Lv22 ▼私にとっての現実
「お嬢様、また王太子殿下に叱られますよ?」
アンさんの困り顔を横目に、私は今日も自室で秘密の筋トレをしていた。トレーニング内容は、アルバートさんたちと普段しているものの中から、室内でもできるものだけをやっているけれど、休日にしかできなかった今までよりは回数をこなせていると思う。
最近ではせんちょーさんにお願いして、筋肉増強メニューも取り入れ始めている。鶏胸肉や色とりどりの豆や野菜を使って、ヘルシーかつ高タンパクな食事を作ってもらった。せんちょーさんには、「最近健康に気を遣い始めて」と言い訳してみたけれど、多分なにかを察していると思う。なにも言わないでいてくれていることに感謝だね。
周りの人にも(こっそり)協力してもらって、こんなに、こんなにも頑張っているのに!
ふにっ。
そんな擬音が聞こえてきそうなこの細い腕には、日頃の鍛錬の成果は全く見えなかった。
「なぜなのですかああ。前より体力もついてきているし、回数だって増えているのに!」
「基礎鍛錬だけとはいえ、騎士団の方々にご令嬢がついていけているということがそもそもおかしいのですっ」
私が半泣きで呟くと、アンさんに切実なツッコミを入れられてしまった。
でもね、アンさん。騎士団の人たち、私とレオン様が来るときは少しゆっくりめにしてくれているらしいんだ。団員さんたち、本来の鍛錬でのアルバートさんは恐ろしいって震えていたよ。
そんな言葉をぐっと堪えて、私はトレーニングを終えるとアンさんが用意してくれていた水を一口飲んだ。
アンさんとアルバートさんがなごやかに会話しているところは何度か見ているからね。アルバートさんもせっかく仲良くなったアンさんに怖がられたくはないはず。
私はそう結論づけると、グラスを持つ手に目を落とした。やっぱりトレーニングを始めた頃と変わっていない。
アンさんが日焼け止め用の美容液を必死に塗ってくれていたとしても、陽の下で過ごしていてこんなに肌が白いままのはずがない。
騎士団の人たちやレオン様、ザッくんほど本格的に鍛錬をしているわけではなかったとしても、少しは筋肉がついていてもいいはずだ。
やっぱりなにかがおかしい。そういえば、ザッくんにゲームの強制力について訊きたかったのに、ダークレオン様のせいで聞けずじまいだったな。なにか知っていそうだったけれど、言いたくなさそうでもあったんだよね。無理に聞き出すのは悪いけれど、私にとって死活問題でもあるからなあ。
「うーん、どうしましょう」
「お嬢様。私は、そのままのお嬢様が一番素敵だと思いますよ」
私が悩んでいる内容がわかったのだろう、アンさんはそうフォローをしてくれた。その半分は本心なのだろうけれど。
たしかに私も、筋肉隆々のボディービルダーみたいになりたいわけじゃない。けれども、私はもっと強くなりたい。レオン様は国を護る王になるために、一生懸命勉強している。ザッくんだって、魔王復活という脅威から民を護った。お父様は、フィーブル公爵として領地と領民を護っている。アンさんもいつも私のことを心配して助けてくれるし、公爵家の使用人さんたちも騎士団の人たちも、いつも私を気遣って助けてくれる。
私は、いつも誰かに護られてばかりだ。
みんなと私なんかを比べるのはおこがましいと思う。でも、それでもこんな私をいつも助けてくれる人たちの力に、少しでもなりたいと思った。
単純かもしれないけれど、レオン様に言われたとき「それだ!」と思ったんだ。私も鍛えれば、なにかあったときに護れる人がいるかもしれない。今まで学んできた座学やマナーや教養だけではなく、もっと誰かの力になれることがあるのなら、私はそれを選びたい。聖女になりたいのだって、憧れもあるけれど、みんなを護れるような力をもつ人になりたいから。
だからこのままでは駄目なんだ。この細い腕ではまだ誰も護れない。早くみんなに恩返しがしたい。
「アン、私は弱いままでは駄目なのです」
アンさんに届けたかったはずの言葉は、独り言のようにポツリとこぼれた。
アンさんはわずかに瞠目した後、いつもの優しい笑みを浮かべて私の頭を撫でてくれる。
「お嬢様。お嬢様が焦っている理由は私にはわかりかねますが、お嬢様がいつも頑張っていらっしゃることはよく存じております。お嬢様の努力の理由が、人のためであるということも。私は、それがとても嬉しいのです。お嬢様の優しさは皆にも伝わっているはずですよ」
「アン」
「ゆっくり、ゆっくりでいいのです。お嬢様が笑って過ごされることが、私どもにとって一番の幸せなのですから」
そう言って、アンさんはさらに笑みを深めた。そんなアンさんに私もつられて笑ってしまう。
「あ、でも笑顔でいられるからといってこれ以上無理な鍛錬をするのは駄目ですよ!? せっかくのお嬢様のお美しい腕や脚が」
慌ててそう付け加えると、アンさんは私の腕を大切そうに撫でながら大げさに嘆いた。
「ぜ、善処します」
アンさんは優しい。アンさんだけでなく、私の周りの人たちはみんな優しい。だから、アンさんのその言葉は本当に嬉しかった。
ゆっくりでいい、でもやっぱり力はつけたい。こんなに優しい人たちに返せるものを今は思いつけないから。もらってばかりの私が今返せるものがほしい。返したいのにほしいだなんて、なんだかあべこべだね。
そのためには、私の筋肉がつかないこの現象の理由を解明しなければならない。筋肉だけの問題ではなくて、勇者伝説の世界にいることでなにか私たちの行動に制限がかかってしまうのであれば、それはどうにか回避したいというのもある。
今までは大好きなゲームの世界に転生できたことを喜ぶだけで、その先にあるものを予測することなんてしていなかった。聖女になりたいという目標はあるけれど、まだ夢の中と現実の狭間でふわふわしている感じ。
でも、ここは私にとってまぎれもない現実なのだ。この世界で生きていくのならば、いい面も悪い面もしっかり見ていかなければならない。この世界で、私の周囲で働くかもしれないゲームの強制力があるのなら、早急に対策しないと。私はみんなを護れるようになりたい。その障害になるものは絶対に取り除いてみせる。
「私は、皆さんとずっと笑っていられるように、頑張ります」
一語一語に決意を込めて呟いた。アンさんに伝えたかったわけではなくて、私の、私なりの決意を言葉で残しておきたかった。
「お嬢様は笑顔が似合いますよ」
アンさんはそれだけ言うと、「湯浴みの準備をしてきます」とお風呂の準備をしに行ってくれた。
励ましてもらったみたいで、すごく元気が湧いてくる。
「私は私のペースで、私の目指すもののために頑張るのです!!」
続けて、おー! と発すると、小声でもやる気に満ちてくるから不思議だ。
迷ってなんていられない。とにかく早急に、ザッくんにこの前の話の続きをしてもらわないと!
お読みいただきありがとうございます!




