Lv32 ▼聖女の予言
いよいよ次期聖女の選出のときが近づき、私たちの周囲には今までにない緊張感が漂っていた。
お父様も公爵邸のみんなも、私を気にかけてくれている。しかし次期聖女の選考は平等でなければならないため、公爵家としてはなにもできないのがお父様としては歯痒いらしい。でも仕方ないからね。
そんな張り詰めた空気感が関係しているのか、つかの間の平穏な日常は少しずつ、しかし確実に変わり始めている気がする。
ある日を境に、レオン様を学園で見かけることが減り、ただでさえ少なかった、お昼を一緒に食べる時間もなくなってしまった。それから数日後にはザッくんも学園を休みがちになり、教室で会えたとしても、疲れたような笑顔ばかり見せるようになった。サラちゃんだけは今も一緒に授業を受けているけれど、なにか思い詰めたような表情を浮かべるようになってしまい、気軽に声を掛けづらくなっている。
私はこの三人の変化に戸惑いつつも、ただただ心配することしかできなかった。
レオン様とザッくんは、私たちには言えない同じ理由があるようだけれど、サラちゃんにおいては私と同じくなにも知らない。もしかしたらサラちゃんの変化は、なにも教えてくれない二人への不安が原因なのかもしれないと思ったりもする。
たしかに友達の力になれないのはつらいよね。私も大切なお友達のザッくんや、レオン様……す、好きな人の力になれないのは本当に苦しいもん。
今日のお昼休みもサラちゃんと二人きりかなあ。ここ数日のお昼休みはサラちゃんに私が話しかけ続けるという構図になってしまっていて、ちょっと気まずさもあるんだよね。一緒に過ごすこと拒否されていないから、嫌がられているわけではないと思いたい。
「サラちゃん、今日のお昼休みは中庭で食べませんか? きれいな花を眺めながら食べたらいい気分転換になると思うのです!」
「どっちでもいいわよ」
「ならば、急いで食堂にサンドイッチを買いに行きましょう!」
恒例になった二人だけの特別授業が終わり、私はいつものようにサラちゃんに声をかけた。相変わらずサラちゃんは元気がなかったけれど、提案を拒否しなかったので、私は半ば強引に二人分のサンドイッチボックスを買いに行こうと扉へ向かう。
そのときだった。
「ふ、二人とも、お待ちになってください!」
魔術の授業の担当であり、私たちの担任もしてくれているオリバー先生が、慌てた素振りで教室の扉を開けた。
「オリバー先生、どうしたのですか?」
私がそう問うた横で、サラちゃんも心当たりがないように首をかしげていた。
「フィーブ……いえ、次期聖女候補様方。あなた方を学園長がお呼びです。案内しますのですぐに行きましょう」
「ど、どういうこと? だってそんなイベントは」
「サラちゃん。私にも事情はわかりませんが、とにかく行ってみましょう」
オリバー先生の発言に、私もサラちゃんも動揺する。だって、学園長に呼ばれたことなんて今まで一度もなかったのだから。次期聖女候補というのも、王立とはいえ一学園には基本関係のない話だから、学園長直々なんてことはないはずで。特別授業だけは国からの要請で時間を取ってくれているけれど、本当にそれだけ。それが、聖女関係で呼び出されるなんて、まるで理由がわからない。
しかし、オリバー先生の焦り具合からして、きっと重大なことなんだろうなあ。とりあえずサラちゃんを怖がらせないように強がって「行こう」と声をかけたものの、正直私もものすっごく怖い!!
だって、入学式で遠目から見ただけの人だよ!? レアキャラなんだよ!? なにを言われるかもわからないのに、初対面の偉い人に会うなんて怖いに決まっているよ!
