Lv34 ▼王太子としてではなく
「ルーナ、サラ。あなた方は自身が次期聖女候補と呼ばれていると、わかっていますね?」
聖女様――マリアナ様のおっしゃった言葉は、ただそれを知っているかと尋ねているのでなく、暗に『次期聖女』と呼ばれる覚悟はあるのかと問うていた。私とサラちゃんはそれに深く頷く。
その様子を見たマリアナ様は、少し表情を緩めて私たちに視線を合わせた。私たちの緊張を少しでも解こうとして下さっているようだ。
「そうですね。学園でも聖女という名前の重圧に耐えながら、努力して過ごしてきたのでしょう。それに、あなた方はいきなり背負わされた使命から逃げずにここまで来てくれた」
そう言ってマリアナ様は微笑んで下さった。しかし、その瞳は悲しげに揺れていた。
「ごめんなさい。まだ聖女としての義務を負わせるのにも早いのに、その小さな肩にこの世界の命運まで背負わそうとしているなんて。私の力が弱まっているばかりに、申し訳ないわ」
マリアナ様は綺麗に腰を折って頭を下げた。その姿は優雅で美しかったけれど、まさか聖女様に頭を下げさせるなんてと私は慌てた。
「そんな! 頭を上げてくださいませ! 私は自分の意思でここへ来たのですから!」
「そ、そうです! それにきっと、創造神様の事情によっては、世界を滅ぼすのをやめてくれるかもしれませんわ!」
私に続いてサラちゃんもそう声を上げる。創造神様が世界を滅ぼしたい理由なんて想像もつかないが、話し合いのきっかけとなる可能性はある。
「ありがとう。もしかしたらリンカーナの乙女の意思を継ぐ聖女の言葉なら届くかもしれないというのが私の見解であり願望なのだけれど。もし上手くいかなかった場合、私に残っている力ではもう戦えそうにないわ。だからあなた方に託すことにしたの」
マリアナ様は申し訳なさそうに俯いた。
そもそも私たち二人にこの世界の命運を託されてしまったのは、この国が魔王を倒した建国の王と初代の聖女であるリンカーナの乙女によって興されたことに由来する。リルザント王国が大陸一の大国であることも、勇者がこの国に産まれることも、全ては初代の聖女様から続く神の加護があるから。初代の聖女様が次代として認めた女の子を、神が新たに加護したことをきっかけに聖女天授の儀は始まったのだという。
だから、聖女を目指すということはこの国だけでなく、世界をも守護しなければならないということは聖女について学んでいく過程で覚悟していたことだった。たしかに聖女に憧れた七歳の私には、ゲーム画面の聖女様のように魔王討伐の旅へと向かうイメージしかなかったけれど、今の私にはもっと大切で護りたいものがある。
「聖女様。私はこの世界を、大切な人たちを護れるのなら、私自身がどうなってもかまわないのです」
その言葉は、意外にもすんなりと口に出た。先程まで抱いていた不安や緊張はマリアナ様との会話のおかげでやわらぎ、聖女を目指す自分の強い覚悟を思い出すこともできたからだと思う。
心にすんなり染みてくる、自分がどうなってでも大切な人たちを護りたいという気持ち。もう、大切なものを護れない自分は嫌なんだ。
だから――。
「私は断固反対です」
私の決意表明は、怒気をはらんだ声によって打ち消されてしまった。その声の主は、本来なら聖女様との会話に割り込むなんて無礼なことはしないはず。立場だってわかっているはず。それなのに。
「レオン様? な、なぜですか?」
レオン様は今までは絶対に見せてくれなかった冷たい表情で、私の元へ歩いてくる。私は初めてそんなレオン様を怖いと思った。
だって、レオン様は私がずっと聖女になりたかったことをザッくんやサラちゃんよりも先に知っていて。私が勉強しているときも、筋トレを始めたときも、傍で応援してくれていて。応援、してくれていたはずなのに。どうして?
