それぞれのバレンタイン 7
「……どういう風の吹き回し?前に働いた時には『ようやくお役御免』みたいなこと言っていた気がするけど。……あぁ、やっぱり私に虐められたかったのね!最近あんまり構ってあげられてなかったから、寂しくなっちゃったのね。可愛い子豚ちゃんね。いいわよ、ひと月半の間飼い慣らしてあげる。」
勿論虐められたいとか、寂しいとか感情はない。けれど一応1週間くらい働いたことはあるし、1ヶ月半で辞めてもさほど迷惑にはならない。それに聞いたところ、今あのマネージャーさんは少し体調を崩しているらしい。それに何より……
「残す冤罪もお前のものだけだからな。何か解決する手立てのヒントが欲しいとこだ。」
「……なるほどね。」
「本人から許可は得ています。どうやら彼女のマネージャーさんが体調を著しく崩されたようで、このままでは芸能活動にも支障が出る可能性もあるということで、一度経験のある俺に頼まれたという訳です。」
体調の程度は人それぞれに依ると思うし、別に嘘はついてない。部活動、委員会、生徒会以外の特別な活動をする際に必要な書類にも白花のサインはもらっている。問題はないはず。
遠井先生も嫌な顔はしていたが、書類には何も問題ないらしく、机にトントンと軽く叩いて書類をまとめる。
「一つだけいいかしら。」
なんでしょ。
「まず、4つあるうちの2つが謂れのない罪であったのにも関わらず、あなたを軽蔑していた事を謝罪します。申し訳ありませんでした。」
「え……どうしたんですか気持ち悪い。」
あ、しまった。つい本音が。こんなのでも仮にも教師だ。一応形だけでも謝っておかないと後々めんどくさい。
「......今のは聞かなかったことにします。それで一応確認ですが、残りの2つも自分はやってないという主張でいいですか?」
「?まあそうですね。」
まさかこの期に及んで今更協力しますなんていう訳ないよな。......いや、でももしかしたら俺のが全冤罪と分かった時に備えて「私はこの子のために必死に協力していました」と言えるように今からでもクソの役にも立たないような協力をするかもしれない。
「そうですか。仮にも私は教師という立場から生徒一人に肩入れはできません。」
「誰が何ですって?」
「ですのでこれからはあなたも一生徒として平等に扱います。」
「その発言かなり問題だと思うんですけど。」
「とにかく」と鋭い眼光が飛んでくる。余計な茶々入れんな、みたいなことを言いたいんだろうな。こんなんじゃ一生モテないぞ。
「あなたは4つの罪を背負ってました。最近の快進撃は目を見張るようなものですが、それでもあなたにはまだ2つ罪があります。そしてもしそれを解決したとしても、きっとあなたは普通の生徒に戻れはしないと思います。ハッピーエンドはもうないかもしれません。それでもあなたは頑張れるんですか。」
まぁ戻れないだろうな。それにハッピーエンドもきっとない。テストでどんなにいい点を取っても赤点になるみたいなもんだろ。......なんか違うな。でもそれでいい。テストさえ受けられないころに比べればずっと。それに今、案外俺は学校を楽しめている気がする。普通の青春とはかけ離れたものかもしれないけれど。過去に思っていた未来とは違うかもしれないけれど。
「頑張るしかないじゃないですか。もし未来を変えたいのなら。」
「.......よくそんな恥ずかしいことを言えるわね。」
「もう話すことはありませんねこれで失礼しますさようなら。」
遠井先生には一切目もくれず素早く席を立つと、これまた素早い動きで部屋を出ていった。確かにあの発言は痛かった。
ため息が一つ静かになった部屋に響いた。
「さて……どうしますか。」
遠井は手元にあるファイルの中から一枚の紙を取り出す。
『僅かなの細事であればこちらで処理する。』
短い文章に対してそこから汲み取れることはそれよりずっと大きい。それを汲み取れない訳もなく、数分間じっと紙を見つめる。やがて考えるのもめんどくさくなったように紙を机に置く。
「僅かな細事って意味重複してるけれど。……にしても呆れたものね、具体的なことは何も書かず、逃げる準備だけは周到。どうせ端から私に押し付けるつもりでしょう。……それは私もね。被害者ばかりの気持ちを汲んで彼の味方になってあげなかった。たった一人だったにも関わらず、むしろカンニングの件では彼女達にほぼ味方のような、いえ、完全に味方について彼を退学へ追い込もうとした。自分の生徒達を利用して、私は手を汚そうともせず。」
恐らく最初から重ねてしまっていた。狐神とあの教師を。学生時代に耐え難いセクハラを受けていた為に狂信してしまっていた。先生になったら絶対に被害者を守ると。忘れてしまっていた。誰にも頼れず、1人で抱え込む苦しみを。