でもこころの中学校の文化祭の時に聞かされた話から逃げも勝てもしないだろう。窓蹴破ってAED蹴り飛ばしてぶっ壊すくらいだもんな。
「とりあえず父も来ているので向かいましょうか。」
職員室に着くと式之宮先生と領さんが話していた。遠くにいたので何を話していたのかまでは聞こえなかったが、こちらに気づくと笑顔で手を振ってくれたことに嬉しかった。そんなに長い期間会ってなかったわけでもないのに、懐かしいと感じた。
「やぁ狐神君。元気そうでなにより。式之宮先生に聞いたよ。大躍進をしたそうじゃないか。」
「ありがとうございます。あと2つも頑張ります。……あの、領さん。一つだけ訊ねてもいいですか。」
領さんに会えた喜びでつい忘れてしまいそうになっていたことがあった。聞きづらいけど、領さんなら真摯に答えてくれるだろう。多分俺は今すごい不安そうな顔をしている。そんな俺に優しく包むように「どうしたんだい?」と言ってくれる。
「自分は今まで冤罪を解決するために色々頑張ってきました。そして今2つそれが叶いました。……でもそれって俺が冤罪を証明していく度に学校の関係者に迷惑がかかってるんですよね?事実領さんはこの学校からいなくなってしまいました。勿論冤罪についてはこれからも邁進していくつもりです。でも、少しだけ、揺らいでしまっていて……」
学校の価値は下がるだろう。遠井先生なんかは辞めることになるかもしれない。それ以上の可能性だって。
『君が黙って全てを受け入れていればこんなことにはならなかった。』
淀川の言葉が頭の中から離れない。あの時俺はあの言葉を否定することは出来なかった。