レオン様がどんどん私へと近づいてくる。国王陛下も聖女様も、みんながレオン様の行動に驚いてなにも言えない。私も怖くて逃げたいのに、足が動いてくれない。
「れ、れおん、さま……」
恐怖で震える声で好きな人の名前を呼ぶ日が来るなんて、思ってもみなかった。
レオン様は固まる私の前まで来ると、足を止めて私の肩に手を置いた。しかしレオン様の黒いオーラとは裏腹に、肩を押さえる力は優しくて、私は思わず拍子抜けする。
「ルナ」
レオン様が低い声で私の名前を呼ぶ。いつもの優しくて胸がきゅうっとなる声ではなくて、私は再び身体を固くした。
「ルナは、自分が犠牲になって苦しむ人はいないと思っているのか?」
「え?」
「レオン、それ以上は言うな……」
「ルナが全てを投げ打って世界を救ったとして、僕はそんな世界を許せないし、それによって救われた自分を恨むと思う。君は、君自身をないがしろにし過ぎている。もっと自分を大切にしてくれ!」
「レオンっ!!」
国王陛下の声も無視して、レオン様は今にも泣き出してしまいそうな顔でそう訴えた。私まで胸が苦しくなってしまうほどの切実な表情だった。
でも、私にはレオン様が言っている言葉の意味が理解できなかった。だって、私が次期聖女候補としての務めを投げ出して逃げたら、私の存在価値はなくなっちゃうんだよ? 役に立たない人間は、誰にも大切になんてされないじゃない。それが当たり前だよね? だから、レオン様が言っていることは矛盾していると思うんだ。
価値のない私なんて誰も愛してくれないのに、レオン様は私が役に立って犠牲になったら嫌だと言うの? なんで? 役に立ったから喜んでくれるんじゃないの? 全然意味がわからない。私の常識から外れ過ぎていて脳の処理が追いつかないよ!
「だって、私が頑張れば皆さんの役に立てるかもしれないのですよ? 役立たずよりは、使える人間の方がいいはずですよね? 自分勝手に逃げるより、多くの人の役に立てた方が……」
「ルナ!! 君を無条件に愛する人たちがいることに、なんで気づいてくれないんだ! 僕は君のことをっ!」
「だ、だめえっ!!」
なにか言いかけたレオン様の言葉にかぶせるようにサラちゃんが叫ぶ。
「やっぱりこの世界はおかしいわ。なんで悪役令嬢がちやほやされているの! この世界のヒロインは私でしょ!?」
「あくやく、れいじょう?」
サラちゃんは私をキッと睨んだ。私は膨大な情報量に耐えきれず脳がフリーズしてしまい、サラちゃんの言葉をオウム返しすることしかできない。
「私こそがヒロインで聖女なのよ!? ここは私の世界なの! それなのに、魔法も勉強も人望も、全部私の方が劣っている!! どうして? アンタは転生者だから別人だとか思っているかもしれないけれど、ルーナこそがこの世界のたくさんの人を傷つけたのよ!?」
「私が、傷つけた?」
「アンタが、アンタさえいなければ!」
「サラ嬢!? いったい君はなにを言って!」
わからない、わからない! 知らないことばかりのはずなのに、なにかを思い出してしまいそうなこの感覚はなに!?
私が混乱している横で、レオン様はサラちゃんを止めようとする。玉座の間は、まとまりつかない空間と化していた。国王陛下でさえ状況がつかめず、口を出せずにいる。
誰にもこの状況は変えられない。そんなときだった。
「おいっ、ばかサラぁ!! あんだけゲームに囚われんなって言ったろ!! なあに、ややこしくしてくれてるんだよっ!」
ザッくんの声が王座の間に響き渡る。声の方を見ると、セイスさんが隠し扉からザッくんを中に招き入れているところだった。
「ざ、ザック!?」
サラちゃんが一番に声を上げた。ザッくんはそんなサラちゃんに返事をすることなく、なにやら分厚い紙の束を抱えて玉座の間へと入ってくる。
「国王陛下、挨拶はまた後でもいいですよね? このバカのせいで面倒くさくなっているが、今はこの国を救うことを考えないとだろ! もちろん、聖女たちに全部頼る方法以外でな!!」
そう言ったザッくんは、私とレオン様にニカリといつもの笑顔を向けた。
「ざ、ザッくん……あのね、私が皆さんを傷つけた悪役って」
「ルーちゃん、ごめんね。後でその話はちゃんとするから。絶対大丈夫だから!」
ザッくんは『あくやくれいじょう』についてなにか知っているようだけれど、今は話す時間はないと判断したみたいだ。眉尻を下げつつも、安心できる笑みで私の頭を撫でる。
「ザック、間に合ったのか」
「間に合わせたんだよ!!」
レオン様はザッくんが来ることを初めから知っていた様子だった。二人は短い会話を交わすと、私たちの前に出てザッくんの持つ紙の束を見せてきた。
「プラン1と2! レオの協力も得ながら考えてきたんだよ。まあ、俺はなんだかんだ勇者だし?(……ゲームを知る転生者でもあるし)」
最後の方は私にだけ聴こえる声量に潜めて、ザッくんは言う。
「じゃあ今からプラン1の作戦を――」
(やはりお主を転生させたのは正解だったな、勇者。面白いことをやりおる)
ザッくんが本題に入ろうとしたときだった。頭の中に、男の人らしき低い声が響く。やけにはっきり聴こえるそれは、鼓膜を震わせて届いた声ではないのだとわかる。
(やあ、ルーナ。やっと出会えたな。我が愛し子よ)
得体の知れないその声は、たしかに私の名を呼んだ。
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