狼煙の種火 8
瀬田会長の指示に大人しく従いもといた席に座る。会長は何かのプリントの裏紙を牟田の前に滑らせる。
「そこに絹綿の名前を書け。あと狐神はこの前録音したの聞かせろ。」
イマイチ真意は分からなかったがとりあえず録音した画面を開き携帯を渡す。瀬田会長はそれにイヤホンを接続し俺にも若干聞こえるくらいの大音量でそれを聞く。その途中、どうして会長が紙に名前なんて書かせたのかがわかった。
それはとても簡単な事だった。
そして少しの間の沈黙の後、会長の「うるっさ…」という声でまた話が始まる。
「んぁ?書き終わったか?じゃあもうわかったろ。帰るぞ。」
その言葉に生徒会の人は一斉に扉に向かう。しかし意味が分からなかったのか先生が説明を求める。
「先生、そいつが書いてるとこ見なかったんですか?めんどくさいから端的に言わせてもらいますけど、そいつは『左手』でだいぶ『前屈み』で書いたんですよ。それを左後ろから見た写真が……おい、春風。」
「ハイハイ」と春風さんがその写真を見せてくれた。その姿は左後ろから撮られており、前かがみになった牟田が邪魔で到底プリントを見ることなんて出来なかった。
「これで科目とか関係なしにこいつがカンニングなんてできないって訳だ。で、もう1つ気になったのは、お前らさして仲良くないだろ。書いた名前の字違うし、テストは全力で取り込んでるって言う割には視線を感じたってのもおかしいよな。」
書かれた字は『絹渡ひかり』けれど本名は『絹綿 月明』。これは言い訳できない。何となく感じてはいたが、牟田は弱いフリをして割と神経が図太く、絹綿に大した興味を持っていない。そして会長は決めにかかる。
「当ててやろっか?どうして仲も良くないお前らがこいつを陥れようと思ったか。恐らく指示されたんだろ、誰かに。でも上級生がわざわざ入りたての下級生を使うことは無い。まだ不明な点が多いからな。でもまだ2、3ヶ月でそこまでのカリスマ性を持つ人なんかそういないな。でもきちんといた。その人物は絹綿が狐神と話している時に牟田に接触し、恐らく絹綿に付けた盗聴器から得た質問の答えを牟田に伝えた。きっとそっちの方が面白そうだったんだろ。中途半端に『数学』とだけヒントを与えたところもみると。まぁ、なんつってるかまでは聞こえないが、音を切り取り調節すればきっと聞こえるぞ。だから狐神の質問にも矛盾なく答えられた。」
俺の録音にそんなとこまで残ってたのか。全く分からなかった。どおりであの時、絹綿との出会い方や趣味まで同じ返答を牟田が出来たわけだ。
「で、それが誰だって話だが、お「瀬田会長、そのくらいでいいです。ありがとうございます。」」
ここから先はもう別件だ。これ以上助けてもらう訳にはいかない。あいつとだけは俺だけで決着をつけなければ。
「行きましょう、みなさん。やらなくちゃいけないことあるんですよね。……そちらの皆さんもまだ何かあれば。」
これ以上は何も言うことがないらしいので、俺は瀬田会長と春風さんと鶴と共に生徒会室に戻った。
「すいませんでした。啖呵切ったくせに、結局最後は瀬田会長に頼りきりでした。春風さんと鶴にも迷惑かけました。」
その場で深々と頭を下げる。端から出来もしないのにあんなこと言うべきではなかった。手を抜いていた奴が割と本気でやればどうにかなると勘違いしていた。みんなの顔が見れない。嫌われ者で大した取り柄のない、言うだけ言って何も出来ずに足を引っ張るばかりの後輩をわざわざ置いておく理由などどこにもない。このまま「出てけ」と言われても何の意見も言う権利などない。一瞬だけの夢を見せてもらった。それだけで満足するんだ。じゃなきゃきっとまた迷惑をかけてしまう。
「……そもそもな、前提が違うんだよ。そこを履き違えるな。」
ゆっくりと顔を上げる。瀬田会長のその顔には怒るでも蔑むでもなく、ただ1人の後輩を諭すような顔をしていた。
「先輩は後輩の標になるべき存在だ。頼ることの何が悪い。そこから学ぶことが後輩の仕事だ。それに迷惑かどうかは俺らが決める。」
「そうだよ、狐神君。あの程度迷惑にもならない。」
……当たり前なんだが、この人達は本当に先輩なんだな。たった2年くらいしか違わないのに、どうやったらこんな風になれるのだろうか。
「確かに俺は途中まで迷っていた。でもお前が俺の助けをいらないと言った時、またここに引き戻してやると決めたよ。」
俺が瀬田会長の言葉に感動していると「……て言ってるけど、最初から連れ戻すつもりだったよ。」と耳打ちで鶴が教えてくれる。
やばい、なんかすごいいい匂い。え?何これ?選ばれし女子高生の匂いって依存性物質なの?そしてこの溶けるようなボイスよ。頭が悪くなる、というか理性がどっか行きそう。このサービスいくら払えばいいの?今すごい良い感じの話だった気がしたけどなんか全部消し飛んだわ。
「鶴ちゃんは天然の魔性だから気をつけてね。因みにノアちゃんは面倒みのいいお姉さんタイプ。この前もまたお互いの過激派がぶつかりあったなぁ。」
「随分とまた物騒な……」
「穏健派はまだいいんだけどね。」