Lv41 ▼幸せにするからね
夢を見た。
暗闇の中で幼い女の子が泣いている夢。
私はその子のことを知らない。いや、知っているけれど本当には知らないんだ。
「お父様あ、お母様あ。みんな……」
その女の子はわあわあと声を上げて泣き続ける。泣き声は周囲に響き渡っているのに、彼女の元に寄る人はいない。
私は直感的に、彼女の元へ行かないと、と思った。なぜだか、その女の子の涙をぬぐってあげられるのは私だけのような気がした。
「ねえ、大丈夫?」
近づいて声をかける。女の子は泣きはらした目を見開き、驚いたようにこちらを見た。
「おねえちゃん、だあれ?」
『おねえちゃん』と呼ばれ、今の私は女の子よりも年上の存在であると気づく。見える範囲で自分の身体を確認すると、私は十代の少女の姿をしていることがわかった。
女の子は不安そうな、でもなにか希望を滲ませたような瞳を向ける。
「おねえちゃんはね、あなたのことを助けに来たの」
「…………! ほんとうにっ!?」
思わず漏れた言葉を聞いて、女の子は途端に笑顔になる。
「うん。あなたの寂しい気持ち、少しだけわかるから。心から愛してほしかったんだよね。誰かに認めてほしかったんだよね」
「うん。でも、だれもわたしを大好きにはなってくれないの」
笑顔から一転、悲しげな表情を浮かべる女の子の姿を見て、私は胸の奥から強い感情があふれるのを感じた。
「それは違うよ。あなたを大好きな人はいる」
「ちがうもん、それはほんとうのわたしじゃないもん」
「ほら、目の前を見て。おねえちゃんはね、あなたのことが大好きなんだよ。あなたがいてくれたおかげで、私は幸せを知ったの」
「ほんとう? おねえちゃんは、私のことがだいすきなの?」
「すっごく大好き。それだけであなたの全ての寂しさを埋めることはできないのはわかっているけれど……でも、あなたに出会えて本当によかった」
「そっか、そっかあ! やっぱり、おねえちゃんが来てくれてせいかいだったなあ。みんなだけじゃなくて、私まで幸せにしてくれるなんて」
女の子はなにかに納得したようにそう言って、満面の笑顔を私へと向けた。
「おねえちゃん……ううん、みづきちゃん。ルーナのこと、だいすきになってくれてありがとう。これからもよろしくね」
「うん、うん! 大丈夫だよ!! あなたの周りの人は絶対に幸せになるから! あなただって、幸せにしてみせるから!!」
女の子の言葉を聞いて、私は思わず彼女を抱きしめた。そして、何度も何度も頷いた。次第に、滲んだ視界で女の子の顔が見えなくなり、私の意識もゆっくりと薄れていった。
*****
「お嬢様、おはようございます! 今日はとてもよい天気ですよ!」
シャッとカーテンを開ける音がして、私の意識は完全に覚醒した。今まで何か夢を見ていたみたいだ。どんな夢かは忘れてしまったけれど、とても大切な夢だったような。そんなことをぼんやりと考えながら、私は朝の挨拶をする。
「おはようございます、アン」
「あら。お嬢様、元気がありませんね? あ、もしかして緊張なさっているのですか?」
茶目っ気たっぷりにそう訊くアンさんは、私と出会った当初からかなり明るくなったそうだ。それはこっそりせんちょーさんが教えてくれた。
私は楽しそうなアンさんに向かって、ぷうと頬を膨らませる。
「緊張するに決まっているではないですか! だって、誰が次期聖女の選定を飛び越えて聖女天授の儀を行うなんて考えるんですか!?」
「まあ、それは次期聖女候補であるお二方がどちらも甲乙つけがたいほどに素晴らしかったからでしょう?」
「そ、それは……そうですがっ! サラちゃんと一緒に聖女になれるなんて夢のようですがっ! でも、まだマリアナ様のような素晴らしい聖女になれる自信は!」
私がそう言いかけると、アンさんは私の顔を覗き込んでにっこりと笑った。
「お嬢様は私どもの自慢のお嬢様です! 誰がなんと言おうと、フィーブル公爵家の者にとっては、前聖女様に負けず劣らず素晴らしい聖女様ですよ」
「アン……」
アンさんの優しい言葉に、私の目頭が熱くなる。
ああ、もうだめ。最近涙もろくて嫌になっちゃうよー!!
