Lv25 ▼昼休みの対面
「あ、おはようございます、サラち……」
「おはようございますルーナ様!! 昨日のお手紙のことは本当なのですよね!?」
「へ!? は、はい」
手紙を送った翌日。朝からサラちゃんは絶好調だったようで、登校して早々にものすごい勢いで私に詰め寄ってきた。
あまりの気迫に気圧されながらも、なんとかサラちゃんを落ち着かせようとする。しかし、人目を気にせずに目を爛々と輝かせて私との距離を縮めてくる彼女を止める術を知らなかった。
どうしたものかと困惑していると、突然サラちゃんは「みぎゃっ!」と猫のような悲鳴をあげ、後ろに下がった。いや、引きずられた。
一瞬の出来事に驚いて顔を上げると、そこにはやれやれといった表情でサラちゃんの首根っこを掴むザッくんがいた。
「おーい、深々被っていた猫が逃げちまってるぞー?」
「なっ! んんっ、なんのことです?」
サラちゃんは一度だけザッくんを睨んだ後、咳払いをすると、すぐに可愛らしく首を傾げてみせた。ザッくんは半眼でサラちゃんを見ていたが、服を掴んでいた手を離し、私に向き直るとニカッと快活な笑顔を浮かべた。コロコロと表情を変えるザッくんは、人懐っこい大型犬みたいでちょっと可愛い。
「おはようルーちゃん! 今日は俺もお邪魔するから安心してね!!」
褒めて褒めてとしっぽを振る幻覚が見えてきそうな自慢げな顔で、私の反応を待つザッくん。しかし私は「俺もお邪魔する」という言葉の意味がよくわからず、安心もなにも、困惑するしかなかった。
「おはようございます。あの、お邪魔するとは」
「例の件だよ。今日の昼休みにサロンに集合だろう?」
「ああ、そのことですか! ですがなぜザッくんも?」
「あー、ほら。王太子の婚約者が特待生の女を連れてサロンなんかにいたと知れたら、なにかしら憶測が飛び交うし、色々と面倒なことが起こるから。もう一人男がいれば多少マシになるかもしれないってレオが」
「レオン様が!?」
ザッくんの言葉にいち早く反応したのは、サラちゃんだった。ザッくんがレオン様に誘われたことが嫌だったのかな。サラちゃんはザッくんにだけは喧嘩腰だし。相性は悪くないはずなのになあ。
「レオン様がおっしゃったのですね。わかりました。では、お昼休みになったら三人一緒にサロンに行きましょうね!!」
「そうだなー」
「なっ、もしかして四人で会うの!?」
「当たり前だろう?」
サラちゃんはザッくんの一言にむうっと頬を膨らませたが、直後、ハッとした顔をしてなにやらぶつぶつ呟き始めた。
サラちゃんは、ザッくんと違うタイプの表情が豊かな子だなあ。ザッくんは感情のおもむくままにって感じだけれど、サラちゃんは頑張って隠そうとしてあふれちゃうって感じ。気を抜くと百面相をしちゃうところが見ていて楽しい。
「いいわ、予想外のイベントだってものにしてやるんだから」
ひとしきり私がサラちゃんの百面相を堪能し終えたところで、熱のこもった呟きが聞こえた。
「なにに燃えてんのかは知らねえが、そろそろ行かないと予鈴が鳴るぞ?」
「はっ! それは大変です! 公爵令嬢が遅刻ギリギリなんて、もうあってはならないのですよ!! 早く行きましょう。ザッくん、サラちゃん!」
「そうね、戦いの前に問題は起こしたくないわ。完璧なコンディションで挑まなくてはならないもの!」
サラちゃんはまたなにかスイッチが入ったようで、まるで強大な敵に立ち向かおうとする騎士のように力強く歩き始めた。一方私とザッくんは、早歩きをしながら横目でそんなサラちゃんを眺めていた。
*****
あっという間に午前の授業が終わり、昼休みを告げる鐘の音が響いた。
音が鳴り始めるのと同時といっても過言ではない勢いで、サラちゃんは私の元にやってきた。そんな彼女に強くうながされ、ザッくんを連れて指定されたサロンへと向かう。
奥の部屋の扉が開き、私達三人は立派なソファへと案内される。まだレオン様は到着していないようで、先にお茶でも飲んでいてくれとの伝言をもらった。ここは正式な場ではないので、お言葉に甘えてソファに腰かけ、テーブルに用意してある紅茶をいただくことにした。ザッくんは乙女のように目を輝かせ、可愛らしい造形のお菓子を頬張っている。サラちゃんだけは緊張で落ち着かないのか、ソファに浅く腰かけ、背筋を伸ばした姿勢のまま、そわそわと周囲を見渡している。
それぞれの反応を示しつつ、私の紅茶がカップの半分まで減った頃、カチャリとドアノブが回る音がした。
サラちゃんはびくっと肩を震わせ、すっくと立ち上がると、直立不動で扉を見つめる。私もザッくんも動きを止めて、席を立つと、扉の方に体を向け、礼の姿勢をとった。
「君たち、顔を上げてくれないか? 特にザック、君には違和感しかないからね」
「ええー、レオさすがにその言い方は酷くねえ? 俺もいちおう、貴族のうんぬんに気を遣ったんだぞ」
レオン様の言葉にサッと姿勢を崩したのはザッくんだ。いつもの砕けた口調のザッくんばかり見てきたからか、レオン様にとってかしこまったその姿は強い違和感を生じさせていたのだろう。
「ルナも。顔を上げてくれないか?」
優しい口調でレオン様にそう言われ、私もゆっくりと顔を上げる。ちらりと固まっているサラちゃんの方を見やると、レオン様はサラちゃんにも楽にしてくれと言った。
「さあ、座って。君がルナの友人の?」
「え、あ! あの、私、サラと申します。このたびはこのようなお時間をいただき、光栄ですわ」
「君の話はだいたい聞いているよ。まさかルナの友人がくだんの特待生だったとはね」
「ルナ?」
「ああ、フィーブル公爵令嬢の愛称だよ。そう呼ばせてもらっているんだ。本来は身内やごく一部の人間にしか呼ばせないものなのだが……婚約者ということで大目に見てくれると嬉しい」
「俺も勝手に作った呼び名でしか呼ばせてもらえないもんなあ」
サラちゃん、緊張しているのか突っ込むところがおかしいよ! レオン様がなんだか自慢げなのも謎だし、ザッくんも話に乗っかっちゃったし!!
