Lv40 ▼話をしましょう
私がようやく泣き止むと、レオン様はハンカチで優しく目元をぬぐってくれた。
どうしよう。レオン様に醜態をさらし過ぎている気がする! きっと目も赤く腫れているし、顔だってぐちゃぐちゃになっているよ。
私はそっとレオン様から顔を離して、自分のハンカチで顔を覆う。レオン様からは見えないように気をつけながら、私は創造神様に対峙した。
「ようやく泣き止んだか、聖月。そろそろ映像魔法が切れる頃だ。元の場所に戻るぞ」
そう言って創造神様は短く詠唱すると、先程と同じように突風を起こした。刹那、私たちの身体がふわりと浮き上がり、思わずレオン様の腕にしがみつく。ギュッと目を閉じて慣れない浮遊感に耐えていると、次第に風がやんでいき、恐る恐る目を開けたときには玉座の間に戻っていた。
「ルーナっ!!」
「レオン!」
「勇者様にサラも無事でしたのね!」
お父様と国王陛下、マリアナ様たちが私たちに駆け寄ってくる。私は慌てて、レオン様の腕から手を離した。レオン様は複雑な表情で私が掴んでいた腕を撫でている。
掴む力が強すぎたのかな? わああ、ごめんなさいレオン様!
私がレオン様を見てあたふたしていると、創造神様が私に向かって言葉を発した。
「聖月、この世界はお主にとってはあまり好ましいものではなかったはずだ。二周目は楽しんでいたようだが、記憶の封印も絶対ではない。今思い出さなかったとしても、いずれ記憶が蘇って苦しんだだろう。そんな世界はもう捨てて、我とともに行こうぞ」
「嫌です。私はあなたとは行きません。それに、私の名前はルーナです」
私は居住まいを正して、きっぱりとそう告げる。創造神様の言葉になんて惑わされたりしない。私の大切な人たちも世界も、彼らが大切にしてくれる私自身も、全て奪わせたりはしない。そう強く思いながら。
「なぜだ? お主は一周目のとき、全ての記憶を思い出した後、絶望しておっただろう? そうだ! ともに来れば、我がお主を愛し子として囲ってやろう。ほら、愛されない苦しみから解放されるのだぞ?」
「必要ありません」
「愛がほしかったのではないのか?」
「私を愛してくれる人たちは、ちゃんといたのです。だから、取ってつけたような愛は要りません」
創造神様は意味がわからないという表情で、私に質問を続ける。レオン様たちは、私と創造神様のやり取りを、固唾を呑んで見守っていた。
「あなたは私を天界に連れて行きたいとおっしゃいましたよね。しかし、転生して二度目のこの人生がなければ、そこまでは思わなかったのではないですか?」
「たしかにそれは事実だな」
「そうでしょう? あなたが興味を抱いたという私は、この世界にいるからこそ形成されたものなのです。もしこの世界の私の大切な人たちを滅ぼそうとするのなら、私自身もともに滅びます」
私が放ったその一言に、話を聴いていた全員がはっと息を呑んだのがわかった。レオン様は思わず足を一歩出して、私たちの前に出ようとするのをなんとか耐えている。
ごめんね、レオン様。心配させちゃっているよね。でも安心してほしい。もう自分の命を犠牲にしてもいいなんて思っていないから。
これは、私と創造神様の静かな戦いなのだ。
「それは許さん! 世界の消滅とともにお主が消えてしまえば、もう転生はさせられぬのだ!」
「ならば、この世界を滅ぼすのはおやめください」
「うっ、なぜ苦しみもなにもない天界よりこの世界を選ぶ? 前世でも今世でもあんなにも苦しんだというのに、なぜ今もなお、お主の魂は美しいままなのだ?」
創造神様はぐっと言葉を詰まらせながらもなんとか言葉を絞り出す。この問答の突破口を探しているようだった。
「前世の私は、いつか愛してくれると信じないと壊れてしまうから、諦めたらそこで生きる意味がなくなってしまうからと、自身を守るために無理やり自分は幸せになれると前向きに生きてきたのだと思うのです」
私はゆっくりと呼吸をする。私の思いを、創造神様だけでなく、他のみんなにも届けるつもりで言葉を紡ぐ。
「でも、今は違います。本当の愛情を知ったから。ありのままの私を受け入れてくれる人たちがいるから、だからどんなに苦しくても誰かに否定されても愛してくれる人たちと幸せになれる未来を心から信じられるのです。きっとそれが、今の私の心が淀まない理由。前世の私はきっと淀んだ心をペンキで無理やり綺麗に塗り直していただけなのだと思います」
私が一息で言い終えて顔を上げると、創造神様が残念そうに頭に手をやるのが見えた。この言葉は、きちんと届いているのかもしれない。私は深く息を吸うと、最後に創造神様にお願いしたいことを伝えた。
