Lv18 ▼男装令嬢(?)
レオン様との協議の結果。
まず、筋トレ自体は許可された。しかし二つの条件がある。
筋トレの際には男装をすること。
レオン様の学友である『ルア』という体で、レオン様と一緒に参加すること。
これらの条件をつけたとしても、レオン様は今もしぶしぶ顔だ。
よかったー! ルーナは美少女だから男装が上手くいくかどうか少し心配だけれど、まあなんとかなるよね。中性的な美少年ぐらいには見えるだろうし!!
「いいかい、君は今や次期聖女候補に名前が挙がるくらい完璧な令嬢と評価されているんだ。それに最近、光属性だと判明したのだろう。ここで脳筋令嬢だなんてレッテルが貼られたら、君が求めた聖女への道は絶たれるかもしれないんだよ? たしかに自衛力は大切だと思うけれど、周囲もそう思うかどうかはわからないんだ。とにかく、気づかれないように! トレーニングへの参加にあたって、このことを私と約束してくれ」
「わかりました!」
「ところで殿下、なぜお嬢様が聖女を目指しているということをご存じなのですか?」
今まで黙っていたアンさんが、頭の上に疑問符を浮かべながら呟いた。
「ルナから聞いたからだが?」
「いつです!?」
「レオン様は婚約者ですし、きっと言いふらさないと思えたので婚約の前に打ち明けたのです。その方がなにかと都合もいいですし」
「私もルナが勉強している様子から、なんとなく察してはいたのだけれどね。聖女への憧れもすごかったから」
「くっ! お嬢様と私だけの秘密でしたのにっ」
きょとんとしながらそう答えるレオン様に、アンさんは悔しそうにしながら唇を噛んだ。
よくわからないけれど今日もアンさんは可愛いね!
機嫌を直してもらうべく、ぎゅっと私が抱き着くとアンさんは嬉しそうに笑った。しかし、今度はレオン様が不機嫌そうにふいっとそっぽを向いてしまう。
どうしたんだろう、レオン様。仲間外れにされて拗ねちゃったのかな。
「では、ルーナ様改め、ルア様のトレーニングの指導は、アルバート殿に一任しましょうかねえ。指導日は学園が休日のとき、騎士達の訓練に混ぜてもらいましょう」
「かしこまりました、シュワルツェ殿」
私たちが戯れている間に、アルバートさんとガモンさんとで、話はまとまったようだ。
「アルバート様、これからよろしくお願いいたしします」
「こちらこそよろしくお願いします、ルーナ様」
アルバートさんに淑女の礼でそう挨拶をすると、騎士の礼をとり挨拶を返してくれた。私は嬉しくなって、騎士の礼を真似してみる。するとアルバートさんは、お茶目にウインクをしながらまた騎士の礼をとった。
アルバートさん、面白い人だね。訓練が楽しみだ!
*****
「では、ルア殿、貴殿には今から団員とともに基礎のトレーニングをしていただきます。貴殿の最大限の力をもって励んでください」
「はい!!」
茶色の短髪を風にふわふわと揺らしながら、私は騎士の礼をとった。膝丈のズボンには小さめの木剣を差し、白いシャツの袖は動きやすいように捲っている。
レオン様の横に並ぶと体格差が顕著にわかってしまうので『青年』とは思われにくいかもしれないけれど、『女顔の少年』くらいにはなれている気がする。
私は騎士さんたちに元気に挨拶をしてから、レオン様とともに隊列の端に入った。
騎士さんたちは「女の子か?」と一瞬訝しげな顔をしていたが、アルバートさんが「ルア殿」と呼んだ後は安心したように私を見ていた。
「では、基礎訓練を始める!! 一の型100回、用意!!」
「はい!! いち! にっ! さん!」
どうやら一の型というのは、腕立て伏せのことらしい。騎士の皆さんは、頭が地面についてしまうのではないかというくらい、深く腕立て伏せをしている。よく軽々とそんなことができるなあ。
「ルア殿! 腕が曲がりきっておりません! もっと深く!!」
「は、はい!!」
腕と太ももををぷるぷると震わせながら、なんとか私も騎士さんたちにならって一の型をとった。
きつい。これはきついよ! 腕立て伏せは前世の体育の授業でしたことあるけれど、ここまで高いレベルは求められてなかったもん!! アルバートさんも厳しいよう。
「初めてで団長のこのご指導に耐えられるなんて、すごいですね!」
ひいひい言いながら腕立て伏せをする私に、右隣にいた騎士さんが声を掛けてきた。彼は腕立て伏せをしながらも爽やかに笑い、私のことを褒めてくれた。
なんて褒め上手な騎士さんなんだ。私のやる気が急激に上がったよ! よおし、頑張るぞ!!
