Lv21 ▼ゲームの強制力
入学してから早ひと月。リンカーナの花は見頃を終えて、新緑が眩しくなってきた。爽やかな風が頬を撫ぜて、熱を冷ましてくれる。
「三の型100回、用意!」
「「「はい!! いち! にっ! さん!」」」
今日は休日なので、いつものように王宮に出向き、ルアとしてレオン様と基礎訓練に参加させてもらっていた。
「ルア殿は最近ますます姿勢も良くなって、美しい型になっていますね」
「ほっ、本当ですか!? 嬉しいです! 家でも自主練習をしていた甲斐がありました!」
「ほう? 自主練習なんてことをしていたんだね?」
「う、レオン様」
騎士団長のアルバートさんに褒められて、つい話してしまった内容に、レオン様はにっこりと黒い笑顔を浮かべて私の肩に片手を置いた。
に、逃げられない。身長差もあって、男性と女性の体格差もあるのだから当然だけれど、でもなんだか悔しい。
あと普通にダークレオン様に怒られたくない。たまにお母さんみたいなこと言うんだよなあ、レオン様。それなら私は思春期の女子高生か。前世も今世も思春期らしい思春期はなかった気がする。いや、前世はあったのかな? 忘れちゃった。
「ルナ、私の目を見てちゃんと理由を説明してごらん?」
現実逃避のために意識を遠くに飛ばしていると、レオン様は両方の手で私の肩を優しく押さえた。そしてその手の優しさとは程遠い圧の強い笑顔で詰め寄ってくる。
「だ、だって、騎士さん達との基礎練習だけでは筋肉がつかないんですっ!! 自主練習をしていても腕がぷにぷになんですよ!?」
ほら、触ってみます!? と半ばキレながらレオン様に腕を突き出すと、先程までの怖い笑顔はひっこみ、ふいと顔を逸らされてしまった。
むう。レオン様は筋肉があるからそんなふうに言えるんだ。私がどれだけ筋肉痛になっても、硬くならないこのぷにぷにの二の腕のなんと情けないことか!!
「おや、本当ですね。ルア殿は基礎練習のみとはいえ、しっかりトレーニングをしているはずなので、もう少し筋力がついていてもおかしくないのですが」
アルバートさんは、私の突き出した腕をしげしげと見ると、不思議そうに首を傾げた。
「お嬢様は華奢なままでよいのです! こんなにも可憐なお嬢様が筋肉隆々になってしまうだなんて、考えただけで私っ!」
水分補給用の冷たい飲み物を持って来てくれたアンさんは、目に涙を浮かべて私に訴える。
アンさん、この数年でクールビューティー感はなくなったよね。素直なアンさんも可愛いからいいけれど!
「そうだよ、ルナ。君の細くて美しい腕が私のように太くなってしまってはもったいない。この辺で留めておくべきではないか?」
レオン様がアンさんに便乗する。
レオン様め、自分が細マッチョだからって自慢ですか!? ナルシスト殿下の再来なんですか!?
