Lv36 ▼悪役令嬢
次に意識が浮上したとき、目の前に広がっていたのは見覚えのある一室だった。
(お茶が熱すぎるわ! ケーキも全然美味しくない! やり直して!!)
(で、ですがお嬢様。昨日はこのくらいのお茶がよろしいと……ケーキもお気に入りのものを)
(うるさいうるさい! 私がいやって言ったらそうなの!! 今すぐ替えてきなさい! そうじゃないと、お父さまに頼んであなたはクビだからね!?)
(しょ、承知しました! ではこちらは)
(これでもない! 本当に、何度言えばわかるの!? クビになりたいの!?)
(申し訳ございません!)
ここは、私の部屋。そこで何度も何度も繰り広げられる幼い少女の暴動と罵詈雑言は、あまりにも自己中心的かつ筋が通っていない。そして、このワガママに振り回され続けているメイドさんは明らかにやつれていた。しかし彼女はアンさんではない。あの少女──当時の私の年齢からして、アンさんの前任のメイドさんなのだろう。ということは、この情景はまぎれもない過去なのだろう。
(そうだ! あなたがこのお茶を飲めば?)
そんな思い付きでティーポットを手に取り、過去の私は熱いお茶をメイドさんにかけようとする。
「やめて!!」
私は思わず叫び、止めようとした。けれども、少女に触れようとするとするりと手が通り抜けてしまう。
「干渉は出来ぬ。ここはただの過去の投影に過ぎないのだからな」
はっと横を見ると、創造神様が立っていた。周りを見渡すと、レオン様とザッくんとサラちゃんの三人だけがいる。お父様や国王陛下、聖女様たちは今どこにいるのだろう。
「本来なら勇者ともう一人の娘だけの予定だったが、あやつはルーナに固執しているようだからな。真実を教えてやることにしたのだ」
創造神様はそう言うが、それよりも目の前の強烈な映像から目が離せない。
ときには使用人のみんなにものを投げ、ときには彼らを脅し、癇癪を起こす。
記憶が戻る前の私は、今の私が想像する以上の最悪な子供だった。これはワガママなんてかわいいものじゃない。もっと狡猾で、最低な行為だ。
私は突然見せ付けられる最悪な映像に、頭が痛くなるのを感じる。過去の私はこんなことをしていたなんて。サラちゃんが言っていた、たくさんの人を傷つけたというのはこういう意味だったの?
きっと、レオン様もザッくんも失望しただろうな。私の本性がこんな人間だったなんて。きっともう私のことを嫌いになっているだろう。
半ば諦めて三人を見ると、やっぱりショックを受けたような表情をしていた。その様子を見て、私自身も胸が苦しくなる。
もう見てられないと思ったとき、ぱっと情景が切り替わり、今度は学園の中庭に立っていた。そこには、成長した私と見知らぬ女子生徒数人、そしてサラちゃんらしき女の子がいる。
(レオン様に手を出すからいけないのよ? この下賎の娘が)
(違っ……私、そんなことしていません!)
(そう? それならよかったわ。仲良くしましょう? ほら、水遊びよ)
(きゃあ!)
女子生徒の一人がバケツの水をサラちゃんに向けてかける。水を全身で浴びて、びしょ濡れになったサラちゃんは恐怖で震えていた。
「なに、これ。私こんなことしてないです! だって、サラちゃんはお友達で!」
「ルナがこんなことをするわけが」
身に覚えのない映像を見せられて、私は困惑する。レオン様もわけがわからないというように混乱している様子だ。
「なあ、これって俺たちのことじゃないんだろ?」
「これは本来の『オトデン』のストーリーよね」
ザッくんとサラちゃんは、なにかに納得したように小さく頷き合う。私とレオン様だけが状況をつかめずに戸惑っていた。
「そのオトデンとはなんですか? この私は過去の私ではないのですか!? こんなひどいことをして、彼女は誰なのです!!」
私は事情を知っているであろうザッくんたちを問い詰める。ザッくんはため息をつきながら「ルーちゃんには知らないままでいて欲しかったなあ」とこぼし、頭を掻いた。
「この世界はRPGゲーム『勇者伝説』に似ているけれど、そうじゃない。『勇者伝説』から派生した『乙女♡伝説』……乙女ゲームの世界なんだよ」
「乙女ゲーム?」
「そう、主人公の聖女が男キャラと恋愛するゲーム。この世界での主人公が、サラ。恋愛対象の男キャラが俺やレオ、セイス様なんかだ。そしてルーちゃんは……悪役令嬢。レオのルートにのみ登場して主人公をとことんいじめる、性格極悪の王太子の婚約者だ」
「いじめる……性格極悪……」
「わからない単語もあるが……つまりここは、なにかの物語の世界を模して創造神様が創り上げたものであると。その元となった世界では、ルナは悪役だったのだと」
レオン様は冷静だった。先程ショックを受けていたので、こんな話を聞かされてさらに混乱するのではないかと思っていただけに意外だった。それに、むしろ混乱していたのは私の方だ。
「では、その乙女ゲームではサラちゃんが聖女になるということで。私は傍若無人な振る舞いで、たくさんの人たちをひどい目にあわせていたと。元々、私に聖女になる資格はなかったということですか?」
「ち、違う! 今見ているのは、ルーちゃんとは別の人格だ! あくまでゲームの中でそうだったというだけで!!」
ザッくんは励ましてくれる。それでもこのゲームのシナリオ通りなら、私は聖女どころか悪役なんだ。聖女になるなんて言いながら、実は悪女だったなんて。
「我は別にげーむとやらの設定に沿わせてはいないがな。枠組みだけがその世界なのであって、ルーナの魂は現在のものと同じだ。この世界にシナリオなどないし、この映像はげーむではない」
私が深く沈んでいると、創造神様があっけらんかと言い放った。衝撃の一言を。
「え」
「じゃ、じゃあ今見ているこれはなんだよ!? ゲームのシナリオがないなら、この映像は現実なのか? ルーちゃんがこれをやったって言うのか!?」
「ザックの言う通りだ! サラ嬢、ルナにこんなことをされてはいないだろう?」
「……されてはいないです」
各々が創造神様の言葉に反応する。ザッくんとサラちゃんはオトデンと呼ばれるゲームの世界を見せられていると思っていたようだ。しかし、今見せられているものは、ゲームではないという。
「じゃあ、この私はいったい誰なのですか?」
私の問いに、創造神様は答えた。
「今が二周目とするならば、これは一周目の世界……前世の記憶を全て受け継いで生まれ変わったときのお主の姿だ」
「一周目……前世の記憶?」
頭が、痛い。先程からずっと記憶の奥でうずいていたなにかが、あふれようとしている。思い出したくないと心が叫ぶ。しかしそんな願いもむなしく、記憶の扉は少しずつ開かれていく。
「私は、聖月」
その一言を皮切りに、私の脳内に膨大な記憶が流れ込んでくるのを感じた。
「ルナ!!」
その場に崩れ落ちた私を抱きとめたレオン様の温もりを感じながら、私は意識を手放した。
お読みいただきありがとうございます。
次回から最終章です。ぜひルーナたちの行く末を見届けてやってください!