「ああっ、お嬢様! 今泣いてはいけません! 儀式には最高に美しい姿のお嬢様で臨んでもらわなければ!!」
「はいいい」
創造神様との対決を終えてから、ふた月が経った。
今日は聖女天授の儀と返戻の儀を行う日。幼少期の私からしてみれば待ちに待った日なのだけれど、まだ一年はあると思っていた今の私には青天の霹靂で、早期引退を決意されたマリアナ様を少しだけ恨んでしまった。
創造神様と対峙したあの日のことは、まだ国民には告げていない。私が創造神様に執着されていることが広がれば、私を悪用しようとする人々が現れるかもしれないと、国王陛下たちが危惧したからだ。よって、この一件は、世界の崩壊を次期聖女候補たちが力を合わせて止めたということになっている。
創造神様が帰った後、私とサラちゃんは神殿に呼び出され、マリアナ様から異例の宣告をされた。
それは、私たちの両方を次期聖女として認めるというものだった。
私もサラちゃんも本当に驚いたが、マリアナ様いわく、両者とも聖女に申し分ない実力があること、そして創造神様からのお告げで「サラという娘も面白いからルーナとともに聖女の座に就かせてみろ」とあったことが加味されて決まったそうだ。
私はサラちゃんと一緒に聖女になれると聞いて大喜びしたが、サラちゃんは「なによ、悪役令嬢のくせに!」と悪態をついていた。でもそれは、耳まで真っ赤なサラちゃんの本心ではないだろうことがわかったので、私は微笑ましく思う。
次期聖女が決まった後、マリアナ様が早々に引退の旨を発表してしまい、儀式の準備のため怒涛のふた月を過ごすはめになったので、正直あのときのことは記憶にない。とにかく衣装決めやら儀式の作法の練習やらで大変だった。
そしてなんとか迎えた今日というわけだ。
しかし準備期間が慌ただしかったため、聖女になるという実感があまりないまま当日を迎えてしまい、少し焦っていたりする。
だって、聖女様だよ? 前世からずっとずっと憧れだった存在に、まさか自分が今からなるなんて、実感湧くと思う?
サラちゃんはどうかなあ。もう聖女としての心構えができているのかな。あ、でもサラちゃんは創造神様を問いつめられるくらいには肝が据わっているから、大丈夫そうな気もする。
あれだけ聖女聖女言っていてなんだけれど、私なんかで大丈夫なのかなあ。なんだか今更ながら不安になってきた。
王宮の一室で、アンさんたちに手伝ってもらって純白の衣装に身を包みながら、私はそんなことを考えていた。しかし、私が考え込んでいる間にも準備は着々と進み、気づいた頃にはお化粧も髪のセットも終わっており、鏡には今までに見たことのないくらい綺麗に飾り立てられた私の姿があった。
「お嬢様、本当にお綺麗です!」
「ええ、さすがルーナ聖女様ですわ!」
「聖女様は素材がよろしいのですよ!」
アンさんを始め、王宮のメイドさんたちにも褒めてもらえた。たしかに、今までで一番の仕上がりだ。なんだか幼少期にお忍びで出掛けたときのアンさんと王宮メイドさんたちの記憶が蘇ってきた。
そんなこともあったなあ。あのときはレオン様も一緒に行ったんだっけ。レオン様……儀式の準備が忙しくて最近会えてないなあ。たまに学園内で会っても、なんだか少し距離がある気がするし。ちょっと寂しいな。まあ、言っても仕方ないけれど! 今はそのことは忘れよう!
「お嬢様、予定より支度が早く終わりましたので、お茶でもいかがです? もちろん、ドレスには細心の注意を払いますので!」
「ふふっ、ではいただきます。アンのお茶はいつも美味しいですからね」
アンさんとメイドさんたちの熱意のおかげか、私の準備はかなり早く終わったらしい。アンさんがいい提案をしてくれて、私は喜んでその案に乗ることにした。
「では、一度お茶の用意を……あら?」
「どうかしたのですか?」
部屋の外に出ようとしたアンさんが扉の前で立ち止まったので、気になって振り返ると、そこには意外な人物が立っていた。
「ルナ……今日は一段と綺麗だね。聖女就任、おめでとう」
「レオン様!」
私は椅子から立ち上がると、レオン様の前まで向かう。今日のレオン様は、儀式のためか王族らしい豪華な衣装に身を包んでおり、いつも以上にそのかっこよさが際立っていた。
「レオン様も……す、素敵です!」
「そ、そうか……ありがとう」
久しぶりだからか、少しぎこちない会話になってしまい、お互いになんだか気恥ずかしくなる。
「あの、レオン様、どうしてこちらに?」
私が疑問を口にすると、レオン様は少し口ごもった後、覚悟を決めたように顔を上げた。
「ルナ、少しだけ君と話す時間をくれないか?」
本日は3話分投稿します。




