Lv33 ▼王への謁見
今まであった次期聖女選出への緊張は、この世界を護るという大きな使命によって掻き消されていた。もはや私とサラちゃんのどちらが聖女にふさわしいかなんて関係なく、とにかく可能性があるならどちらでも構わないという状況。
今まで一つの席を巡って二人で切磋琢磨してきたのに、それはもう関係ないのだと言われてしまうと、喪失感もある。しかし、それ以上に今の私にできることがあればなんでもやろうという気持ちの方が強かった。
大丈夫、私は今までたくさんの努力をしてきたんだ! それに一人じゃない。本来なら聖女は一人だけれど、今回はサラちゃんと一緒だもん。ライバル兼友達が傍にいてくれるんだから、心強いよね!
そう自分に言い聞かせながら、私は馬車に揺られて王宮へと向かっていた。学園長から話を聞かされた翌日には、国王陛下からお父様や宰相様、ガモンさんなど国の中枢を担う人間にだけ内密に話がまわったらしい。それから一日後には、私とサラちゃんは王宮に招集されて、国王陛下に謁見することになったのだ。
王宮にはお父様とアンさんがついてきてくれている。しかし、創造神様のことは箝口令が敷かれているため、アンさんにはなにも言えていない。
「お嬢様。お力になれないのは心苦しいですが、アンはいつまでもお嬢様のお傍におりますからね。おつらいときに、温かい紅茶を淹れることくらいしかできませんけれども」
アンさんはきっと、なにかよくないことが起きていると察している。それでも私に優しい言葉をくれた。アンさんは私がワガママお嬢様の頃からずっと傍に居てくれた。だから、この言葉も嘘ではないと思うんだ。それに、アンさんが淹れてくれるお茶は落ち着くから大好き。アンさんはそれくらいのことだと言うけれど、私にとっては本当に大切な時間なの。
「ルーナ。お父様はいつだって、お前の味方だからね。私にとって、公爵位よりも愛しい娘の方が大切だということはよく覚えておくんだよ」
お父様もずっと私を見守って、愛してくれていた。お母様のことは記憶にないけれど、そのことを寂しく思わないくらいたくさんの愛情を注いでくれている。公爵であるお父様が国や領民よりも私を優先できるなんて思っていない。それでも、それ程私を大切に想ってくれているのだと考えると、今までの自分の行動が報われたようで嬉しい。
こんな大切な人たちがいなくなってしまうなんて考えられないし、考えたくない。重圧も怖さも、不安もたくさんある。それでも私は前に進むしかないのだ。
「ありがとうございます、お父様、アン。でも、あまり心配しないでください。私は絶対に大丈夫ですから!!」
絶対なんてないけれど、そう自分に言い聞かせたくて、二人にとびっきりの笑顔を見せた。二人はまだ不安そうな表情だったけれど、私の意図を汲んで、にこりと笑い返してくれる。
ふと窓の外を見ると、ガタガタと揺れながら進む馬車は、見慣れた王宮にかなり近いところまで来ていた。
「いよいよですね」
王宮の門の向こうにはすでに一台の馬車が止まっており、サラちゃんは先に到着していることが推測できた。
私たちが乗っている馬車も門をくぐって、王宮の前へ止まる。今までに何度も通って慣れた場所のはずなのに、今日は初めて王宮に訪れたときよりも緊張していた。
強ばった身体をなんとか動かして、馬車から降りる。アンさんとはここでお別れだ。
私と同じタイミングでサラちゃんも馬車から降りてきた。そんなサラちゃんの表情は強ばっていて、私だけじゃないのだとちょっとだけ安心する。
「サラちゃん、大丈夫ですか?」
「大丈夫に決まってるでしょ。あなたに心配される筋合いないわ。ここは私の世界なんだから」
他にかける言葉が思いつかなくて大丈夫かと問いかけると、サラちゃんはこちらを見ないままそう返事をした。
私の世界。そうだよね。この世界は、私の世界は、絶対に護らないと。
サラちゃんの強い意志を感じて私は嬉しくなる。同じ気持ちを持ってともに進んでくれる人の存在はありがたい。
感慨にふけっていると、長い赤髪を後ろで束ね、眼鏡を掛けた涼やかな目元の美しい男性が、こちらへと近づいてきた。
「サラ様、フィーブル公爵令嬢様。初めまして、宰相のセイス・シュワルツェと申します。本日は内密のことなので、こちらからお入りください」
「あ、あなたがシュワルツェ様の!?」
「え、セイス様!?」
私とサラちゃんがそれぞれ驚きの声を上げた。そんな私たちの様子を見て、セイスさんは苦笑いを浮かべる。
「はい、父がお世話になっております。裏口からで申し訳ございませんが、公爵様も早くこちらへ」
次期聖女候補が二人、突然王宮に来たとなると変な憶測が飛び交うからだろう。この王宮入りは極秘事項のようで、なんとガモンさんの息子であるセイスさん直々に迎えに来てくれた。
だから馬車も公爵家のものは使わなかったんだね。
正面玄関からではなく、庭園に隠れたように設置された小さな扉へ案内され、私たちはそそくさとその扉を通り抜ける。
王宮には何度も訪れているけれど、こんな扉は初めて通るなあ。使用人さんたちが使っているわけでもなさそうだし、極秘の会合とかで使われている感じかな?
