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死にたがりの田中は今日も笑ってふざけてる

作者:


「あー、死にたい。」


隣に座っていた田中は唐突に呟いた。

カァカァと、頭上を旋回する烏の鳴き声がそれに呼応する。


ちなみに今ので本日ちょうど10回目の「死にたい」発言である。なんというインフレ。

半開きの唇からはヨダレが付いていた。非常に汚い。さてはさっきまで寝てたな、こいつ。

屋上まで来て何やってんだか。



「あー、怠い。次、古文?…もう無理。死ぬしかない。」


「宿題やった?」


「やってるわけない。」



だから死ぬぅ、と田中は壁にもたれかかったまま露骨に足をバタつかせた。


とてもじゃないがこれが高校生とは思えない。いまどき、5歳児でもチョコ●ビを食って世界を救ってるというのに。だらしのない奴だ。

絶対にこうはなりたくはない、典型的ダメ人間タイプ。



「明日、古文の小テストだよ。知ってた?」


「マジ?範囲どこ?」


「たしか、単語帳の32ページから…どこだっけ。」


「えー、覚えてないのかよ。てか、勉強すんなって。平均点さげてくれ!たのむ!」


「絶対やだね。」



古文の武本先生は怖いのだ。手を抜くわけがない。

田中はがっくりと肩を落としていた。

まったく。そんなに嫌なら勉強すればいいのに。








♢♢♢♢♢♢




「あー、いっそ地球に隕石でも降ってくれればなぁ。」



田中は今日も今日とて田中だった。

フェンスの穴に親指を突っ込んで、「チェストォォォオ!」と訳の分からない遊びをしている。なんだチェストって。

しかも深く入れすぎて抜けなくなったらしい。さっきから、ずっと指を引っ張ってばかりいる。



「なんで隕石?」


「だって、そしたら一瞬で死ねるじゃん。」


「なるほど。」



確かに一理ある。大気圏を突破してくる訳だから、ちょうど落下場所近くにいれば一瞬で御陀仏だろう。

ただし、ある程度の大きさは必要だけど。



「あと皆一緒だから寂しくない。」


「ウサギかな?死ぬなら一人でどうぞ。」


「え。冷た。ねぇ、最近俺に冷たくない?あたり強くない?」



あたりが強くて当たり前だと思う。(決してギャグではない)

むしろ、誰が好き好んで心中に巻き込まれたいというのか。一人の為に皆がしぬ、なんて洒落にならん。可笑しいのはお前だサイコパス田中め。


恨みと呆れの念を込めて、田中を見つめる。

かくいう当人は「見てみて。スパイダーマン!」とフェンスをよじ登っていた。馬鹿か。どうやら、抜けなくなった親指を逆手に取ったらしい。いや、ホンモノの馬鹿だな。



「あ、やば。全部抜けなくなっちゃった!ちょ、助けろよ。置いてくなって!」









♢♢♢♢♢




「死にたい死にたい死にたい死にたい。」


「どこの鬱ゲー主人公だお前は。」


「いや、マジで今回はもう死ぬしかないんだって。」



顔を覆った田中の手には、真っ赤な紙切れが握られていた。


どれどれ…ふむ。

64点か。しかも化学。微妙な点数すぎて、如何ともし難い。せめて後半だったら救いはあったかもしれない。あるいは逆に振り切っているとか。



「ま、自業自得だよ。」


「は?」


「逆ギレすんな。」


「だってさぁ、普通あそこが出るとは思わないじゃん。これ作った奴、性格悪すぎ。マジでもう無理!しぬ!」



珍しく田中が本気で落ち込んでいる。珍しく。


が、ぶっちゃけ、文系の私には関係のないことだった。まず化学選択してないし。

それにしても64点、ねぇ。クラスの他の連中を見る限り、実はそう悪いもんでもないんじゃないかと思う。絶対言わんけど。佐山なんて、33点のゾロ目で大笑いしてたぞ。



「いや、流石にそれはない。」


「田中お前…佐山に謝っときなよ。」


「だって本当のことだもーん。」



男がもんとか言うな。全然可愛くない。


田中は、くしゃぁっとテストの用紙を丸めてそのままポケットに突っ込んでいた。汚い。








♢♢♢♢♢♢




「うぉぉぉおお!これはっ、もうっ、死ぬしかねぇっ!」


マジ尊い!神!!