「創造神様、お願いです。この世界を滅ぼさないでください。そうやって私を手に入れるのではなく、話をしましょう。あなたのこと、私のことを。そうやって対話していくうちにあなたは私の心を知ることができるのではないでしょうか?」
「対話か」
ぽつりと呟いた創造神様は、私の瞳をじっと見つめる。私はその視線に笑顔で返す。
続いて、私たちを見守っているレオン様、ザッくんやサラちゃん、お父様たちを眺めると、なにかに納得したように一度深く頷いた。
「たしかに、二周目のお主の魂は転生前に比べてさらに輝いていた。それはここにいる者たちのおかげだというのだな」
「はい」
「そんなお主と会話を重ねれば、我の興味も満たされるということか」
「私のことを知るという点では。それに、他の人たちにも興味が湧くかもしれませんよ? 私の大切な人たちは、皆さんとっても個性的で素敵な人たちですから!!」
「そうか。それならこの世界を滅ぼすのは惜しいな」
創造神様はふっと口もとを緩めて、初めて穏やかに笑った。そして私の目の前まで歩いてくると、優しく頭に手を置いた。
「お主がそう言うのなら仕方ない。その言葉を信じよう」
「ありがとうございます!!」
私がお礼を言ったのを皮切りに、ずっと黙っていたザッくんが大声を上げた。
「や、やったぞー!!」
「絶対ね? 絶対もう世界は滅ぼさないのよね!?」
サラちゃんは開き直ったのか、創造神様に詰め寄っている。創造神様は「お主も面白い奴だな」と楽しそうに笑った。
「ルナ!!」
レオン様が私の元へ駆け寄ってくる。その声に振り返ると、レオン様は満面の笑みで私をひょいっと抱き上げた。
「レオン様!?」
「ルナ! 良かった! 君が無事で本当に良かった!」
レオン様は本当に嬉しそうで、目尻に涙を浮かべながらもにこにこと笑っている。つられて私も嬉しくなって、レオン様に抱きついた。
「ありがとうございます! レオン様が傍にいてくださったから、私は大切なことに気づけたんです!!」
「る、ルナ!?」
レオン様は驚いた声を上げる。その拍子に足元が狂ってつまずきかけるが、レオン様はなんとか転げずに踏みとどまった。
あれ? レオン様、さっきまではにっこにこだったのに、なにを焦っているんだろう?
「ルーナ! よくやった!!」
「ステラ……私たちの娘は本当に立派に育っているよ」
「良かったわ。次代の聖女たちのなんと心強いこと」
国王陛下も、お父様もマリアナ様も、みんなが笑顔を浮かべている。私はその様子を見て、本当に嬉しくなった。
私たちが喜びにひたっていると、セイスさんが玉座の間の正扉を開いて飛び込んできた。
「国王陛下! 勇者様! 騎士団及び魔術師団の準備が整いました!」
「あ、やべ」
その様子を見て、ザッくんが焦り出す。セイスさんはなごやかな状況を見て、なにがあったか理解できていないようだった。
「ゆ、勇者様! プラン2は……これはどういう状況なのですか!?」
「ご、ごめんな? プラン1も2もやらなくて良くなった。次期聖女候補様が全部解決してくれたからな」
「え……では、今集めた兵たちは」
「解散だな!」
ザッくんはとてもいい笑顔でそう言い放つ。セイスさんが少しかわいそうになったけれど、戦わないに越したことはないから、結果的によかったよね!
「皆の者! この場は次期聖女候補の手によっておさまった。安心して戻るがよい。後日ねぎらいの場も設けよう」
国王陛下も助け舟を出してくれて、騎士団や魔術師団の人たちは、王からの言葉に喜んで帰って行った。
「では、我も一度戻るとしよう。この身体では長いこと居られないからな」
創造神様はそう言うと、風魔法を唱えてふわりと身体を宙に浮かせた。
「また、お話しましょうね」
「ああ。お主とお主の大切な人たちとやらの話を聞くのを楽しみにしておるぞ。ああ、あと筋肉を鍛えるのはもうやめるのだぞ。お主の見た目は我も気に入っておるからな」
私の言葉に笑顔で返事をした創造神様は、ビュウっと竜巻を起こし、その渦の中へと消えていった。最後に不穏な一言を残して。
「えっ、ちょっと待ってください!! 筋トレしても筋肉付かなかったのって、ただのあなたの趣味ですか!? ちょ、待って創造神様――!?」
本当に、私の悩んでいた時間を返してください!!
――私たちの戦いは、負傷者が出なかったことから『無血の試練』と呼ばれ、後に広く語り継がれることになる。
それは、もう少しだけ未来のお話。
次回、幕間です。
その次はエピローグとなっております。
最後までよろしくお願いいたします!




