一進一退 2
式之宮先生と真弓先生がいたということはやはりこの学校の生徒もこの祭りにいるということか。でもまぁ遠目から「うっわなんであいついるんだよ」程度だろ。
「うっわなんでお前がいるんだよ。」
目の前から思い描いた台詞が飛んでくる。心でため息をしつつ顔を上げるそこには前に俺をボコボコにした男子の1人がいた。隣のは彼女だろうか、いかにもお似合いなカップリングだな。しかしこいつの名前何だっけ?深見とか言ったっけ?
「旧友の手伝いでな。食うか?」
「食うわけねぇだろこんな不味そうなもの。あ、そうだ。みんなにも言っとこ。『狐神が屋台なんて出してるぜ』っと。」
「冷やかしする時間あるなら彼女に色んなとこ案内してあげたらどうだ?あんまりデート中にすることじゃないだろ。」
別に煽ったつもりなど一切なかったが深見は何かが気に入らなかったらしく、タッパに入った焼きそばをはじき飛ばした。そしてその焼きそばは待っていた女性のお客さんにかかった。お客さんは短い悲鳴を上げ驚いた拍子に倒れてしまった。俺はすぐに冷えた布巾を持ってかかった部位を拭いた。幸い顔はマスクとサングラスをしていたので顔は防げたと思う。けれど洋服はかなり汚れてしまい拭いてどうにかなるものでは無い。
「……おい、随分と今日は挑発的だな。人がいれば何もされないとでも思ったのか?」
「大丈夫ですか!?お洋服がかなり汚れてしまわれてしまって......それよりお顔はご無事ですか!?」
「おい!!」
後ろから勢いよく蹴られ俺も倒れる。お客さんにぶつかる寸前で何とか両手を地面につき衝突は防げた。けれど後ろから蹴りが続けて入る。
「俺を放置してそのブスに構ってるとか余裕かよ。じゃあそのまま四つん這いになってろ。今ぶっ殺してやるよ!!」
折角いい感じの夏休みを過ごせていたのにこれでは台無しだ。周りの客もみんな引いてく。これではもう売れないだろうな。まだノルマまでいってないのに。太陽にもすごい迷惑をかけてしまった。
後ろから太陽が無言で深見に近づいていく。太陽がキレる姿はそうそう見ないが恐らく深見が泣いて詫びても一切手を緩めないだろう。すまない、太陽。
「彼を止めて。」
「えっ?」
「早く。後は私に任せて。」
俺は言われたまま何とか太陽を後ろから止める。自分の中で葛藤があるのか、握られた拳はひどく震えていた。
倒れていた女性は立ち上がると土埃を払うようにロングスカートをはたく。俺は先程の声で何となく誰か分かってしまった。
「ひどいよ深見君。焼きそばぶつけるだけじゃ足りず、女の子にブスだなんて。」
サングラスを外しマスクを取り、帽子を被り直す。その素顔にみんなが驚く。
「一応これでもアイドルなんだけど、面と向かって『ブス』はちょっと、きついかも……。」
白花は目じりに涙を溜め、やがてそれが頬をつたう。前にも言ったが白花は今をときめく現役アイドル。人気は相当あるらしくそれを一端の男子高生が『ブス』と高らかに言ったんだ。ヒクッ、グズッと咽ぶ声に周りの人はみな深見の敵になった。深見はオドオドしながら何かを言おうとしているが、何を言っても最早なんの意味もない。補足として深見の彼女はとうに退却済みである。そして深見もいない彼女を追うようにどこかへ行った。
一頻りの事態が終わった後、周りはアイドルの白花がいることに人が集まり始めていた。
「ねぇ、屋台の予備の服とかってないかな?」
既にすっかり笑顔が戻った白花が俺にそんなことを聞く。視線を送るといつもの優しい太陽が「あるよー」と言った。ということはもしかして。
「これでお客さんいなくなっちゃったらかわいそうだからね。私も手伝うよ!!」
そんな訳で白花には会計をやってもらった。勿論最初は断ったが「でも売り上げ平気なの?」の一言に押し負けてしまった。レジ打ちはそんなに難しくもなく、仮に間違えても白花ならば全てが許されるだろう。たとえ失敗してもそれさえ『可愛い』と評される。随分と優しい世界だなと、一瞬思ってしまう。
「今日はお忍びで来たんだ。ほんとは軽く見て帰るつもりだったんだけど、すごいいい匂いしてたからついね。でも驚いたなー!狐神君てすごい料理上手なんだね!かっこいいなー。」
「おいおい、こんな可愛い子にかっこいいなんてお前幸せだな。」
「味は一切分からないけどな。でもそう言って貰えて何よりだ。」
何はともあれ白花の多大なる貢献で焼きそばはあっという間に完売した。結果としてはまぁ良かったのかな。因みに帰りはさすがにそのままの格好ではあれなのでせめて上着をかけてあげた。
屋台を閉め、静かになった海を見ながら2人でジュースを傾けた。風が程よく頬を撫でる。
「話はお前から聞いていたがまさか白花さんがあれほどまでとはな。大したもんだ。」
「本当にすごいと思う。色んな意味で尊敬するよ。」
「ま、でも俺は他にも思い当たるものがあったがな。」
どういう意味だ?
「こりゃあ長期戦かな。」
「そうだな、精々足掻くとするよ。」
「……おう、頑張れ。」