犯人の知らない事件 19
京から受け取ったミサンガを今度はポケットに入れる。
「そう。結局俺の冤罪を晴らす為に目撃者の情報が欲しかった。それだけにわざわざ女に変装して、京に近づいた。……端から友達になろうとは思ってなかったんだよ。」
これでいい。俺も冤罪と証明出来た。京が大きな被害に遭うこともなかった。これれからは前みたいにお互い関わることなく、卒業まで待てばいい。
「……たい。」
鯛?
「……また……あの……カフェ……行きたい。」
「さてはあのカフェ気に入ったな?じゃあ後で穂積のアカウントから場所送るから。それで友達と行ってきんしゃ「あなたと!行きたいの!」」
……お?なんだ?そんな見え透いた罠にかかるとでも?奢らせる気か、SNSに晒す気か、自己満足かは知らんがそんなものに乗るわけないだろ。
「……なんでまた俺なんかと。もしあの偽穂積みたいなのがお望みなら水仙でも誘え。向こうの方が完全上位互換だ。」
京はまた言葉を探した。それはいつもよりずっと時間がかかった。けれどその顔には焦りや緊張は見られなかった。きっと慎重に慎重を重ね、言葉を選んでいるんだろう。全く、俺なんかにそこまでする必要などないのに。
「……狐神君に……会えて……少しだけ……変われた気がしたの……。でも……まだ……もうちょっとだけ……勇気……欲しいなって……」
勇気が欲しい、か。もしかしてその勇気というのは、そういうことだろうか。
「一つだけ確認したい。京はチア部に所属してるけど、正直合ってないと思う。それは京自身もわかってるとは思う。......そんなチア部に今も所属してるのも、勇気が欲しいっていうのも、気持ちを伝えたい誰かがいるってことか?」
京が『なんでわかったの!?』みたいな顔になる。勿論顔を真っ赤にさせながら。いや、なんとなく流れでわかるわ。大体俺ら世代が何かを頑張る理由なんて恋だのそんなのが大半なんだから。それはこいつも例外じゃないだろう。むしろ何か一つの出会いを他の人よりもずっと大切にしそうだしな。
「......分かったよ。その代わり、お前の恋が叶わなかった時、すぐ側で笑ってやるからな。」
夜には学校のホームページと廊下の連絡掲示板に安川と五十嵐の厳罰命令が貼られていた。
『一年七組五十嵐凛。三年二組安川大志。二人を五月に起きた野球部暴力事件の主犯として重く罰する。
五十嵐凛、厳重注意、一週間の部活動停止、反省文の提出。
安川大志、厳重注意、反省文の提出、推薦状の取り消し。』
「やったぜ!!」
勿論それはすぐに生徒の目に付き、新学期には恐らく全校生徒の知るものとなるだろう。無事大鵠からの課題を達成できた。
「じゃあ、話し合いはこれで終わろう。五十嵐さんも、安川君もこれ以上変な真似はしないように。これ以上は流石に退学は免れないからね。」
1月6日。事件の最終確認と謝罪の場として五十嵐、安川、俺、領さんと1時間もしない話し合いが行われた。目新しい情報はなく、俺の知る情報が全てだった。五十嵐と安川から言葉だけの謝罪を受けたがそんなものに興味はない。事が解決したので早く帰りたいと願うばかりだ。
「狐神、謝罪のついでだ。一ついい事を教えてやろう。」
五十嵐が早々に出ていき、領さんも資料をまとめているため、この会話には気付いていない。
「いえ結構です。推薦状取り消されたんでしょう?早く勉強しなくちゃ浪人しちゃいますよ?」
「つまらないな。まぁ話す気はなかったけどな。」
でしょうね。
「……いや、正確には話せない、というのが合ってるか。」
「なんですか構ってちゃんですか、ウザいんでやめてくれません?」
「……ふん、精々苦しむんだな。」
安川は不機嫌な顔で出ていった。
正直に言えば少し興味はあった。ここでまた罠にかけようとはさすがに思わないしだろうし、目もそれなりに真剣に見えた。でも二度も俺を嵌めた人間の言葉など信じろという方が無理がある。
「ところで狐神君、随分とこの冬休みは忙しかったらしいが、宿題の方は平気なのかね?」
「領さん、自分ももう高校生です。冬休みの最後にまとめてやろうなんて思っちゃいませんよ。」
第一回目の授業まではセーフだから。
1月7日は言わずとも分かるだろうが、一日宿題をやった、と言いたかった。いや、確かにやる気はあった。あったんだけどそれどころじゃなかった。
それは宿題をやろうとした直前だった。
「……ねぇ、あんさ、ちょっと話あんだけど、いい?」
「……あぁ、どうした?」
実は此方と直接会うのは正月向こうに行って以来だった。あの日から此方は何か知らんが部屋から全然出てこなく、ご飯も部屋の前に置いておくのがほとんどだった。てっきり俺が家を空けまくってるから怒ったのかと思ったが、本人曰くそうではなかった。けれどその原因を訊こうとすると「落ち着いてから話す」とのこと。
その此方がようやく姿を表して、話そうとしてくれてるんだ。宿題なんて二の次だ。
「なんつーかな、どっから話したもんか。……正月、お母さんと別れた時の会話、覚えてる?」
「なんか『頑張れ』みたいなこと言ってたよな。それか?」
俺の問に頷くと、少しの間黙ってしまう。此方の場合、じっと待たれるのはすごい嫌らしく、こちらが何か動いてる方が話しやすいそう。
場所をリビングに移し、コーヒーを2人分入れる。
「はい、砂糖ミルク多め。」
「……あんがと。……正直に教えて欲しい事があんだけどさ。」
「なに?」
「……今のあたし、やばいよね。」