Lv42 ▼あなたのことが
今回は少し甘めです。
アンさんと他のメイドさんたちには出ていってもらい、この部屋には私とレオン様だけとなった。思いがけずに誰もいない部屋で好きな人と二人きりというシチュエーションになり、私はドキドキしてしまう。
「ルナ」
レオン様が私の愛称を呼ぶ。レオン様しか呼ばない、私にとっては特別な呼び名だ。
「はっ、はい!」
レオン様があまりにも甘く優しい声で呼ぶものだから、私は緊張のあまり、声が裏返ってしまった。
「そんなに緊張しなくてもいいよ」
レオン様はふっと表情を緩めると、正面から私の顔を見つめ、優しく手を取る。
「ルナ、今日は君に伝えたいことがあって来たんだ。ただ、これを伝えて君に応えてもらおうだなんて思っていないから、まずは安心してくれ」
レオン様の伝えたいことってなんだろう。でも、安心してって言うんだから、悪い話ではないよね?
「お話とは、なんなのですか?」
私がそう問いかけると、レオン様はほっとした表情を浮かべた。
「君が、世界を守るために命を投げ打ってもいいと言ったとき、僕は心臓が止まるかと思ったんだ」
「あのときは本当にごめんなさい」
「いや、謝らせたいわけではないんだよ。ルナの聖女への思いは知っていたし、僕も王太子の立場なら、それを喜ぶべきだったんだ」
レオン様はそこまで言うと、口を閉ざした。この先を言うのをためらっているようだった。それでも、レオン様はもう一度口を開く。
「喜ぶ、べきだったのだけれど。僕は、一人の男としてのレオンは、ルナを犠牲にするなんて、考えたくもなかった。君が犠牲になるくらいなら、こんな世界なんて滅んでしまえばいいとさえ思ってしまった」
「レオン様」
「僕はルナに君自身を大切にしてほしかったし、僕も君のいない世界なんて想像できなかった。でも、君の前世を知って、一度目の転生のことを知って、僕は自分が情けなくなった。君にもっと早く伝えるべきだったのに『拒絶されたら』なんて弱気な理由で先送りにして。君を護ると心に決めていたのに、君の心すら護れていなかった。君が自己犠牲を良しとしてしまった責任は、僕にもあると思ったんだ」
「そんなことっ!! あれは私の問題です。レオン様の責任だなんて、そんなことありません!」
私は慌てて否定した。レオン様が言わんとしていることはまだ抽象的でわからないけれど、私が自分を粗雑に扱ってしまったのは、他でもない私の責任。レオン様のせいじゃないんだよ。
「僕はね、ルナ。もうあのときのような後悔はしたくないんだ。だから、きちんと伝えようと思う」
レオン様は私との距離を一歩分近づけた。
「僕は、私は、ルーナ・フィーブルを心から愛している。この気持ちは絶対に嘘ではないし、一生変わらない。それだけ、君のことが好きなんだ。……多分、僕を王宮の外へと連れ出してくれたあの日から、僕はずっとルナに恋をしていたんだ」
「え?」
「もちろん、婚約者だからといって僕のこの気持ちにも応える必要はない。君は聖女になるのだし、今はそのことしか考えられないだろう。だが、僕も君を心から愛している人間の一人であるということは知っておいてほしかったんだよ」
「あの、レオン様」
「ああ、すまない! もし不快なら忘れてくれ! 僕も王太子として、君と友人のような夫婦になる覚悟もできて――」
「ち、違うのです! わた、私もレオン様にずっと恋をしていたのです。愛していたのです!!」
私がレオン様の言葉を遮って叫ぶと、レオン様は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、固まった。
「え……ルナが、僕のことを? 聞き間違いか? だってルナは聖女以外のことには興味がないとばかり……え!?」
一人でぼそぼそと呟くレオン様。そんな彼に、どうしてもこの気持ちを信じてもらいたいと考えているうちに、私は思わずレオン様に抱きついていた。
「聞いてください!! 本当はなんでも良かったんです。聖女じゃなくても身体を鍛えて強くならなくても。誰か一人でも私自身を認めて愛してくれるのならば、私は何者かにならなくても良かったんです。愛というものを享受できる者に、何者かなんて名前も、権力も名声もいらないでしょう? だって自分自身を胸を張って証明できるものが、そこに一つ、確固たるものがあるのだから」
私は、レオン様を見上げて言葉を続ける。
「今思えば、聖女になればその全てが手に入るなんて怠惰で、砂糖よりも甘く腑抜けた考えでした。それでも当時の私にはそれが唯一の夢でしたし、たとえ絵空事だとしても理想だったんです。つらい現実しか知らなかった私の最初で最後の希望。物語のお姫様に焦がれることすら許されなかった私の、たった一つの憧れ……それが聖女でした」
「ルナ」
「でも、今は違います。愛されることを知って、初めて人を愛したいと思ったんです。聖女として民を護るという使命と同じくらい、私は私の愛する人を大切にしたいのです!」
私は言いたいことを全て言い切ると、再びレオン様に抱きつく腕に力を込めた。
「もう『聖女だから』と言って自分を犠牲にしたりしません。役に立たないから愛されないなんて、そんなことはないと知ったから。『聖女だから』好きな人を諦めることもしません! だってレオン様を一番愛している自信がありますから!」
「ルナっ!」
私の背中にレオン様の腕が回される。ぎゅっと強く抱き締められて、私の視界はレオン様でいっぱいになる。
「ずっと、ずっと伝えたかった。君の一番になりたかった! こんな欲にまみれた僕でも、ルナは愛してくれるかい?」
「もちろんです。レオン様が王太子としていつも頑張っているところとか、自信家のようで実は違うのを努力でカバーしているところとか、どんな私でも気遣って大切にしてくれるところとか……レオン様の愛しいところなんて、いくらでも出てきます」
「自信がないところまで見抜かれていたのか」
「ふふっ、当たり前です」
抱きすくめられたら身体が少し離れ、レオン様の視線が私に合わせられる。純白のドレスも相まって、まるで結婚式のワンシーンのように、私たちは静かに見つめ合い、お互いに目を閉じて顔を寄せ合って――、
「ルーナ、そろそろ時間よっ! 早く出てきてちょうだい!」
バァンという音とともに開かれた扉の向こうには、これまた綺麗に着飾ったサラちゃんと、申し訳なさそうに後ろに控えるザッくんの姿があった。
「ルーちゃん、お取り込み中だったかな?」
「いっ、いえ! なにも!? ちょ、ちょうど話も終わったところでしたし! ねえ、レオン様!!」
「ああ……そうだね」
私は慌てふためきながら声を裏返し、レオン様はがっくりと肩を落とす。
「ふっふっふっ、私が玉の輿にのる前にルーナに先を越されるのは癪だもの。それまでの間はとことんやるわよ!」
サラちゃんだけがなぜかイキイキとしていて、私はこういうキャラのサラちゃんも好きだなあと再確認した。
「次期聖女様方、まもなく時間です。王太子殿下、勇者様はこちらへ」
案内人の呼ぶ声がして、私たちは背筋を伸ばした。
さあ。ここからは、私たちの大舞台だ。
お読みいただきありがとうございます!
あと1話、よろしくお願いいたします!




