Lv28 ▼うまく話せません
「ルナ……」
伸ばしかけた手を力なく下ろし、私を見つめたままレオン様は眉尻を下げて笑った。
そんなレオン様の顔を見るのはもう何度目かで。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、苦笑いを浮かべることを繰り返している。
私の中での大きな悩みの二つ目。
レオン様と上手く話せなくなってしまったのは、私とサラちゃんが次期聖女候補に選ばれた時期からのような気がする。
聖女は、いわば平和の象徴であり、国の顔の一つであり、国民の憧れだ。そんな聖女は、王政とも関係がある。聖女と王家の関係が良好であるとアピールすることは、国民や諸外国の心象を良くするためにとても大切なこと。だから、どの少女が聖女に選ばれてもいいように、彼女らに年齢が近い王族は、次期聖女候補たちと平等に友好関係を深めるべきとされている。
私は次期聖女候補者であり王太子殿下の婚約者でもあるということで、最初は少し扱いに困られていたそうだけれど、王太子殿下との関係は良好なので、それならばもう一人の候補者と関係を深めるだけでいいため、むしろ好都合という結論に至ったらしい。
そのため、次期聖女の選考を境にレオン様はサラちゃんと一緒にいることが増えた。お昼ご飯も、今までレオン様と食べるときは二人だけだったのが、サラちゃんやザッくんも一緒に食べるようになった。
うん、友達みんなで食べるご飯は美味しい。美味しいはず、なんだけれど。
レオン様とサラちゃんが私の知らないときの話をしていたり、レオン様が私にしか見せてくれなかったはずの少し困った笑顔をサラちゃんにも見せていたりすると、胸がじくじくと痛んで、食事が喉を通らなくなってしまう。
筋肉には良質なタンパク質や野菜、糖質も必要だから、筋トレの成果を上げるには、食事もしっかりとらなければいけないのはわかっているんだよ。特に、今の私の、筋肉がつかない問題を解決するためには少しの可能性でも努力を惜しんではいけないって。
でも、それでも今の私にはそれ以上に、レオン様とサラちゃんが親密そうにしているのを見るのが苦しかった。
なんでこんなに苦しいんだろう。今最も有力な説はサラちゃんをレオン様に取られたのが嫌だったということなのだけれど。そもそも人当たりが良くて可愛らしいサラちゃんは、他にも友達がいて、彼らと一緒にいることも多々ある。だから、今に始まったことではないはずなのだ。レオン様は腐れ縁の幼馴染のようなもので、幼少期からよく一緒にいたので、よくわからない。そもそも私は彼の婚約者なので、好きだろうが嫌いだろうがいずれは家族になるのだ。取られるもなにもない。
ザッくんやアンさんたちに相談してみようかとも悩んだけれど、二人が一緒にいるところを見たときに湧き上がる、このよくないであろう感情を彼らに知られてしまうのはなんだかとても嫌だった。
だって、自分でもわからないんだもん。毎日が楽しくて、そこまで嫌な感情を抱かずにこの十六年を過ごしてきた私にとって、このほの暗い感情は未知のものだから。前世ではそんな気持ちもあったかもしれないけれど、少なくとも今世はすごく恵まれていたのだ。
「レオン様? そろそろ食堂に向かわないと、お昼休みが終わってしまいますよお」
サラちゃんの鈴の転がるような声が響く。最初こそ緊張して上手く話せなかったけれど、何度もレオン様と会う中でだんだん二人の距離は縮まって……ってサラちゃんが言っていた。
「あっ……ああ、そうだね。ルナ、君も」
「いえ。私は、今日は遠慮させていただきます。少し、食欲がなくて」
「それは、大丈夫なのか?」
「はい! むしろいつもが食欲旺盛なのですよ」
「そうですよお。女の子が食欲ないときは、そっとしておいてあげるのも大事なんです! ルーナ様、お大事になさってくださいね?」
サラちゃんの言葉にレオン様は曖昧に頷く。
助かりました、サラちゃん。レオン様の寂しげな顔に罪悪感が刺激されて、お誘いを断れなくなるところでした!
「お気遣いありがとうございます。では、失礼いたします」
「ルナ、お大事にね」
体調を心配してくれる、優しいレオン様とサラちゃんの前で一礼をしてからその場を立ち去る。
うーん、やっぱり胸の奥が気持ち悪い。二人が一緒にいることで嫌な感情が湧いてきてしまう。やっぱり一度誰かに相談したほうがいいのかなぁ。でも、こんなひどいことを考える子だなんて、大好きなみんなには知られたくないなあ。
私はそんなことを悩みながら、入学当初にザッくんとサラちゃんと三人でよく来ていた中庭に向かうことに決めた。日当たりもよく、ベンチもあるので、お昼休みの時間つぶしにはぴったりな場所だと思う。
中庭に向かって足を進めようとしたそのとき。
「やっぱり俺も行く!!」
そう声が聞こえたかと思うと、レオン様たちと一緒に食堂へ向かったはずのザッくんが、全速力でこちらへ向かって走ってくるのが見えた。
「へ!? ざ、ザッくん!?」
驚きのあまりに発せられた私の奇声もかき消す勢いで近づいてきた足音は、私の真横でピタリと止んだ。
「ルーちゃん、俺に魔術の勉強教えてよ! 『あなたのやり方は型破りすぎる!』ってせんせーに言われて、筆記試験が散々になりそうなんだよー」
ザッくんは大きな声でそう言うと、パチリと片目を閉じた。
多分、私と二人で行動するための口実を作ってくれたんだね。次期聖女候補と勇者が人目につかないところで二人きりになるのは、色々と問題があるから。
「わかりました。では、みっちりお勉強しましょう!」
ザッくんの優しさが身に染みる。なんとなく、ザッくんは私の様子が変なことに気づいていたんだろうなあ。それでも事情までは聞かないで、待っていてくれたんだ。それなのに、なかなか私が話さないものだから、今日こうやって駆けつけてくれたんだろうと思う。
ザッくんの厚意を無駄にしてはいけない。
ちゃんと話して相談しよう。ザッくんは、見えた一面だけで人を判断するような人ではないでしょう? それは私が一番よく知っているはず。悪い一面を見せたから嫌われるだなんて、それこそザッくんに失礼だよね。大好きな親友には、誠実でありたい。
「ザッくん、ありがとうございます。あの、お話したいことがあって……聞いてくれますか?」
小声で私がそう問うと、ザッくんは少しだけ目を見開いて、そして、とても嬉しそうに笑った。
「もちろん! こんな役得、王子サマにだってくれてやるもんか!」
その眩しい笑顔に、私の胸に満ちていたモヤモヤが少しだけ晴れたような気がした。
中庭に向かう足取りが、少し軽くなる。
やっぱり今世は本当に恵まれているなあ。
私に歩幅を合わせてくれるザッくんを見遣りながら、私は少し嬉しくなって、スキップをするかのように歩みを速めた。
お久しぶりです!
大変長らくお待たせいたしました。
完結まで投稿させていただきますので、どうぞお付き合いください!!




