9話 天使
「さっきの子か!」
きっと、先程あの子が私にぶつかってきた時に刀を取られたのだろう。
もっと前、闘技場から帰る時の人混みで無くしたかも知れないが、それならばもっと早く気付いているのが必然であろう。
私は、フミを連れて街中を駆け回った。
人気を感じさせない路地裏の中や、ネオンの輝く道の人混みを掻き分けて。
しかし依然として状況は変わることはなかった。
「くっ!やっぱり見失ってる、どこかに手掛かりは!」
気付いた時には、もう遅い。
きっと今頃何処かへ完全に姿をくらましているだろう。
もっと気付くのが早ければこんなことには──
「まずは一旦落ち着きましょう!」
と、フミが私に呼びかける。
「う、そうだね。闇雲に探しても見つかりそうにないよね、これは」
嘆いてもどうにもならない。
そうだ、まずは言われた通りに落ち着こう。
どうやって、相手を見つけるか。
そうだ、いたって簡単なことじゃないか。
情報収拾をするんだ。
あの子、大会で優勝していたから、きっとそれなりには名前が通っているはずだ。
と言う感じで、街の人に聞き込みをすることになった。
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「優勝した子?あらぁ、ごめんなさいね。私今日観てないの」
「え?初めて見たからなぁ、分かんないや」
「あー、いい噂は聞かないかな。でもどこの子かまでは分からんね」
「あぁ、それなら私の家の近くの子かも!」
数人に情報収集を行って、直ぐに手がかりになりそうな情報があった。
近くに住んでいるかもしれないという、その女性の方にそこまで案内してもらうことになった。
店が並ぶ通りから、露天の並ぶ通りへと進み、その裏路地を行ったところを更に奥へと進むと、抜け道が。
その抜け道を通っていくと、側には墓地、そしてその墓地を進んで──と、いろいろ説明すると切りが無さそうだ。
先ほど聞き込みをしていたところから、距離は一キロといったところ。
古びた民家、人が住んでいる気配はまるで無く、蔦が|そこら中に絡みつき、周りには大量の手入れされていない雑草が鬱蒼としている。
民家はボロボロであり、大きい衝撃が加わったら今にも倒壊してしまうのではと思ってしまう程である。
入り口のドアは歪み、壁には幾つもの穴ぼこ、窓は解放されている状態。
ここに対する文句を並べ立てると、とても一言では済まない。
そうだ、こんなこと考えてる場合ではなく、私は刀を取り戻しに来たんだ。
案内してくれた方に礼を言うと、私達はそこで別れる。
民家の方に近寄り、さらに中の方を調べようとする。
「さて、居るかなぁ」
窓から、中を覗き込む。
部屋の真ん中には囲炉裏、そして周りにはゴミが散乱している、奥の方を見ると藁の様なベッドがあり、その上には──
「よし、見つけた」
「やりましたね!」
「静かに!起こさないようにしよう」
子鬼の傍には私の刀、コヅチが放られている。
正直、なんで盗んだのか問い詰めたいところだけど、気付いて逃げられる方が私としてはかなりマズイ。
もう明日にはこの街を出なければいけないのだから。
入れる所は……窓しかないか。
ゆっくりと、慎重に。体重を極力かけないように壁をよじ登り、窓から中に入る。
まるで、泥棒みたいな侵入の仕方……って、流石に今のご時世そんな事する人。ここに居た、って考えている場合じゃない。
(よいしょ、降りれた)
(大丈夫ですか?)
(うん、とりあえず逃げた時のために外で見張ってて)
(わかりました!)
そうして、抜き足差し足で小鬼の側へと近寄ろうとする。
辺りに溜まっているゴミがカサカサと音を立てる。極力踏まないようにしながら進んでいく。
(あっ!やば、ホコリが多い──)
私はとっさに手を抑えた、突如出そうになるそれを必死に堪えるようにして。
大丈夫、耐えれる、オーケー。
安心して手を離すと、更に埃が入り込んできた。
あ、これやば──
「ハーーックション!」
「うわぁ!なんだぁ!」
まずい!こうなったら刀を奪取する作戦に変更だ!
飛び起きて、状況を理解できていない子鬼を余所に、私はすぐさま刀を奪い取り、走って窓の外へ逃げ出した。
小鬼は……起きかけて来ているか。
(フミ!天使に変身して!)
(え!?は、はい!わかりました)
そうフミに指示を送った。
民家の外へと逃げた私は、子鬼を待ち伏せた。
案の定、直ぐにこちらにやって来て──硬直した。
非常に驚いた様子だ。
「な、なんでいやがるんだよ!天使族!」
「ふ、ふふ。私を誰だと思って刀を盗んだのかな?」
「ま、まさかお前は!」
天使族──創造神の存在が公となっているこの世界においては、創造神には絶対服従、天使族には逆らってはいけないという考えが根付いているのだ。
これは、この世界に大きな抑制となっている。
神の見ている中では、無闇に戦争を起こせないし、魔族と人間も勢力として均衡を保っている状態となる。
──あくまで、私が創造神として生きていた頃の話だけど。
しかしそう簡単に世界の価値観が変わるわけでもないようで、今となっても神、天使族の抑制力は抜群なのだ。
まぁ、死んだ私はこの世界を見捨てたってことになっているらしいのだけど、風の噂なので確かかは知り得ない。
と言うわけで、今目の前の子鬼はこの状況で逆らうことが容易にできはしないということだ。
正直権力的なものは使いたくは無かったけど。
「そう、私は天使長、エレリエルだ!この下界に、我が神アリナ様を探すために降りていたのだ」
「えっ!?そうだったんですか!」
という嘘をつく、流石に神なんて言いたくないし。エレリエルには悪いけど名前を使わせてもらう。
というかフミはそうか、何も知らない状態だから驚くのは無理はない。
私はフミの方を振り返った。
「え──」
そこに居たのは、架空の天使ではなく実在する天使の姿──ゼルニエルの姿があった。
そんなまさか、フミが化けているっていうことは……。
もしかして、知っていたのか?