冬眠への蓄え
もしそれらを大鵠が全て踏まえた上でこの演説に向かっていたとなれば、俺は舐めきっていたとしか言いようがない。そして無様にも俺の思惑は呆気なくバレていた。完全敗北もいいところである。
「......今日の放課後、もう一度集まって話がしたいらしいから生徒会室に来て欲しいって。大鵠さんから。」
もうあの部屋は自分の物って感じだな。ま、事実その通りなんだけど。というかこの学校自体あの人のものと言っても過言ではないか。目に映る不正などがないから領さんも関与できないだろうな。
「分かった。俺もやっぱり直接大鵠さんとは話したいからな。じゃあまた放課後。」
その後授業を受け終わり、直ぐにでも生徒会室に行こうと思ったが声をかけられた。教室で声をかけられるのなんて久々に感じる。
「......どうした、俺と話したところでお前にメリットは何一つないぞ。」
袖を引っ張ってきたのは後ろの席の水仙だった。授業中何となく違和感はあったがどうやら俺なんかに何か話したいことがあるらしい。
「......めんね。」
「なんでお前が謝る。何となく水仙なら分かってんだろ。あの演説のセリフは、嘘を並べて、みんなを脅迫したものなんだよ。本当にあんな風になんて思ったことない。だから何も謝ることなんかないだろ。」
幸運な事に俺と水仙に気づいてる人はいなかった。そして今もみんな廊下に出ていってるので気づかれることもなさそうだ。
水仙の声から徐々に力が無くなっていき、嗚咽が聞こえ始める。
「あるよ。私はあなたを酷く傷つけた。あの並べられた言葉の中の全てが嘘だったとは思えない。確かに一度は謝った。でもそれであなたが失ったもの全てを取り返せるわけない。それを考えもせず、私は『もう一度あなたをきちんと知りたい』なんて言った。それをあの演説でやっと気づいた。だから、ごめんなさい。」
「ああ、あの痴漢は俺の青春を壊した一因だ。あれから俺の高校生活は壊れていった。正直もう修復できるとも、しようとも思わない。もうそんなものいらない。正直今のお前の態度も、その涙も俺を弄んでるように思えて仕方ない。」
握られた袖を力任せに振りほどく。けれどそんな力入れなくても簡単に水仙の手は解けた。
水仙の顔は見たくなかった。だから早足でその場を去った。
そして着いた生徒会室。先程までの気分を払拭するように頬を叩く。
「よし。」
俺が部屋に入ると瀬田会長含む生徒会メンバーと、大鵠を含む生徒会メンバーが揃っていた。そしてもう1人式之宮先生もすでに席に座っていた。
......いや、正確には一人いなかった。
「やっと来たね狐神君。遅いよ全く。あと瀬田さんから印鑑もらうだけになっちゃったよ。」
「......遅くなったことは申し訳ありません。けれど見たところ永嶺も来てないように思えるのですが。」
クラスにはいなかった。それらしきカバンも見つからない。きっとトイレかどこかに行っているのだろう。そのはずだ。
しかしこういう時の嫌な予感は何故だか当たってしまうものだ。
「彼女には辞めてもらったよ。何で?って訊かれるだろうから先に答えておくと、姉の復讐なんてつまらないことする人間にもう興味無いよ。何で知ってる?って訊かれるだろうから先に答えておくと君のクラスの村上君から情報を得てね。狐神君の動画を消すことを条件にその内容を教えてもらったのさ。ま、あの二人が姉妹なんて事最初っから知ってたけどね。俺ってば優しいよね、復讐を目論む人を訴えることもしなければ、むしろ解放までしてあげちゃうなんて。」
一応携帯を開いて動画を探したがそこには村上の動画は消されていた。だがそんな使えるかどうか分からないあんな動画はどうでもいい。確かに永嶺の動機は決していいものとは言えない。だけどお前は当事者だろ。お前が責任を取らないからあいつが復讐なんかに走ってるんだろ。それをつまらないの一言で済ますなんて許されないだろ。
だけどここで争ったところで殴り合いでも言い合いでも勝てないのは明白だ。一回冷静になろう。
「......もし、永嶺がクビにされるのなら俺だって最終目標は復讐です。つまらないものです。それにすでに大鵠さんを裏切った身です。だったら俺もクビにするべきじゃないんですか。」
そんな俺の言葉を聞いて大鵠は何故か大爆笑をした。......いや、大鵠だけでなく一藤や壬生も微かに笑っていた。
「狐神君ほど面白い人間をそう易々と逃がすわけないでしょ。だから君を解放なんてしてあげないよ。俺が生徒会長として働けるのは僅か半年足らずだけど、その間はよろしく頼むよ。」
そっか、要するに半年間はほとんど飼い殺しも等しい扱いをするって感じかな。それはそうだ。考えるまでもない。
そんな俺を見かねてか、式之宮先生が口を開く。式之宮先生も流石に大鵠の行動一つ一つにまで文句は言えない。
「それで今日私たちが呼ばれた理由を教えてくれないか?私だって暇ではないんだ。」
「そうでした、本題ですよね。結果としてあれだけ自信を持っていたノアさんが完敗し無事私大鵠が生徒会長になります。......あぁごめんなさい、禦王殘さんもそういえば敗北してましたね。で、いつから私たちが活動し始めようかと思ってまして。さすがに昨日の今日で荷物まとめて出てけなんてこととても言えないので、その日程を大まかにでもと。」