ありがとうございますありがとうございます、と明後日の方向にひたすら五体投地を繰り返すひとりの男子生徒。

悲しきかな、それは田中だった。紛うことなき田中だった。

ほんと、私なんでこんな奴と友達なんだろ。



「きもちわる。」


「うっせーな!お前もミミちゃんのライブを観れば分かる!今度月9に出るらしいから、その目に焼き付けとけ!」


「ごめん、うちその時間は日曜に録画したカギヅカ見るから。」


「はぁ!?地獄に落ちろ!」


「おめーが落ちろ。」



ぐぎぎ、と暫しの取っ組み合いが続く。ちなみに勝ったのは、私だった。テニスで鍛えた腕力、舐めてもらっちゃ困る。



「じょ、女子に負けるなんて…。」



心底悔しそうだが、田中よ。お前そのわりには秒で負けたじゃんか。しかも、負ける直前「ひょわ!」とかめっちゃ女子っぽい声出してたじゃんか。

普段から引きこもってばっかだから負けるんだよ。



「ふふ、思い知ったか田中め。」


「うっせ、ゴリラ!」


「は?」



ぐぎぎぎぎ。

どうやら、この馬鹿には力の差というものを一度分からせた方が良いらしい。



「な、なんだよ。さてはアンタ!またアタイに暴力振るうつもりね!」


「そんな事はしない。でもその代わり、今日貸そうと思ってたコレは永遠に手元に置いておく。」



隠し持っていた漫画をちらりと見せる。

どうだ驚いたか。

不人気過ぎて逆に伝説化された、いまどき古本屋にさえ売られていない激レア超大作シリーズだ。



「そ、それは…『こわ〜い怪談。恐怖の人喰いトマト』、幻の第5巻!どうもスンマセンっした先輩!俺一生先輩に付いてきます!」


「ははは。くるしゅうない、くるしゅうない。」



もちろん、次の週から月9を録画するようになったのは一生の秘密だ。






♢♢♢♢♢♢




♢♢♢♢♢♢





「お、佐藤。来たか。遅かったじゃん。」


待ちくたびれたっつの!

にへへ、と田中が笑う。その肩には見るからに軽そうなスクールバッグが掛かっていた。ペラッペラの厚さだ。十中八九、教科書なんか入ってないだろう。ホントにふざけた奴だ。



「ねぇ、田中。この間貸した第5巻、返してよ。」


「あー、そういや借りパクしちまったな。悪りぃ。」


「悪いと思ってんなら返す。」


「はは。相変わらずあたり強ぇーな。」



田中はスクールバッグの中をごそごそと漁り出した。

まさか本当に持ってきてたのか。

驚きと共に一瞬期待しかけるが、すぐに振り向いた田中によってその高揚感は打ち砕かれた。



「ほれ。」


「…私が貸したヤツじゃない。」


「ミミちゃんの特典ライブ映像だ。大切にしろよな。」


「…。」



こいつ!ほんっとに、どこまでも巫山戯た野郎だ。

私がどれだけ苦労したと思って…!

カッとなって、つい考えるより先に手が動く。

ぴんと伸ばした手は、そのまま無駄に背の高い馬鹿の肩に食い込んだ。



「いってー。何すんだよバカ!」


「それはこっちのセリフだ、馬鹿!ばか!大ばか野郎!」


「ひど…そんな事を言われたらもう駄目だわ。死ぬ、俺のハートが死ぬ。」


「地獄に落ちろ!」


「はーい傷つきましたー。今ほんとに傷つきましたぁ。もう俺心臓が凍ってほんとに死んじゃうけどいいの?いいの?」



こっちは真剣に話してるのに、田中は相変わらず戯けている。

いつかのようにフェンスに指を差して、スパイダーマンよろしくよじ登る真似までしている。

ほんとに、巫山戯た野郎だ。大馬鹿だ。

ちっとも人の話を聞きやしないんだから。いつもいつも、自分勝手の独り善がりで話を進めるんだ、こいつは。


ぶちりと、私は頭の何処かが切れるのを感じた。














「お前は!!もう死んでるんだろ、ばか!!」



ぴたり。

田中の動きが止まる。フェンスにもたれかかったまま、田中はこっちを振り向いた。切れ長の目が私を捉える。こんなに長くいたのに、面と向かって視線が合うのは今日が初めてだった。