「私は強くなりたいのです!」
二人に言い返すようにそう答えたが、たしかにこれはおかしい。だって、毎日ではないといえ、この基礎練習を含めて週の半分以上は欠かさず筋トレをしている。筋トレを始めてから一ヶ月は経っているはずだから、少しは身体に変化があってもいい頃なのに。
「ゲームの強制力かなあ」
私は小声で呟いた。前世で読み漁っていた転生ものでよくある設定。物語の世界に転生した主人公は、そのストーリー通りの言動をさせられてしまうことがあるのだ。それをなんとか乗り越えるから物語は盛り上がっていくのだけれど……さすがに筋肉の付き方を変える力は持っていないし。ルーナはゲームに出てこなかったけれど、この世界の貴族令嬢にムキムキはいないという設定があるのなら、可能性がないわけではない。
ルーナの美しさを必死に説明するアンさんと、それに強く頷いているレオン様をスルーして、私はうーんと唸り声を上げた。
そのとき、遠くの方から聞き覚えのある声がした。
「ルーちゃ、ルア! お疲れ様!!」
「あ、ザッくん!」
「勇者殿。お疲れ様です。しかし、王太子殿下がおられる場で殿下より先に友人に挨拶とは、少々いただけませんね?」
「ゔっ、ししょー」
「団長、と呼ぶようにといつも言っているでしょう」
ザッくんがバタバタとこちらに駆けてくる。今日は未来の騎士団長として、王宮で貴族のマナーを学んでいたようだ。しかし、そんなザッくんを待ち受けていたのは、騎士団長としての心持ちや王族への忠誠心、騎士の統率の指導を担当するアルバートさんだ。
ザッくんは、アルバートさんにかなりしごかれているようで、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ちなみに、秘密の筋トレについては、ザッくんにも打ち明けていた。だって、いつか一緒に戦うことになるかもしれないんだから、私もちゃんと戦力になるって証明しておかないとね。
それからというもの、ザッくんは貴族教育の合間に私達の元へ遊びに来るようになった。レオン様は嫌そうな顔をするけれど、ザッくんとの打ち解けた応答は少し羨ましかったりもする。私には見せてくれない表情をするんだもん。
「あ、ねえザッくん」
「なあに、ルーちゃん」
ザッくんの傍に行って小声で話しかけると、不思議そうな顔をしながらも私に合わせて小声になってくれた。
「あの、ゲームの強制力のようなものを感じたことはありますか?」
「ゲームの強制力?」
「例えば勇者伝説の主人公のような言動を、ザッくんの意思ではないのに取ってしまうとか、ですかね?」
あまりいい例えが思いつかなくて、言葉尻に疑問符をつけてしまった。
ザッくんは顎に手を当てて考え込む素振りを見せた後、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「うーん、俺じゃなくてゲームのザックってことだよな? 魔王を倒したのはゲーム通りではある。でもそれは俺の意思だしなあ」
「そう、ですよねえ」
ザッくんが魔王を倒したのは、大好きだったゲームの勇者に転生していた上に、前世のザッくん――彼女がずっと病院の外に出られない生活を送っていたからだ。歩くことすらままならなかったのが、身体能力が人並外れた勇者になっていたものだから、はっちゃけてしまったそうだ。
これはたしかにザッくん本人の意思だよね。
「では、このゲームに出てくる女の子はみんな筋肉がつかない身体をしている、という裏設定を聞いたことはありますか?」
「ええー、勇者伝説はRPGだからそんな設定は……あ、そっか」
「なっ、なんですか!?」
なにか思い当たる節があったのか、ザッくんはわかったというように手を叩いた。私はその話を聞きたくて、ザッくんとの距離をつめる。
「えーと、でもなあ。この話は」
「ザック」
なかなか話してくれないザッくんの背後から、優しいながらも圧が強い声がした。
「レオ……うげ」
ザッくんは振り返ると、カエルが潰れたような声を上げた。
「レオン様」
私もつられて顔を上げると、またしても黒いオーラを纏った笑顔と目が合ってしまった。
あれ、アンさんと話し込んでいたんじゃ。
「もう! お嬢様ったら、私の話を聞いていませんでしたね!? あれほどお嬢様の美しさについて熱弁していましたのにっ」
アンさんは両手を腰に当てて、ぷりぷり怒りながら私に歩み寄った。うん、全く怖くない。むしろ可愛い。
「アンっ、ごめんなさい!」
私は謝罪をすると、さっとアンさんの背中に隠れる。アンさん、私をダークレオン様から護って!
「し、仕方ありませんね。今回だけですよ!」
何度目かわからない「今回だけ」を使って、アンさんは私を許してくれた。天使だ。ここには可愛い天使がいる。
「え、ルーちゃ……」
「ルアと、いったいなんの話をしていたんだ、勇者殿?」
「アン、喉が乾いたので飲み物をくれますか?」
「はい、すぐにお持ちいたしますね」
「いえ、早く飲みたいので一緒に行きましょう」
「かしこまりました」
「ちょっと、ルー……」
「ザック」
「なんで俺なんだよおお!!」
ザッくんを犠牲にしてしまったけれど、私はなんとかダークレオン様から逃れることに成功した。
このときの私は逃げることに必死だった。それゆえに、ザッくんに聞きたかった話をすっかり忘れてしまっていたことに気がついていなかった。
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