Lv26 ▼尽きない悩み
放課後、誰もいなくなった教室に、女性の叫び声が響いた。別に恐ろしい虫が出たわけではなく、不審者に遭遇したわけでもない。そんな悲鳴のようなものではなく、それは絶叫だった。幸い周囲に人はいないので、その声が聞こえることはない。
「なんっで、レオン様はあんなに普通な反応なわけ!? ありえないわよ!!」
叫び声の主であるサラちゃんは、机に強く両手の拳をぶつけると、わなわなと震えていた。
「さ、サラちゃん。そんなに強く叩いたら手が腫れてしまいま」
「おかしいわ。あの台詞はルートに入るためのものなのよ。しかも本来誰にでも甘い言葉を囁くような設定のはず。あんなに爽やかなキャラじゃないわ! 私だって、魔力は膨大だし、見た目も使える魔法も全部強化したのに、あんな反応。どうして? あのイベントがなかったから? わからない……」
ザッくんに強制退場させられた後、なんとか正気に戻ったサラちゃんだったが、午後の授業が終わり、放課後になるやいなやこの調子だ。私の声も届いていないようで、わからない、どうしてなのかといきどおっている。ザッくんはなにか知っていそうだが、困ったような顔をするだけで、理由は教えてくれない。
「いや、婚約者がいるのに他の女に寄ってくるわけないだろ。そういうことじゃねえの」
「そういうことじゃないわ! それはあんたもわかっているでしょ!?」
ザッくんがサラちゃんに声をかける。それに対してサラちゃんは語気を強めて反応した。
うーん、やっぱり二人だけが知っている話をしている。わかる範囲でまとめると、サラちゃんはレオン様が自分にどぎまぎしてくれなかったことが嫌なのかな。たしかに他の男の子たちはこんな美少女を前にして惚れないわけがないけれど、レオン様は自分の顔面があんな感じだしなあ。あ、もしかしたら、自分の顔に自信をなくしそうなのかも。
「あの、レオン様はご自身で美しい顔には慣れていますから。だからサラちゃんが落ち込む必要は」
「一人だけ澄ました顔して、あなたのせいでもあるんだからね!?」
「おい、やめろ。ルーちゃんはなにも知らないんだから」
「だからむかつくのよ」
どうやら私の予想は完璧に外れたらしく、サラちゃんに責められてしまった。責められることには慣れているつもりだったけれど、大切な人に言われるとそれなりにショックも大きい。
「ルーちゃん、こいつは自分の醜態をルーちゃんに見られたことがショックなんだよ。それで俺らに八つ当たりしてるの」
「なっ!」
ザッくんの説明に、私は少しだけ胸をなでおろした。そうだよね、王子様の前で固まったところなんてライバルに見られたくはなかったよね。うん、今日の私は配慮に欠けていた。
「そうだったのですね。本当にごめんなさい。初対面の人同士を引き合せるためのセッティングをしておくべきでした。仲介人がきちんとしなくてはならなかったのに」
「…………」
「だってよ」
「ら、ライバルの醜態を晒そうなんて、あなた相当の策士ね!?」
「それは言い過ぎだろ、ルーちゃんに謝れ」
「はああ!? なんで私がっ!」
私が頭を下げて謝ると、サラちゃんはバツが悪そうではあるが強気な言葉を返し、ザッくんはそんなサラちゃんをさらりととがめた。少しやわらいだ空気に、私は肩の力を抜く。
よかった、サラちゃんに嫌な思いをさせたままなのは不本意だったから。
「わ、悪かったわ。策士だなんて言って!!」
「そこかよ」
二人のやり取りを見て、私はつい小さく笑ってしまった。この状況で笑うべきではないと思い出し、ハッと口を両手で覆うと、ザッくんが私の手を解いてくれた。笑顔でうなずかれてしまっては、笑わないわけにはいかない。
「ふふ、ふふふ」
「……意外ね。もっと良家のご令嬢らしくない、高笑いでもするんだと思っていたわ」
その直後、サラちゃんの頭にザッくんのチョップが入ったことは言うまでもない。
三人で戯れた後、誰からともなく荷物をまとめ、私たちは帰路についた。思っていた以上にレオン様とサラちゃんの初対面はあっさり終わり、少し拍子抜けしている。
レオン様にカードのお礼を直接伝えられたのはよかったかな。ちょっと変な空気になってしまったけれど。レオン様、学校で私と二人にされて、素と外面のどっちでいればいいのかわからなくなったのかな。学園ではキラキラスマイルを常時着用しているけれど、王宮なんかで二人になると急に年相応の男の子になるから。他の二人がいたら、自然と王子様然とした態度になってしまうのだろう。
私はそう結論づけると、ぼんやりと馬車からの景色を眺めた。
最近は考えなくてはならないことばかりで頭をよく使っている。本当は、筋トレと魔法の知識のことだけ考えていたいんだけれどなあ。今一番楽しいのはこの二つだもん。目に見えて成果がでるものは嬉しいし、聖女オタクとして、ファンタジー要素があるものには興味が湧いちゃうよね! まあ今は、筋トレの成果がでないことも頭を悩ませる一因になっているのだけれど。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
ふと気がつくと、私を乗せた馬車は屋敷の前に停まっており、アンさんが出迎えにきてくれていた。
「お嬢様?」
ぼんやりと考えごとをしたまま馬車を降りた私を、アンさんは気遣わしげに見る。私はそこではっと意識を浮かび上がらせた。
「あ、ごめんなさいアン。ぼうっとしていました」
「なにか、悩むようなことがあるのですか? もし差し支えなければアンにお聞かせください」
やっぱりアンさんにはなんでもお見通しのようだ。私はまた怒られるかもしれないと思いつつ、筋肉がつかない理由がわからないという愚痴を聞いてもらおうと口を開こうとした、そのとき。私はアンさんの一言によって、完全に忘れていた現実を思い出すことになる。
「あの」
「もしかして、もうじき行われる次期聖女様の選出に不安になっておられるのですか?」
「へ?」
「え?」
一瞬時間が止まったかのように、私はピタリと口の動きを止めて、間抜けな声を出した。つられてアンさんも短い響きに疑問符をつける。数秒の沈黙の後、心配そうに私の顔を覗き込んだアンさんに、私は叫んだ。
「ど、どうしましょう! とても大切なことを忘れていました!!」
「ええ!?」
だってだって、最近悩み事が多すぎたんだもん!! どうしよう、本来の目的を放棄するところだった! 危なかったあ!!
「お嬢様、本当に大丈夫なのですか」
アンさんのあきれたような声が聞こえる。しかし、私はそんな言葉など気にせずに、これからの短い時間でなにをすべきか頭をフル回転させて考えていた。




