狼煙の種火 7
たとえクラスの連中などに訊いて回っても大した情報は集まらないだろう。というか、カンニング犯としてもう周知されてるからろくに聞き込みもできないし。
「そんなわけで今日にでも話は合いの場を開いては貰えませんか?俺も生徒会で暇ではないので。」
遠井先生少し考えてたが、別にいいとの事だった。これは少し意外だった。てっきり「自分勝手なこと言わないで」みたいなこと言われると思っていた。にしても俺がここまで強気に出てるのにあまり動じない所を見ると何か策でもあるのだろうか。一応不意打ちみたいなつもりもあったんだが。もしかしたらもう少し様子見をした方が良かったのではないか、と遅かれ不安になる。
「それで、あそこまで啖呵切ったのだから何か反論の材料をもって来たのよね?」
そして放課後、完全に先生は向こう側で一対三という感じだかそれは前もってわかっていたこと。正直あまり勝てる気はしないが長引かせてもむしろ不利になる一方。だったら少ない証拠でも早めに動いた方がいいと思った。
「まず最初にこの写真を見て欲しい。」
俺は前に放課後に撮った写真を見せる。
「これは俺の席から牟田の席を撮った時のものだ。時間帯は放課後だから少し陰り始めてるけど多分昼間でも大して変わらないと思う。そして仮に牟田の席にプリントを置いてみた場合がこの写真。」
携帯をスライドさせてその写真を見せる。到底それは文字が確認出来るものではなかった。
「今この段階でさえほとんど見えないのに、この間に何人もの生徒がいて尚且つ先生もいる。普通に考えて無理だ。」
俺は絹綿の目を見て話す。一応これでも十分な証拠だとは思うが論が通じる相手であればいいが。
「えっと……」と明らかに動揺をしている。他の2人からフォローが入らないうちに追撃をかける。
「まぁグラフとか表があれば別だけどな。」
その言葉にまんまとハマった絹綿は嬉嬉として口を滑らす。先生や牟田の言葉など間に合わないうちに。
「そうよ!あの時の科目は数学!グラフであればあの席からだって見えるでしょ!」
1人明らかに項垂れる牟田を他所に、昨日録音した音声を流す。
『Aだよ、カンニングされたのは。』
「因みに数Aにグラフはない。あるのは数Ⅰのほうだ。」
絹綿が数Ⅰでカンニングしたといい、牟田は数Aでカンニングされたという。これは明らかな矛盾である。まんまと遊ばれている感じはあったがそれを避けて切り抜けるほどの才能もない。これで何とか穏便に済んで欲しいところだが。
「なるほど、狐神君の意見は分かりました。この短時間でよくそこまで頑張りましたね。」
これは知ってる、ダメなやつ。
「でもそれはきっと牟田さんが数Aを数Ⅰと間違えてしまったのでしょう。そもそも牟田さんは被害者なんです。はっきり状況が分からなくてもしょうがないかと。携帯のあの写真もあと一押し欲しいですね。」
「......はっ」
だーめだ、これにはもうお手上げだ。必死にこっちが絞り出したものを『きっと』だの『しょうがない』だの『あと一押し』だので片付けられては手の出しようもない。クソかよ。端から捨て身だったけど、もしかしたら勝てると思った矢先に……。
これ以上は話し合うことがないと判断した遠井先生は「では退学届けを持ってきます。」と言い席を立った。そして残りの2人も間もなくそれに続く。俺はただ溢れそうな涙を堪えるのだけで必死だった。悔しかった。こんな理不尽に負けるのがどうしようもなく。
そして後ろで扉が開く音がする。
「お前こんなとこで何してんだ?」
予想外の声に振り返る。そこには何故か瀬田会長がいた。
「今日中の仕事たくさんあってよ、急かしに来たぜ。そういや今日だったんだな、話し合い。」
少しはこちらの雰囲気で察して欲しい。何となく分かっているだろう。俺が既に負けていることに。
「……瀬田さん、多分「わかってるよ鶴。なぁ狐神、俺が勝たせてやろうか?」」
その言葉に3人は驚いていたがそんなものはどうでもいい。もう打つ手もないんだ。素直に助けてもらったほうが楽だし確実だ。俺なんかがどうしようもならなくてもこの人なら何とかしてくれるだろ。何を馬鹿みたいに一生懸命になっていたのか。
「いらないです。」
何を感情的になっているのだろうか。ここで一言「お願いします」と言えば済む問題ではないか。
その言葉に瀬田会長は笑う。鶴も何やら嬉しそうだ。
「先生、俺は2人の意見の齟齬は裏合わせのミスだと思ってます。それに被害者だから分からないとは限らないですし、むしろ被害者だからこそ絹綿に話を聞いてると思います。写真の件も十分に証拠として有効かと。何よりも言いたいことは、碌な意見も持たないで否定ばっかしてんじゃねぇよまるで国会の連ちゅ「そ、そろそろやめよ?」」
鶴に止められようやく我に帰る。瀬田会長は大爆笑している。何がそんなに面白いのか。まぁ分からなくもないけれど。とりあえず「そういうことです。」と締めくくる。
「いやー、おもしろもの見せてもらったわ。腹痛てぇ。んふふ。」
「……会長。」
鶴の冷たい視線が応えたのか、そのキモイ笑いも止まる。そして今まで黙っていた牟田が口を開く。何となくこのままでは良くないと察したのか。
「あの、コントなら勝手にやってください。帰りますよ。」
そう言って素早い動きで扉を開ける。俺の意見などまるで聞く気がない。しかし瀬田会長が若干開いた扉を叩き閉める。その音に絹綿と牟田は肩を一瞬上げた。そして一瞬見えた目は今までに見たことのないものだった。
「俺らがここに来た理由ならさっき言ったろ。座れ、速攻で終わらせてやる。」