異世界に転生したけど、私は10日後全てを忘れてしまいます!!
ある時、何の前触れもなく私は気付く。
私、記憶喪失になるヒロインに転生してるぞ、と。
……は?
……いやいや、こういうときは冷静が一番。自問自答をして、思考を整理してみよう。
名前は? ――ローズシア・マジェンダ。公爵家の一人娘。
年齢は? ――記憶喪失になる日に、十五歳になる。
うん。頭は大丈夫なようだ。
で、思い出した記憶は? ――乙女ゲーム『闇に落ちる花びら』
ストーリーは? ――記憶喪失になったヒロインが、記憶を取り戻す話
登場人物は? ――ヒロインと、攻略対象四人
……よく知らない単語がある。いや、意味は分かるけれど。
で、十日後記憶喪失になるんだっけ?
………あれ? 防ぐ必要ある?
正直、この退屈な日常にも辟易してたし。渡りに船じゃない?
コンコン
「ローズシア。少し良いか」
「……! どうぞ」
お父様が私の部屋に来るとは、珍しい。
あの人は、年中仕事してるのに。
くだらない思考を中断して、意識をお父様のほうに向ける。
「いかがいたしましたか?」
「ああ、このあいだ公爵家で養子をとったんだ。ルーシアンだ。よくしてやれ」
「かしこまりました」
「私は忙しいから、自己紹介は二人でやれ」
「はい」
本当、忙しい人だよね。
仕事に関係無いことに時間を割くのが、そんなに嫌か。
お父様の背中を見送り、振り返る。
そこには、綺麗な男の子がいた。
………ふぅん。
「はじめまして、私はローズシア・マジェンダと申します」
「は、はい。えっと、僕はルーシアンと言います。よろしくお願いします、お嬢様」
「あら、お嬢様なんて。姉弟になるのだし、姉と呼んで?」
「えっと……じゃあ、姉上、で……」
「ええ、それで良いわ」
♠♠
それから彼を一通り公爵家に馴染ませた。
家族とはこんなものだったのか、と思いながら共に五日を過ごした頃に私は思う。
なんか、ここ数日違和感があった。
例えば、敷地内に黒猫がいたり。
例えば、お父様が魔法院の院長を家に招いていたり。
後者はまぁ日常としても、この屋敷に猫なんて入れるはずがないのだ。だってこの屋敷は、各方面から恨まれまくってるお父様のために、非常に厳重な警備があるのだから。
そこで一つの説が生まれる。ルーシアンは間者なのではないかと。
いや、彼はお父様が連れてきたのだ。
怪しい人間である訳は無いとは思うけど。
でももし、彼が転生者だとしたら?
何か思いもよらない方法で、公爵家にとりいったとしたら?
……そもそも、彼は確か魔法院の院長から紹介されたのだっけ?
でも、いくら優秀だとしても、よそから跡継ぎをとってくるだろうか?
ともかく、私は彼への警戒を上げることにした。
♠♠
記憶喪失になる当日。私は今日、階段から落ち記憶を失う。
……いざとなると、怖いものだ。
日中は、面白くもないパーティーに出る。
誰が得するんだろうな、こんな会合。ぼーっとそんなことを考えて終わる。
………あの人は、やはり今日も来なかった。
そして――――パーティーは、今日は、おしまいになる。
二階に上ろうとして、今から落ちるのだろうと気付き躊躇する。
「あれ? 姉上!」
トタトタとルーシアンが近づいて来る。
思わず身構えるけれど、ルーシアンは警戒するのが馬鹿馬鹿しくなるような無邪気な笑顔だった。
「どうしましたか?」
「ええ……ルーシアンこそどうしたの?」
まさか私を……突き落としに来た?
……いや、まさかね。
「ああ、僕は部屋に戻ろうと思って………そうだ、ついでに姉上を送っていきましょうか?」
ニッコリと笑うルーシアン。
可愛いらしいその笑顔が………私にはとても怖く感じる。
「い、いいえ………結構よ。ありがとう」
そう言って、逃げるように早足で階段をかけ上る。
……失態だ。こんなつもりじゃ………隙なんか見せるつもりは、無かったのに。
そう思ったとき。ちょうど、長い階段の真ん中辺りで。
たんっ……と、次の段に足を引っ掻ける。
あっ……と反射的に反対の足に力を入れるが………そちらは、高いヒールが邪魔して力が入らない。
手が何かを掴もうともがく。………けれど、何も無かった。
浮遊感が襲う。………落ちるッ!!
「………姉上ッ!!」
咄嗟にルーシアンが捕まえてくれた。
………え?
「大丈夫ですか!?」
「………え、ええ」
「だから、部屋まで送ると言ったのに!」
いつになく強い口調だった。
背筋にヒヤッとしたものが走って、彼を見上げると……心底心配したような表情の彼と、目が合った。
「やっぱり、お疲れなんです! 僕にエスコートさせてください!」
「………………!!」
………分からない。
彼に身体を預けながら、私は初めて真剣に考える。
………何故、彼は私を助けたの?
