Lv38 ▼一周目のルーナ・フィーブル
今回で回想編は終わりです。
自分がゲームの世界に転生したのだと思い出したのは、自我が芽生えてすぐのことだった。
トラック事故の直後、私は真っ白な空間で創造神と名乗る男に会い、転生させられることを聞いた。それも、私がどうしてもやりたくて、こっそり睡眠時間を削ってやり込んでいたゲーム『勇者伝説』の世界。
それは中学生の頃、一時期だけ仲良くしてくれた女の子が好きなゲームだった。遊ぶ時間はほとんどなかったけれど、塾や習いごとの帰りに少しだけ会い、ゲームを見せてもらっていた。彼女はとりわけ聖女が好きで、私にその素晴らしさを何度も語って聞かせた。
勉学と習いごとばかりで、趣味というものがなかった私には新鮮で、私も聖女ものの作品の魅力にハマっていった。
それから、睡眠時間を減らす代わりに一日二時間、聖女が出てくるゲームやネット小説にのめり込んだ。大学受験前にはさすがにやめてしまったけれど、お母さんだけの世界だった私の、唯一の心の支えになったのは確かだ。そんな彼女は途中で引っ越してしまった。寂しさはあったものの、彼女への感謝の気持ちの方が大きい。
転生した直後は、発達の都合なのか前世の記憶を思い出さなかった。しかし、二歳になる頃には聖月としての意識がはっきりするようになっていた。
動かしづらい体をよじって鏡を見ると、銀髪にぱっちりとした薄紫の瞳。髪はつやつやでまつ毛も長く、可愛らしいという言葉を凝縮したような赤ん坊の姿がそこにある。
ルーナ・フィーブル。私はフィーブル公爵令嬢として生を受けた。勇者伝説の世界の主要人物ではなかったようだけれど、危険の多いこの世界で貴族令嬢に転生できたのはラッキーだった。
ルーナには父親しかいない。母親はルーナを産んですぐに亡くなってしまったらしい。聖月のときの記憶で、父親というものにはあまりいい感情は抱いていない。それでもこの世界での唯一の家族は父親だけなので、いい関係を築いていきたい。
そんな私には一つ、決意したことがある。
この世界では、絶対に周囲から必要とされる人間になる。役に立つ子になる。
前世の努力が足りなかったのなら、それ以上に努力して、もう二度と同じ轍は踏まない。
きっと最初は愛してもらえないだろうけれど、最後には父親にも周りの人にも愛される子になるんだ。
――そう、思っていたのに。
「ルーナ、お父様だぞお! ははは、今日も我が娘は愛しいなあ」
「本当に! お嬢様はお食事もよく召し上がりますし、この前など一人で立とうとなされて!」
「立つ!? 一人でか! ああ、仕事なんてやめてずっとルーナを見ていたい」
いったいなんなの、この世界は。
起きる、ご飯を食べる、立つ、座る。そんな子供の発達として当たり前の行動を取るだけで、お父様はとても喜ぶ。使用人たちも私が過ごしやすいようにと常に気遣い、私が笑いかけると嬉しそうに微笑む。
私は、まだなにもしていないのに。
役に立ってなんていない。だって幼い子供だから。
自分の身の周りのことさえできない未熟な存在。
母ならきっと、『早く成長して役に立つようになって』と言うはず。
それなのに、この人たちはそんな私の小さな成長を喜び、日々の姿を見るだけで笑い、「愛している」と言葉をかける。この絶望は誰にも理解できないほど深いものだった。
なんで? 頑張らないと、成果を出さないと、人は認めてもらえないんじゃないの? 生きているだけで偉いなんて、そんなのただの結果論で、本当は役に立てる人間にしか価値はないんじゃないの?
少なくとも前世の私はそうだったのに。
どうしてこの子の世界は、こんなにも愛に満ちあふれているのだろう。
私はどこで間違えた? この子と私のなにが違った? 私がどう頑張っても享受できなかったものを、生きているだけで当たり前にもらえるこの子。
違う。私は間違っていない。今はこの子のことを愛している周囲の人も、この子が悪い子になったら絶対に嫌になるはず。それでも愛しているなんて言えないはず。
そうだ、努力しないと愛されない。私の努力不足でお母さんに愛してもらえなかったように、この子の周りでもその法則は変わらないはずなんだ。
あは、あはは。そうだよ、早くそれを証明しないと。努力を怠ると愛してもらえないって。逆に頑張りさえすれば、誰でも愛は得られるんだって。
「ちょっと! なんでこんな服を選んだの? かわいくないわ! はやく新しいものをもってきて!!」
「ですが、それは今日のお出かけのためにと旦那様がお嬢様にプレゼントなさったもので」
「う、うるさいうるさい!! いいから早く用意して!!」
「…………!? か、かしこまりました」
人生初めてのワガママは、思ったよりも上手くいった。大きな声で喚き散らし、無理難題を言いつける。傍付きのメイドであるカーナは、困ったような顔をして部屋を出ていった。
これで、みんなこの子のことを嫌いになるはず。優しい言葉なんてかけなくなるはず。
しかし何度ワガママを言っても、彼らが困るのは最初だけで、みんな、いかにしてそのワガママを叶えようかと奮闘し出す。
まだ、まだ足りないんだ。私がもっと悪い子になれば。もっともっと酷いことをすれば!!
私の行動はどんどんとエスカレートしていった。ときには手を上げることもした。私の仮説が正しいことを証明するために。前世の私は間違ってなかったんだって示すために。
「あら、私の言うことが聞けないと? 私はあのフィーブル公爵家の令嬢よ。逆らえばどうなるか、聡いあなたにはわかりますでしょう?」
そうやって、ルーナ・フィーブルは悪女としての道を進むことになる。
かつて憧れた聖女なんて、もう知らない。今更聖女になんてなれる気もしないし。
極悪非道な人生を進み続ければ、必ず報いはやってくる。そんなことはわかっていた。それでも私はもう引き返せないところにまで来てしまっていたのだ。地獄に堕ちるのなら甘んじて受け入れよう。
まさかそれが、学園で『婚約者をたぶらかした』という理由でいじめていた少女と、私の婚約者である王太子たちによってなされるとは思いもしなかったけれど。
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