「なぁんだ。もう、聞いてたんだ。」



つまんないの、と田中は口元を歪める。

明らかに嘲笑の篭ったそれに目眩がする。

これはほんとにあの田中だろうか。あんなに馬鹿やってた、田中なんだろうか。

胸がざわついた。馬鹿は、私のほうだったのかもしれない。彼のことを、何ひとつ分かってなかった。



「なんで、なんで死んだの。」


「え、そこ?なんで此処にいるのかじゃなくて?」


「…どうして死んだの。」


「スルーっすか。…まぁ、別に驚くことじゃなくない?俺、よく死にたいって言ってたし。」


「言ってたけど。」


「まさか、本当に死ぬとは思ってなかったって。」



言い当てられて、思わず押し黙る。全くその通りだった。

私は彼の覚悟を甘く見ていた。彼の悲鳴に1ミリも気づいてなかった。ただちょっと、面倒くさくて軽い、そんな性格なのだとしか受け取っていなかった。


仮にも、何だかんだと付き合ってきた友人だ。身近な人の死に動揺しないわけがない。



「ま、お前が気に病む必要はないよ。皆そうじゃん。」


「そうって?」


「死にたいーってちょっとしたことで軽々しく言うくせに、そんな気なんか更々なくてさ。臆病者ばっか。嫌になる。なんかこう、じゃぁ死ねよって殴りたくない?」


「…なるわけない。」


「え。マジ?」


俺はなったけどなぁ。



スクールバッグが落ちる。ペラッペラのそれは教科書なんて勿論ない。もしかしたら、必要ないから入れなかったのかもしれない。

家を出る時にはもう、腹は決まっていたのだ。



「俺は嫌だったよ。」



静かに、田中がフェンスから手を離す。

よく見れば、先ほどのDVDはもう無かった。まるで幻か何かのように、跡形もなく消えていた。



「自分はそうじゃないって、大声で口にする奴ほど信用できない。同時に生きたいって甘えてるみたいで、妬ましかった。」


だから俺も、真似してみたんだと。

田中はそう言って、髪をぐしゃりと掻き乱した。引っ張られた髪はおかしいくらい簡単に、いとも容易く彼の頭皮から剥がれる。

そのまま真っ黒な髪の束はぱさりと床に落ちて。やっぱり、跡形もなく消えた。



「なにがあんたを、そこまで追い詰めたの。」


「えー。それはちょっと。プライバシーの侵害じゃん。」


「死んでんのに?」


「死んでんのに。だいたい、他人に言えるくらいなら死なないって。」



へらり。笑う田中に、私は二の句が告げなかった。

確かに田中の言う通り。私たちは他人だ。よく喋るだけの、たまたま同じ学校に通ってただけの赤の他人。

たとえ1兆年一緒に居たとしても、私と田中のDNAが変化するわけでもなければ、実は家族でしたなどという驚きの報せがくるわけでもない。



「まぁねぇ。色々あったってトコです。」


「さいですか。」


「で、めでたく死ねたまではいいんだけどさあ。なーんか此処から離れらんないし、最悪だよね。」



私は押し黙った。もう何て言えばいいのか分からなかった。

そもそもの話。自分自身つらいなと思うことはあれど、そこまで死に対して真剣に切望してきたことも救いを求めたこともない。私では、彼の気持ちは全く理解できなかった。



「理解しなくていいよ。」


田中はいつもと変わらず、飄々とした様子で言う。


「されるとも思ってないし、されたいとも思わない。むしろ逆だよ逆。お前なんかに分かってたまるかってね。」


「…そういうもん?」


「そーゆーもん。」



本人が言うならそう、なのかもしれない。


けど。やっぱり私は納得できなかった。

より正直に白状すれば、悔しかったのだ。どうして。なんで相談してくれなかったのかと。

私じゃ、君を引き留める理由にはならなかったのかと。


漫画借りてったくせに。

たぶん、この馬鹿は読んでもいないのだろう。

だって読んだら絶対6巻が気になってたはずだ。



「そろそろ帰ったら?」


「此処にいる。」


「え、お前もしかして俺のこと好きなの?」


「は?」


「はは、冗談だって。いいから今日はもう帰れって。あんま遅くなると心配かけるぞ。」



ぐぎぎぎ。

自慢の拳を突き出せば、苦笑いで田中は肩を竦める。

そしてふいっと視線を逸らした。


フェンスの向こう側、広くどこまでも続く青空へと。



「死ねば楽になれる、って思ったんだけどなぁ。」



神さまって残酷だよなあ。もう、死ぬこともできないじゃん。


頭上で、一羽の烏が哭く。

私は掛ける言葉が見当たらなくて、その勇気もなくて。結局、その場を去ることしか出来なかった。



たぶん、きっと。私はこれからも彼処へ行くだろう。

これまで通り、何の事件もありませんでしたと都合のいい顔をして。そうでもなきゃやってられない。

それでたぶん。

向こうも何の変化もなく、これまで通り接してくるのだろうと思う。生前、彼が私にその苦悩を吐露しなかったように。少しも気づかせなかったように。彼は今まで通り振る舞うのだと思う。

今も昔も、彼にとっては何ら変わりないのだから。ただ心臓が動くか動かないかの違いだけで。



「あー…月9、やっぱ消しとこう。」



別に見たってもう。

仕方がない。


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