♠♠
その日、私は懐かしい夢を見た。
「ローズシア。私の、可愛い子」
「ローズシア様は、公爵様に似て、とても愛らしい」
ニコニコ笑う二人に、私は文句を言う。私は、綺麗なお母様に似たのだと。
「そうですね。将来が楽しみです」
「……そうですね。でも私は、元気に育ってくれれば、それだけでとても嬉しいですよ」
二人は、そう言っていた。とても、優しい人たちだった。
私が五歳のとき、呆気なく死んだ。
もう、顔も思い出せない二人。
………葬式に、あの人は………お父様は、来なかった。
♠♠
「………お母様。マリア……」
涙がとめどなく溢れる。
あーあ、こんな思い出………忘れてしまいたかったのに。
全てを忘れるまであと0日。記憶喪失にはなれなかった。
「………姉上? 起きていらっしゃいますか?」
ルーシアンの声。何故彼が起こしに来るのか。
声を出すのが億劫で、何も答えずにいた。
「………入りますよ?」
何故? 普通、メイドを呼ぶだろう。
まぁ良いや。今はもう、何もかもがどうでも良い。
「……え!? 姉上?」
「………なに」
まだ寝てたのだから、ネグリジェのまま。
さっきまで涙が出てたから、目が赤いのかもしれない。
「………な、泣いて……」
「泣いてなんかないわ。何の用なの?」
キツイ言い方になる。寝起きだからか、上手く猫を被れない。
睨むように水を向けると、ルーシアンはたじろいだ。
「……あ、姉上が昨日、具合が悪そうだったので……」
「様子を見に来たって言うの? 馬鹿言わないで。本当のことを言いなさい」
「え、でも………本当に」
夢のせいで、感情が表に出てしまう。
「だいたい、あなたは何故昨日私を助けたの? 私はあのまま落ちて――」
―――死んでしまいたかったのに。
言いかけた言葉に愕然とする。私は、本心でそんなことを思っていたの。
いや違う。懐かしい二人に会ったから。だからすこし感情的になってるんだ。
黙った私を、彼は不思議そうに見つめる。
……なに?
「僕が姉上を助けたのは………姉上が階段から落ちたからです」
何でもなく言う彼に、私は呆気にとられる。
いや、違う。私は落胆してるんだ。
そして彼が根っからの善人であったことに、心から嫉妬した。
知っていた。
彼が、私なんかよりよっぽど善良な人であったことは。
お父様に気に入られていることも、その人柄でのしあがったことも、全て初めから知ってる。わかってた。
だけど、そんなに当たり前のように差を見せつけられたら……耐えきれない。
「………馬鹿じゃないの。放っておけば、良いじゃない。ただ見ないふりをすればそれで………」
「………姉上……?」
「……………あなたは、公爵家の唯一の跡取りになれたのにね?」
悔し紛れに、鼻で笑ってみせた。
そうそう、忘れてない今の私はどうしようもない人間だからさ。
怒って、私を正論で叩き潰してよ。
悪人の私を、倒してよ。
「何故、そんなことを言うのですか………?」
けれど彼は、望んだような憤怒の表情ではなかった。
悲しむような、哀れむような目で、私を見据えていた。
「命より大切なものはありません! それに、僕は跡取りになんか……」
「……やめて」
それは、私の唯一信じたものだった。
兄弟のいない私にとって、唯一約束されたもの。
「………それだけは、言わないで」
「………」
ルーシアンが、興味の無いことなんてわかりきってる。他から見ても、馬鹿馬鹿しいと、わかってる。
でも、私にはこれだけが、存在して良い理由だった。
だけど、彼がいるならば………。
「姉上、僕は………跡を継ぐために、養子になったのではないです」
「………」
「姉上、信じてください。僕は………本当は秘密なのですが、あの方の命で………あなたのために、この家に来たのです」
♠♠
「お父様」
執務室の前に立っていたので、存外簡単にお父様を捕まえられた。
声をかけたお父様は、とても迷惑そうに見えるけど。
「少し時間、宜しいですか」
「……なんだ」
「お母様が死んだとき、何故葬式に来なかったのですか」
結局、わだかまりはそこなのだ。
私はその時、幼心に………この人を憎んだ。
「………それは」
口を開いては閉じ、閉じては開く。
……忙しいのでは、無かったのですか?
長い時間の後に、お父様は答えた。
「………仕事だったからだ」
……長い間待たせて、それですか。
「………だから駄目なんですね、私たちは」
「………どういうことだ」
顔は怖いけれど、話はきちんと聞いてくれる。
全く、損な人だ。
「事故の前日から、隣国にいたと聞きました。それから、事故の後に交通整備に力を入れたことも」
「………ッ」
「私は、当時は子供だったんです。少しは話してくれないと、分かるわけ無いじゃないですか」
隣国からこの国へは、急いでも3日はかかる。そりゃあ葬式だって、終わってしまうだろう。
そう言ってくれれば、とにかく理屈では納得できたのに。
「………ルーシアンか」
「ええ。私のボディーガードとして、養子に迎えたそうじゃないですか。何故そういうことを、言ってくれないのです」
彼は魔法院で一番の優等生だったらしい。このまま院長へ華々しい道を歩む……と言われていた彼を、破格の給与で雇ってきたとか。
「………」
「今度は、のけ者はやめてください」
「………善処する」
お父様の返事に呆れつつも、マリアの言葉を思い出し、やっぱり私はお父様に似たのかも知れないと思った。
♠♠
「……公爵様と、話せましたか?」
「ええ。あなた、災難だったわね」
まぁ半分は私のせいだけど、他人事のように言う。
「……災難?」
「ええ。出世の道を閉ざして、申し訳なく思うわ」
……他にも謝るべきことはあるけど、それはうやむやにする。
だって私、お父様の子だからね。
「………姉上、僕はこの仕事を好きで引き受けたんですよ?」
「………え?」
何故?
あ、でもそう言えば、彼はお金に釣られて動く人間じゃないしね。
でも、じゃあどうして彼は公爵家に?
「一目見て、関わりたいと思ってしまいまして」
「えっと………何に?」
尋ねると彼はこちらをじっと見た後、ニコッと笑って答えた。
「この家に、です」
答えに、私はホッと胸を撫で下ろした。
一瞬、自意識過剰なことを考えたからだ。
それが間違っては無かったと知るのは、まだ後の話……。




