それぞれのバレンタイン 6
教室に戻ってくると何だか人だまりができていた。遠くからはよくみえないが、一瞬人混みの間から水仙の姿が見えた。どうやら次の授業から参加できるようだ。見舞いに行った時も数日で退院できると言っていたし、そろそろだろうと感じていたから大きな驚きなどはなかった。頭には小さなガーゼのようなものが張ってあったが、本当におまけ程度のようなものだった。水仙を取り囲み喜ぶ連中が一体何を話してるのかまでは聞こえなかった。もしかしたら俺に関することかもしれないが、俺が変に介入するよりも水仙に全て任せた方が滑らかに進むだろう。俺には特に掛ける言葉もなかったので、俺はそのまま席について次の授業のノートを開いた。
『明後日はバレンタインデーですね。前日では迷惑になると思いまして2日前にこうして連絡失礼します。もし明後日の放課後ご予定なければお時間いただけますか?渡し物もあるのですが、父が少し話したいとのことです。もしご都合宜しければ16時頃にそちらに伺います。 未来の後輩こころより』
いや別に予定は何も入ってないから構わないけど、普通に異常なことしてくんの怖いからやめて欲しい。というかどのタイミングで紙を挟むことができんだよ。このノートは昨日は使わなかったから今朝の登校中か?でもチャックを開いて、ノートを取って、紙を入れて、また戻すなんて芸当できるのかな。......いや、普通にどう考えても無理だろ。チャックが開いた時点でそもそも気付かないわけないし。
......でもそういや今朝、小指ぶつけて鞄が落ちた際中身溢れたけど、あれっておかしくね?俺は旧校舎の教室に入ってすぐ白花のおもちゃにされた。そこに俺が鞄を開ける時間さえなければ、その意味すらない。それなのに落ちた鞄は中身を吐き出した。チャック全開で家を出ることはないだろうし。
「......つまりこの紙は幻覚だな、よし。」
何も見なかったことにして次のページを開く。
『待ってますね』
授業が終わり次第、こころに電話を入れた。
「こころって結構怖いとこあるよね。」
「たまにはこういう粋な計らいも必要かと思いまして。」
にしても、領さんとまた会えるとは。しかし一体何の要件だろうか。もしやまたこの学校長に戻ってくれるとか......ではないか、さすがに。
放課後、どこの委員会、部活、生徒会にも所属していないことがいよいよ明らかになり、遠井先生に呼ばれた。前に水仙の件で呼ばれたときほど怒ってはいないように見えるが、まぁ不機嫌なことには変わりない様子。しかし2月12日から3月31日までのたった一ヶ月半の期間を雇ってくれるところはないもんか。
「言っておきますけど、前みたいに『見習い』なんて言って生徒会に入ることは許しませんからね。」
俺にまともな友人がいないと思って唯一逃げることができる生徒会への道を先に潰してきたな。揚げ足を取るように「正規ならいいんですか?」なんてことも思いついたがそれは無理だろう。当然この一カ月半どこにも所属していない場合は校則違反であるから、退学とまでは無理だろうが、俺の立場を悪くなる。
しかしそんなことは分かり切っていたことだ。だから俺は事前に何人もの人に声を掛けお願いしてきた。
『不利益しかないけど、俺を部活の籍に入れさせてくれないか?少しの間だけでいい。』
そんな俺の涙ぐましい努力がいつしか何人かの心を溶かし、「入部してもいいよ」と言ってもらえた。そして「そんな卑下するな」とも。......それだけの言葉がどれほど温かかったか。
「これが短期的とはいえ、俺を迎えてもいいと言ってくれた部活です。」
そういって色んなとこに皺が寄ってしまった紙を遠井先生に渡す。
梶山のいるテニス部。伽藍堂のいる茶道部。水仙のいる料理部。鴛海がいる推理研究部。明石がいる応援部。小熊がいる雑学部。永嶺のいる文学部。
7人も俺を受け入れてくれると言ってくれた。さらにこの他にも「受け入れたいけど、部活的にどうしても……」と個人的には受け入れてもいいと言ってくれる人が何人もいた。
遠井先生は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。仮にも先生がそんな顔をするなよとは思ったが、それ以上に『してやったり』という気持ちの方が大きかった。
「……でもやはり1ヶ月半という短すぎる期間の入部なんて、基本的に迷惑にしかなりません。すぐに辞める身なのに一から教えるのははっきり言って面倒です。」
「まさか籍だけもらって1日も参加しないなんて事言いませんよね。」
「はい。ですから委員会にも部活にも、ましてや生徒会にも入るつもりはありません。」
今度は『何と言ってんだこいつ?』と片眉に皺を寄せて鋭い視線で俺を睨みつけてくる。腕を組み、言葉の続きを待っている。
何も別に難しいことは行ってない。基本的に生徒はみな部活に入らなくてはいけない。そして例外として委員会と生徒会に所属する生徒は部活に入らなくてもよい。しかしそのさらに例外としてそれらいずれも入らなくてもよいケースもある。
「俺は2月15日から3月31日までの間、白花小石のマネジャーとして働きます。」