表情に出さないように気をつけながらも、私は緊張を募らせながらオリバー先生について行った。
*****
「よく来たね。まずはお茶でも……と言いたいところだが、急を要する話でね」
学園長室の窓際に立っている老紳士は、入学式ではわからなかったけれど、近くで見ると優しそうな面立ちをしていた。
良かった。あんまり怖そうな人じゃなくてちょっと安心。
サラちゃんも少し安心したようで、強ばっていた表情が少し落ち着いている。
「あの、私たちはなぜここに呼ばれたのでしょう?」
「次期聖女候補っていうくらいだから、成績とかのことってわけじゃないですよね?」
私とサラちゃんとで矢継ぎ早に質問する。学園長はそんな私たちを見ると、先程までの優しげな表情を曇らせた。
「君たちはまだ若い。次期聖女候補といえども、今背負うべき重責ではないということは重々承知している。しかし、本当にすまない」
「なにか、この国で大変なことが起こっているのですか」
私の問いに、学園長は重々しく告げた。
「国だけの話ではない。世界が、滅びようとしている。いや、我らが創造神様がこの世界を滅ぼそうとしておられるのだ」
「「!?」」
私たちは、学園長から発せられた想像もしなかった言葉に、ただただ困惑することしかできなかった。
「創造神様って……リルザント王国を始め、広い地域で信仰されている神様ですよね!? その方こそがこの世界を創ったはずです! それがなぜ滅ぼすなどと!!」
そう、私もこの国の歴史や聖女について学ぶ過程で何度も聞かされた。この世界に魔法があり聖なる者が現れるのは、創造神が魔の者から私たちを護ってくださっているからだと。
なのに、そんな創造神がこの世界を滅ぼすなんて。そもそもどうやってそんなことをするの? ぺちゃんこに踏み潰すとか?
「聖女様の予言によると、魔王の復活と共に現れる魔の者が、創造神様によって放たれると」
「で、でも! それはザッ……勇者様が阻止したはずでは!!」
「その事実を捻じ曲げてしまうほど、神の力というのは強いらしいのだ」
「それに、創造神様は私たちを魔の者から護ってくださって」
「創造神様は、もう私どもを護る気はないということだろう」
失望が混ざった学園長の様子に、私たちはこれが現実なのだと理解させられる。しかし頭では理解しても、本当にそんなことがおきてしまうのか、実感が湧かなかった。
「もう創造神様を止める方法は、ないのでしょうか」
そんな私の呟きに、学園長は申し訳なさそうな顔をする。
「その方法というのが、君たちの力を借りることなのだ」
「私たちの、力」
「本来なら現在の聖女様が対処すべきことなのだろうが、彼女は引退を決めた身。きっと聖女の力が弱まっておられるのだろう。そうであれば、神からのご加護も薄れている可能性がある。この世界で神のご加護を得る希望があるのは次期聖女候補たちだけだ。よって、君たちに創造神様と対峙してもらい、新たにご加護を受け、創造神様を鎮めてもらいたいのだ」
「し、しかし! 私たちはまだ候補止まりですし、ましてやそんな状態で加護を受けられるとは限りませんよね?」
世界を滅ぼそうとしているのに、神の加護なんて与えるはずがない。それに、何千年生きているのか分からないような神様を説得するなんて、まだ十数年しか生きていない小娘にできるのかな? 学園長はそれがわからない人ではないと思うんだけれど。
「私も今朝、王の謁見で聞いたのだ。それも王と長い付き合いがあり、学園に二人も次期聖女候補を抱えているという点から特例で話されたに過ぎない。だから申し訳ないが、これ以上のことは私にはわからないのだよ」
「じゃあ、私たちにしか世界は救えないってことですか?」
先程まで口を閉ざしていたサラちゃんが、急にそんなことを言った。
「世界を救う……それさえも絶対とは限らない。今話したことは我々の希望的観測でしかないのだ。君たちのような若者にこんなことを背負わせて……謝罪することしかできない無力な大人たちを許してくれ」
学園長は深々と頭を下げた。自分の責任ではないのに謝罪をするその姿は、教育者としての気高さを感じる。しかしそれは、私たちにはまだまだ先のことだと思っていた聖女としての任務が、もう目前まで迫ってきているということも示していた。
「私、やります! ルーナ様がやらないなら余計に私の力が必要ですよね!? 私が世界を救ってみせます!!」
サラちゃんは、やる気に満ちた瞳を瞬かせた。しかしその瞳の奥に少し滲んだ焦りを感じて、私は不安になる。
サラちゃんのことが心配なのもあるけれど、私自身もできることがあるならこの世界のために尽くしたい。そして、大切な人を護りたいと思っている。この世界に生きる、大切な家族や友達、そして好きな人。みんなの命を、安寧を守れるのであれば、私は喜んで前線に出る。できる限りのことは全部やるつもりだ。
「私にもやらせてください」
強い意志を持ってそう宣言する。神様と対話できるかなんてわからない。穏便に済むかも不明だ。
もしかしたら――私たちの命が犠牲になるかもしれない。
それでも、私は。
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