私が、サロン内の収拾がつかなさそうな空気に気圧されていると、それに気づいたのか、レオン様が話を進めてくれた。
「それで、紹介したいとはなにか別の理由があるのかな?」
いや、話を進めてくれたのは嬉しいのだけれど、そんな裏の理由みたいなものはないんですよレオン様。
「別の理由、ですか」
サラちゃんは目を伏せ、寂しげな表情を浮かべる。あれ、今からなにか始まるの?
「ええ、そうですわよね。私と殿下とでは住む世界が違いますもの。なにか理由がないと話すことも許されない。ですが! そんなのって寂しいです! 殿下と仲良くなりたい、それだけでは駄目なのですか!?」
「ちょっ、お前その台詞は!!」
いつものサラちゃんからは想像できないような、儚く可憐な少女の空気を纏った。そして、慌てるザッくんには目もくれずにレオン様を見つめる。
「そうだね。私もこの学園の皆のみならず、地位や損得が絡まない人間関係を築きたいと思っているよ。しかし、現状それは難しい。聡い君ならわかるだろうが、今の社会は地位や富こそが権力だという考えが根強く、私の地位はその最高権力に近い。だからこそ、私はこの力を使い、ゆくゆくはあなたが言ったような世の中にしていきたいんだ」
レオン様、大人になったなあ。周囲の期待に応えるために足掻いていたのが、自ら国を変えたいと思えるようになるなんて。私ももっと勉強と筋トレを頑張って、レオン様を助けられる聖女になりたいな。最近助けてもらってばかりだし。
私がしみじみとレオン様の成長を感じていると、今まで私の後ろに立っていたはずのザッくんがさっと前に出てきて、サラちゃんの腰をむんずと掴むと、肩に担ぎ上げた。
「「!?」」
急な出来事に私とレオン様が声も出せずに驚いていると、ザッくんは苦笑いを浮かべた。
「ちょっとこいつ、緊張しすぎて固まっているから連れてくな。自分だけルーちゃんの婚約者に会ったことがないのが寂しかったみたいで今日連れてきたが、さすがに初対面で王太子殿下とじかに喋るのは庶民には早かったみたいだなあ」
担がれているサラちゃんは、石になったみたいに動かない。ただ、その表情はなにかにひどく驚いているみたいだった。レオン様を人外とでも思っていたのかな。レオン様も尋常じゃなく大人びているだけで、素は普通の男の子なんだけれど。
「それは申し訳ない。友人に婚約者を紹介することもあるのだったな。貴族間ではあまり見られないが、多くの国民の中では当たり前のことならば、転入したばかりの彼女にとって、王太子が婚約者なんてひどく驚くことだったろうね」
レオン様は眉尻を下げて、申し訳そうにしている。ザッくんは気にするなと言うようにレオン様の肩を空いた手で軽く叩くと、サラちゃんを連れて部屋を出ていってしまった。
二人だけの空間になり、沈黙が落ちる。それを破ったのはレオン様だった。
「ルナ、君は今日、友人に僕を紹介してくれようとしたのか?」
「あ、はい。サラちゃんは大切なお友達ですので」
「そ、そうか」
「あ、あの! とても素敵なメッセージカード、ありがとうございます。宝物にします」
「それは、良かった。その、ルナが好きそうなデザインだと思ったからね」
なぜだかぎこちなく話すレオン様に、私もつられてしまう。なんとも言えない空気が流れる中、私は逃げるように、教室に戻ることを提案するのだった。
お読みいただきありがとうございます!!
レオン様の前ではっちゃけちゃったサラちゃんですが、本当はもっと策士…いえ、思慮深い子なんです。




