一進一退
そんな訳で俺は無事みんなに睨みつけられながら終業式を迎えられた。とりあえず一安心。
「七月いっぱいは休み。8月は後半から動き出す。以上解散。」
その日生徒会に大した仕事はなく昼頃には終わった。俺はしばらく会えなくなるからとあいつに伝えに行った。いるかどうかはわからないが。
「お、いた。」
いつも思うがこいつのご主人様は一体何をしているのだろうか。放任主義も別に構わないと思うがその内逃げ出しても仕方ないと思うぞ。
俺はそいつの隣に行くと逃げるどころか足にすりついてきた。慣れてくれるのは嬉しい限りだ。餌を買ってあげたいところだが飼い猫にそれをするのはいくら何でもだめだよな。
「俺は明日からしばらく学校に来ないんだ。だからそれを伝えに来たんだ。」
猫は意味など分かるはずもなくただ俺が撫でられるがままになっている。そのだらけない顔につい笑ってしまう。
「また帰ってきたら俺と戯れてくれるか?」
「ニャー」と鳴いた猫の顔は寂しそうにも楽しそうにも見えた。最後に一撫ですると俺は帰ることにした。
狐神が去るとすぐそのご主人と思わしき人が来た。猫はその人に飛び掛るように向かっていった。そして屈んで手を広げたとこに突っ込むと、安定のご主人の腕の中に入り気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。
「本当にお前は懐く人にはとことんだね。狐神さんと遊ぶのそんなによかった?」
シャパリュと呼ばれた猫はそのまま眠ってしまった。
夏休みは本来1ヶ月とちょいあるが、生徒会の活動の都合上、実際は1ヶ月ないくらい。部活もバイトもしてない俺はあまりに暇なので、やや久しぶりに数少ない友人と遊ぶことにした。
「おひさ。」
「おー。」
小学生からのつきあいで中学までは同じ学校に通っていた涼原太陽だ。ぐうだらしてるが誰とでも比較的付き合いがよく『八方美人かよ』と最初は思ってたが話してみれば普通に良い奴だった。学校のこともよく相談、というか愚痴を聞いてもらっている。
「いやー、とりあえず無事一学期は乗り越えられたんだな。メールとかだと文字だけだから今お前の顔見てなんか安心したわ。それになに、生徒会入ったんか。いやー、おじいちゃん嬉しいよ。」
「誰だお前。」
「ただの老いぼれじゃよ。」
ほんとにそんな喋り方するから笑ってしまう。将来ほんとに歳とっても同じ事言いそうだな。
「ところで話は変わるがお前夏休み暇か?」
「ん?ああ、塾もバイトも部活もないからな。」
「……金が欲しいか?」
バイトだろうな。まぁ暇だからいいが俺の場合ちゃんと選ばないと。もしプールの監視員でもやってそれを学校の人に見られたら俺が逮捕されかねない。
「……力が欲し「何のバイトだ?」」
「つまらんなー。」とまるで溶けるように机に倒れる。こいつのぐうだら前にも増してないか?
「夏祭りで屋台出すんけどな、焼きそば何だけどな、人がもう1人くらい欲しいんだな。7月の終わりと8月と頭の2回の祭りに参加するんだ。多分屋台くらいならお前さんも変な目で見られないだろ?」
確かに屋台でそば焼くくらいなら平気だろう。料理も別に苦手ではない。こいつもそうだが人に囲まれている人はよく人を見ているものだな。そこまで見越しているなんて。
「太陽は他にもなんか予定あるのか?」
もし暇なら空いてる日に遊ぼうと思っていた。でも確か太陽はバスケ部に所属していて夏休みも忙しいだろう。この時期なら大会もあるだろうし。
「一応バスケ部だからな。大体練習で潰れるな。……そうだ、今度大会あるんだよ。暇なら来てくれよ。」
正直バスケについては授業で習う程度のことしか知らないけれど友人の部活の応援とはなんとも青春らしい。どうせ大した用もないだろうし。
太陽の学校はさほど遠くなく電車に乗れば20分くらいで着いた。うちほどではないがそれなりに大きく少し迷って着いた体育館からは活きのいい雄の声が響いていた。なんて言ってるかは全くわからないが。扉を開き辺りを見回すと『応援の方はこちら』と看板があったのでそれに従い2階へ着いた。今はどうやら試合前のアップが終わったところらしい。キャプテンらしき人が何か言い、みんなが賛同するように何かを叫ぶ。そして整列し審判らしき誰かがぼやぼや何か言うとみんなが一斉に何かを叫ぶ。勿論太陽もその中にいるが本人は少し苦手そうな顔。まぁ……これもまた青春とか言っとけばいいだろ。
試合は太陽のチームが終始優勢のまま続いた。基礎がしっかりしてるというか、パスミスとかもなく手堅く攻めている。司令塔が的確に指示しみんながそれに従う。いいチームだと思う。……けれど言ってしまえばそれだけ。突出した部分が何もないように見える。少なくてもうちのバスケ部に勝てるかと言われれば無理だろう。うちは普通にインターハイ常連どころか優勝候補のひとつだからなぁ。今年もすごいと聞いた。太陽ならきっと「楽しけりゃいんじゃね?」など言いそうだが、やっぱりやるなら勝ちたいと思うのが人だと思う。
試合はその後変化なく終わり、太陽の学校が勝利した。みんなでハイタッチをした後、俺に気づき手を振ってくれた。俺もこれに返す。心の中では汚れた事を思いながら。
家に帰り早速夕飯に焼きそばを作ってみた。ごく基本的な焼きそば。少なくても見た目に違和感はない。そして一口運んでみる。うん、麺も程よく噛みごたえがあり、野菜も感じれる。
「でもやっぱり味がわかんないとキツいな。」
俺のメンタルはあまり強くなく、いつからか、味の一切がわからなくなっていた。
それからは宿題をやったり、ゲームをしたり、焼きそばの練習をしたり、比較的高校生らしい事をした。そして一回目の夏祭りでは幸い知り合いにも会わず、焼きそばも美味しかったと評判になった。給料も勿論嬉しかったが、自分で初めて稼いだお金というのは何か感じさせられるものがあった。
「というわけでもう2回目だ。前回は他に焼きそばの屋台がなかったおかげで売上好調だったが、今回は規模がだいぶ大きい。多分他にも焼きそばを出す店があると思う競争になるだろうがボチボチ頑張ろう。おー。はい。」
「おー…」
海の近くでやることに加え、今日は近くで花火大会まである。ともなればこう人でごった返すのもわかる。もう場所取りやらで人が大勢いる。人酔いしそう。
そんな訳で時間よりもだいぶ早めに開けることにした。他がまだ開けてないからその分独り占めできるとのこと。そして焼き始めて数分で香ばしい香りに誘われた虫の如く稼ぎ元が集まってきた。俺が集中的に焼き、太陽が会計とトッピングと味見をするという感じで回していった。客足はよく、気付くと既に夏祭りが本格化し大いに賑わっていた。こんな人混みの中様々な匂いがグチャグチャになった場所で見る花火とはそんなにいいものなのか。俺にはよくわからない。
「完売したら色々見てみるか。」
「片付けまでしてたらその頃にはきっと大体が終わった後だよ。」
「それもそうか。ま、浴衣美人が見れただけいいとするか。」
年頃だなと考えていると「お、狐神じゃないか」という声が目の前から聞こえた。
「式之宮先生と真弓先生じゃないですか。パトロールかなんかですか。それとも慰め合……あっ、もし良かったら奢りますよ。」
「先生が生徒に奢られる訳にはいかんだろ。とりあえず2つくれ、あとナイフなどもあると助かる。」