リーダーの資質 11
これ以上ここにいたくない。
そう思った俺は全力で逃げ出した。教室を出て、校舎を出て、道路を駆けて、路地を抜けて。いつもの帰り道なのに道を見失いそうになったり、走ってるのに異様に遅く感じた。上手く呼吸ができない。全然息を吸えてない気がする。
最後に見た大鵠の顔は柔らかいものだった。『まだ謝れば許してもらえるかも』と想起させられる。それなりに長い事あの人といたんだ。それが罠ということくらい馬鹿な俺でも十分理解してる。あの人だけに警戒心を強くしていた。だけど違った。あそこまでだとは思ってなかった。あの時、夏川は面倒くさそうな顔をしていた。一藤は心底達成感のある顔をしていた。誰一人、止めようという気はなかった。仮にもメンバーの一員なら、なんてものは一切なかった。
ようやく家に帰っても全く安心など出来なかった。もしかしたら今にでも扉を開けてくるのではないか、服に何か付いているのではないかなど考えてしまう。
その明らかに異常な俺の姿を見て珍しく心配そうにこちらを見つめる此方に一言「ちょっと休む」とだけ伝え自分の部屋に戻った。
翌日、何とか学校に行こうとすると珍しく此方がこの時間に起きており、俺を学校に行かせまいとした。どうやら昨日電話で母さんに連絡したらしく、それなら無理して行かせる必要はないと結論で出たらしい。
まぁ今朝鏡で自分の顔見たらクマが酷いのなんの。何なら寝癖もすごいし。朝ごはんのトーストも気づいたら炭になってるし、目玉焼き作ろうとしたのに灰になってるし。コーヒー淹れたら灰になってるし。いつもの調子とは程遠いものだった。
「……たまには休むか。」
今日が生徒会長の発表日という大事な日なのは勿論わかってる。でも正直この体調であの『忌まわしいもの』を見る目を一日浴びながらというのは正直キツい。それにまだ大鵠含むあのメンバーに昨日の今日では会いたくない。それなら今日だけは休ませて貰おう。今日行こうが、明日行こうが結果は変わらないのだから。
結局その日一日ずっと此方のゲームに付き合わされた。何やらイベントの最終日らしく、ずっと素材集めに行かされた。最初は普通にめんどくさいな、と思ってやっていたが、段々そんな考えもフェイドアウトするような感情になっていった。完全に作業を覚えると自分の心と向き合うことさえできるようになった。それは恐らく此方の意図しない事だっただろうが、案外冷静になれた。
『いつでも周回要員として雇ったげるから、学校行きたくない時なんか来な。』
そんなぶっきらぼうなメールを寝る間際にもらった。此方にはもう少し可愛らしさが欲しいところだが、きっと此方なりに心配してくれたのだろう。兄として情けない姿を見せてしまった。明日にはいつものような姿で学校に向かうとしよう。
『時給はいくらですか?』
『可愛い妹の"ありがとね、お兄ちゃん"。故にプライスレス。』
『うるせぇよ。』
翌日、今日は此方は起きておらず、いつも通り朝食を置いて家を出た。電車の中はいつもと変わらないような様子で生徒会長が誰になったのかはそこでは知れなかった。クラスに着いたところでそんな会話をしてくれる人はいない。そして俺が扉を空けた瞬間に一気に空気が重くなったのが分かった。けれどその中で気になる視線があった。仁紫のものだった。言いたいことは何となくわかる。『俺をあんな事に利用したのか?一部生徒をより悪く見せるために?』だろ。めんどくさいから言わせてもらえばその通りだよ。
その後すぐ入ってきた遠井先生もいつもとは異なる様子で俺を見ようともしなかった。
まぁそんなこと分かっていたけれど、思ったより疎まれてるらしく、とりあえずのところ今日は水仙とか梶山などにも話しかけるのはやめておこう。話しかけられたら応えてもいいとは思うが、その可能性は低そうだな。
とはいえこのままでは放課後どのように動けばいいか分からないため、昼休み鶴のいる2組を訪れた。教室の開いた扉から鶴を探す。けれどその姿はなく時間が経つと共に俺に気づいた人間が小声で話し始める。内容なんて考えるまでもなく想像つくから敢えて説明もしないが、このままでは何を言われるか分からない。撤退するとしますか。
しかし丁度そのタイミングで一人の男が俺の前に立った。
「7組の狐神だな。うちのクラスに何かようか?」
俺もこいつのことは知っている。2組の兜狩一總という名だ。最初読み方分からなくて『カブトガニみたいな名前してんな、あだ名はきっと二億歳だな。』なんて思った。性格はやや固いがクラスメイトにかなりの支持を得ていると聞く。このクラスのリーダーのようなものだ。テスト前などはクラスメイトを集めよく勉強会を開いている。それがなかなか大したものらしく、テスト期間などは放課後多くの2組の生徒が残って勉強をしているそう。その結果、テスト結果を開示された際、2組の名前はよく見る。もしかしたら生徒会長立候補するかも?とは思っていたがそれはなかった。しかし何で勉強会やリーダーのようなものをやっているかはずっと疑問だった。けれと今の優先事項は鶴に昨日のことを訊くことだ。
「蓬莱殿を探してる。今クラスにはいなさそうか?」
「そうだな、見た感じはいない。何か要件があるなら伝えておくが。それとも少し待ってみるか?......丁度来たな。」
兜狩の視線の先、後ろを振り返ってみると鶴がこちらに向けて歩いてきた。そして目の前まで来ると、俺と兜狩を見て「?」と浮かべている。関係性を気にしているのだろうか。
「狐神がお前のこと探してたから俺が声をかけただけだ。別に何もしてない。」
というか寧ろ普通に丁寧だった。正直まともに会話出来たのを少し嬉しく感じた程だ。この態度が嘘でなければどれだけいいのだろうか。