歪んだ三角関係 19
「……な……んで……」
「なんでってお前、そこのガキがピーキャーうるせぇからな。」
禦王殘が鴛海を横目にやり、首の根っこを捕まえた男をその辺にぶん投げる。確かインターホンに映っていた男か。
「ガキじゃねぇよ!!……仕方ないだろ、そういうのは僕より君らの得意分野だ。それに君らは狐神君に対し償いが必要と感じた。」
「……勘だけは働くらしいな。」
償いって多分あの大鵠との喧嘩の時のことだよな。全力で戦ってなかったっていう。別に今からすればそんなこと気にしないのに。それよりもどうやってここを突き止めたんだろう。……あぁ、きっと教頭にかけあって住所を知ったんだな。
「さて、どうすんだ淀川。無駄な抵抗はしねぇ方を勧めるが。一応やってみるか?」
一気に形勢が変わり、淀川も表情が曇る。禦王殘と伽藍堂の雰囲気からも勝てない雰囲気を感じ取れるだろう。事実優秀な部下は全滅させられたのだから。
「当たり前だろ、こっちは刃物持ってんだぞ!」
その声に淀川と伽藍堂に吹き飛ばされていた柔道部の人が動いた。正直禦王殘の方は心配してないが、伽藍堂の方は大丈夫だろうか。こっちは本当に強い人だ。伽藍堂が喧嘩に強いのは知っているが、それでも勝てるだろうか。
「死ねぇ!!」
「……馬鹿が。」
禦王殘はナイフを向け突進してくる淀川の手首を凄まじい速さで蹴り上げた。「パキッ」と何かが、多分淀川の骨の折れるような音がした後、包丁は勢いよく天井に突き刺さった。そして次の瞬間には反対の足から繰り出された蹴りが淀川の鳩尾にヒットし、だいぶ後ろにあった壁まで吹き飛ばされた。漫画のように。壁にぶち当たると淀川は声すら碌に出すこともできずに白目を向き倒れていた。確か前にもこいつ病院で禦王殘に吹き飛ばされて伸びていたななんて思った。それは時間にして僅か5秒にも満たない呆気ないものだった。
「ほほう。多少柔道の心得があると見える。しかしこれは……」
一方の伽藍堂は柔道部相手に接戦した勝負を繰り広げていた。掴もうとする手を払い、掻ける足を躱す。あまり柔道は知らないが、プロの世界では一度掴んでしまえば瞬時に技を決められるというのは知ってる。つまり掴んだ方の勝ち。
「どうしたおい。余裕ぶっておいて防戦一方じゃねぇか。まぁ寧ろここまで防いだだけ褒めるべきか。おらっ!!」
柔道部が一気に攻めてきた。これには伽藍堂も反射的に後退する。しかし攻撃の手は全く緩める気はない様子。手早く伽藍堂を倒して禦王殘たちも倒すためだろう。加勢に来た方がいいんじゃないだろうか。
しかし禦王殘の方を見ても眺めるだけで手を出す気配は一向になかった。というよりかは伽藍堂をじっと、まるで観察するように見ていた。
「……ふむ、なるほどな。」
声がしたので伽藍堂の方を見ると伽藍堂が柔道部の両手首を掴んでいた。それが相当痛むのか、柔道部は声にならない声で呻き声を上げながら、徐々に蹲っていく。
「其方合気道も少しやっていたな。道理で上手く合わない訳か。それでいて相手を確実に痛める技を狙う。あまり褒められたものではないな。それなりの才能がある分惜しい。……だが足りんな。」
最後の言葉は何故かとても怖かった。その時だけは嘲笑うような笑みに見えた。しかしそれは本当に一瞬で、多分俺の見間違いだろう。
「すまない、鴛海殿。何か縛るものはあるだろうか。」
「ビニールテープがあるから少し貰おう。緊急事態だからこのくらい許してくれるだろう。」
その後警察を呼んで全員回収してもらった。流石にここまで大きな事件となってしまってはどうしようもない。警察の方でも色々ごたついていたがそこまでは知らん。少し経つと知らせを聞いたのか、水仙の母親の姿が見えた。俺は声をかけると手短に事の次第を伝え、水仙の元へ行ってあげて欲しいと言った。水仙は意識を失ってしまってるが、手を握ってあげたほうがあいつも休まるだろう。やがて俺達も簡単な事情聴取を受けるとやがて解散となった。
「……結局今回も助けられた。情けない。」
「ま、大見得切った割にはというのはあったな。」
「一応これでも筋トレとかランニングとかしてるんだけどな。あんまり意味無いのかな。」
結局のところ努力より才能なんだろうな。生まれもった人間は最初からスタートの位置が違うし、同じスタートラインでも呑み込みがとても早い人はあっという間に先を行く。その圧倒的な差を見せられて、それでも続けられる人間はそう多くない。望むのならその才能が欲しい。努力をし続けられる才能。でもそれは自分を信じることが大前提となると思う。自分のことを信じずに、望みを捨てないのは、やはり厳しいものがある。
「努力が叶う瞬間は人それぞれだと思う。勉強に限って言えば受験なんかはとてもわかりやすいな。じゃあなんだ、君は合格出来なかった全ての人の努力は無駄と言うのか?」
「そうは言わないけど、報われなかったとは思う。」
そう言うと鼻で「はっ」と笑われた。くだらない、とそんな感じに。
「努力という言葉はそんな偏狭的なものではない。何人たりとも侵すことのできない財産だ。そしてそれは才能なんかよりずっと価値のあるものだ。無駄な努力など絶対にない。その努力を次に生かせばいいだけだ。」
その言葉を最後に鴛海も帰って行った。
俺はその言葉の意味を全く共感出来なかった。




