犯人の知らない事件 11
「大丈夫か?」
「……いらん心配っつーの。」
そうして此方は久しぶりに家の外へ出た。ダボダボの服と、大きな帽子を被って。
此方の体の右半身には大きな火傷の痕がある。それは顔から足首にまでかけたもので、憎き祖父が『半身浴』などとふざけ、半裸で寝かせていた此方に沸騰したお湯をかけたからと聞いた。他にも体には至る所に大小様々な傷があり、普通の人が見たらまず引きつってしまっても仕方がない。だから小熊の反応を見た時は少し驚いた。
その後、毎年のように電車とバスを乗り継いで行った。やはり此方は人と乗り物に酔ってしまったが、年々少しずつだか、改善傾向にある。父さんや祖父母に会うだけならまず此方は動かないだろが、やはり母さんに会えるというのがかなり大きいらしい。とはいってもこの時代、世にいうビデオ通話なるものがあるため、離れていても割と週3くらいで夕食時など向こうと繋がっている。けれどやはり温もりまではどうしたって届かない。その温もりの為に此方はこうして頑張っているのだ。
「……その生暖かい目やめてくんない?なんなん?その保護者みたいな面は。」
「家の面倒ほとんど見てあげてるし実質母親だろ。生みの親、救い親、養いの親、第3の母。」
「せめて父親だろ。」
あー、そうだな。ほんとそうだな。
「……あー、その……平気なん?学校。」
これは意外。此方が人の心配するなんて。大体俺と話す会話なんか「ご飯」とか「ゲーム」とかだけなのに。最近はだいぶマシになってきたけど。
「……随時邁進中って感じ。平気かと言われれば依然平気じゃないけど、前よか心の余裕ができたって感じ。出来る時に、出来る分だけ頑張ってる。お前こそ、小熊さんといつの間に仲良くなったんな。ゲーム内のフレンドならいざ知らず、直接会うとは。」
「成り行きって感じ。いつくらいかな、6月あたり?に向こうから連絡あってそっからって流れ。」
というと丁度俺が生徒会入ったあたりか。言うて半年くらいで直接会おうと思うのは此方にしては凄い進展だな。相当波長が合ったと見える。
その後すぐ此方は疲労からか寝てしまい、1人電車に揺られた。なんだかんだ色々あり、こうしてゆっくりとした時間を過ごすことができるのは久しぶりだった。
やがて日も暮れ始めた頃、ようやく祖父母の家に着いた。今は昔みたいな感じの家だが、古き良き日本を思い出させてくれるような感じがっして全然嫌いじゃない。確かにずっとここで生活というと退屈にも感じてしまうことがあるかもしれないが、少なくても年に数回来る分にはかなりいい気分だ。
インターホンすらこの地域では必要なく、大きな扉を一応軽く叩き入る。
「あら、今日はちょっと遅かったの「お母さん!!」もう...此方ったら。」
「こいつが全然起きないからほんとの最終のバスで来た。......赤子かお前は。」
うーん、確かに此方の生い立ちとか今離れ離れで暮らしてるから多少はしょうがないと思うけど......お前、15歳にもなって『ママ!ママ!キャッキャッ!!』ってぶっちゃけ引き籠りよりやばいんじゃないか?まだ『うるせぇな殺すぞ!クソババァ!!』の方が安心できるなぁ。.....母さんも甘やかすからどんどん幼児化が進むんだよ。どうすんだよもう15歳児だぞ。嫌だぞ体重40000gの赤ちゃんとか。
「うるせぇな、見世物じゃないんだわ。失せろ。」
「こら、此方。あんまり綺麗じゃない言葉を使わないの。」
「うぅ......ごめんなさい、お母さん。」
「うん!よく謝れました!」
謝罪っつーのは地べたに頭こすりつけながらやんだよ。
母さんとクソガキが晩御飯を作っている間、俺は父さん、紀伊さん(祖母)、義男さん(祖父)と話をしていた。話題は勿論俺の学校について。高校に入った時はそら盛り上がったけれど、その後は冤罪のせいで一切その手の話題をしなかった。けれど最近、あまり評価は上がってはいないだろうけど、色んな人と関わり始めたと伝えた。「あいつがウザイ」だの「あの人はすごかった」などなど。あまり面白い話ではなかったと思うが、みんなは微笑んでいた。その理由は何となくわかる。
「儂の知らないうちに強くなったんだな。」
「あの頃は本当に怖かったですからねぇ。明日も見えないような様子だったから心配で心配で。」
多分俺も1人ならとっくに潰れてたと思う。でも家族の温かみとか、親友の大切さとかに気づけたから何とか踏み留まれたんだと思う。
『父さんが母さんを支える、そして彼方には此方を支えて欲しい』そう言って、父さんはあの葉桜が舞った日に行ってしまった。人によっては色々思うところはあるだろうが、俺は父さんも頑張ってると知れたから頑張れた。
「ごめんな、お前が辛い時に、支えてあげられなくて。」
そう言うと父さんが優しく抱きしめてくれた。この年で父親からハグなど恥ずかしくてたまらん。早く離して欲しいものだ。
「……正直結構キツかった。何度も折れた。自分でも冗談か本気かわかんないくらい、死にたくなった。でも……何とか……頑張った。なんで……こんな目に……会わなくちゃ……」
父さんの腕の中は温かくて、優しい匂いがした。とても落ち着く、前まではいつもそれがそばにあった。でも急に父さんも母さんもいなくなって、イマイチ距離感の分からない妹と2人だけの生活になった。不安だった。怖かった。そして学校で日に日に悪くなる扱い。刹那に夢見た青春というものが都合のいい妄想にしか思えなかった。
「あぁ、世の中理不尽だらけだよな。『なんで俺が?』なんて思うこと星の数だけあると思う。そんな運命と向き合って、受け入れて、それでも前を向けなんて言わねぇよ。頑張ってるのなんかとっくに知ってる。きっとお前の運命ってやつは他の人よりずっと残酷だ。……けどそんなすげーもん抱えて生きているお前を、俺は誇らしく思う。」