扉をくぐると石造りの螺旋階段があり、宰相様に続いてみんなで静かに登っていく。誰もが口を閉ざし、しんとした中に複数人の靴音だけが響く。終始無言で階段を上っていると、突然セイスさんが立ち止まり、壁に向かって手をかざした。そしてなにやら呟き始めたと思うと、なにもなかったはずの壁に扉が浮かび上がってきた。
「こちらです」
セイスさんにうながされて、お父様を先頭に私とサラちゃんも中に入る。
そっか、魔法で扉を隠していたんだ。だから最初の扉も見覚えがなかったんだね。
本来の私なら大はしゃぎするであろう事実も、今はそこまで喜べない。緊張を強めて足を進めるだけだ。
「よく来たな。次期聖女候補たちよ」
「ご無沙汰しております。国王陛下」
え、いやいや! 大抵のことは緊張が勝って受け流しちゃうよ? でもまさか、扉の先に玉座の間があるなんて、誰も思わないよね!? これは流石に驚くよ!!
お父様は慣れた様子で頭を下げているけれど……ほら! サラちゃんも震えているよ!? やっぱり急すぎるよね!?
「国王陛下、お久しぶりでございます」
「お、お初にお目にかかります、サラと申します!」
とりあえず私は淑女の礼をとって挨拶をした。慌てた様子でサラちゃんもそれに続く。
「お主がサラか。光属性で、強い魔力を持っておるのだろう」
「い、いえ。私はまだ」
「ルーナは婚約発表の式典以来ではないか? 王宮には頻繁に出入りしておったのに、愚息のせいでなかなか会えず、寂しい思いをしておったぞ」
「そうなのですか? 国王陛下はお忙しいのでお会いできなかったのだとばかり」
ほとんど話したこともない国王陛下の意外な発言に、私は面食らう。
レオン様のせい? 国王陛下が私に興味がないだけだと思っていた。王妃様は婚約披露前にお会いしてかわいがっていただいたけれど、社交界デビューをした後はお会いできてないし。王族の交流ってそんなものかあって納得していたんだよね。
そんなことを考えていると、突然バンッという音とともに玉座の間の正面扉が開かれ、レオン様が赤面しながら現れた。
「ち、父上! 余計なことは言わないでください!! ……それに、今日はこのような話をするための場ではないでしょう」
前半は反抗期男子のように叫んでいたレオン様だったが、後半の真剣な表情によって私たちは非情な現実に引き戻される。
レオン様もいるということは、今回の件について聞かされているんだろうな。
「おお、そうであったな。すまぬ、長話が過ぎたようだ。本題へ移ろう」
国王陛下はそう言った後、短く呪文を唱えるとなにもない空間に向かって「もうよいぞ」と発した。
すると、玉座の間の真ん中辺りが金色に輝き出し、光の中に人影があるのが見えた。強い光がだんだんと消えていき、完全に消えたときに現れたのは、ヴェールを被った一人の小柄な女性だった。
「次期聖女候補たち、ここまで来てくれてありがとう」
少ししゃがれた優しい声音に、この方はおばあちゃんなのだと推測できる。そして、彼女が被っているヴェールは、何度も本で見たことがあるものだった。
「よくぞ来てくれた、聖女よ」
私の憧れの人――現聖女、マリアナ・シェリアスの姿が、そこにはあった。
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