「そうだよルア、ここまで耐えただけでも十分すごいのだから、無理はしなくていいんだよ?」
私の左で、レオン様はとても上手に笑顔を貼り付けてそう言った。
いつ見ても完璧な作り笑顔だ。でも幼馴染の私にはそんなの通じないもん。今日はなにがそんなに気に入らないのかなあ。私が褒められて、さらにトレーニングにのめり込むと思ったのかな? たしかに当たってはいるけれど。
「私はもっと強くなりたいのです! 騎士さんたちに余裕でついていけるくらいになるまで諦めませんよっ」
額に大量の汗を浮かべ、ぜーはーと息を荒げながらも、私は声を絞り出す。レオン様は、なにかを悟ったような遠い目をして「そうだよね、ルナのそういうところも魅力だよね」とだけ言うと黙り込んでしまった。
私の意思は固いのです! いつかザッくんと冒険できるような強い聖女になるためなら、なんだってやるよ! そう、たとえスクワット100回だって!!
「次! 二の型200回、用意!!」
「に、にひゃく……」
ち、ちょっと予想外かなあ? あはは。
「ルア殿! もっと膝を曲げて! 背筋を伸ばして!!」
「は、はいい!!」
これを毎日やってる団員さんたち、人間じゃないよお!
私の悲鳴に似た声は、抜けるような青空にこだました。
私はトレーニングを、甘くみていたようです。懺悔。
「団員は休憩した後、剣技に移る。速やかに動くように! ルア殿、殿下、お疲れ様でした」
「ありがとう、アルバート殿。次回以降もよろしく頼む」
「あ、ありがとうございましたあ」
アルバートさんにお礼を言うレオン様に続いて、私も感謝の言葉を述べようとしたが、息が上がって間抜けな声になってしまった。なんでレオン様はそんなにピンピンしてるの!? 私なんてこんなに足がガクガクなのに!
「ルア、部屋まで歩ける?」
レオン様が心配そうに私の顔を覗き込む。満身創痍な私に対して、汗一つかいてないレオン様は余裕の表情だ。
むむむ。私だってまだまだ大丈夫だもん! レオン様の助けなんて借りなくても歩けるんだからね!
「だ、大丈夫です! このくらい」
そう言って私は部屋まで歩を進めようとするが、足が重くて動かない。なんとか一歩進んだものの、バランスを崩してぺたりと地面に座り込んでしまった。無念。
「大丈夫じゃないだろう。ほら、僕が連れていくから」
そう言うと、レオン様は私を軽々と抱き上げて、歩き始めてしまった。
「ちょっ、レオン様!! 重いですから!」
「いや? 羽のように軽いよ?」
私は最後の力を振り絞って抵抗するけれど、びくともしない様子でレオン様は進んでいく。
歯の浮くような台詞とは裏腹に、レオン様はまたもや機嫌が悪そうだった。こればっかりは理由がわからないよ。
「レオン様、なにか嫌なことがあったのですか?」
少し気になったので、レオン様に訊いてみることにした。
「なにもないよ。どうして?」
「いえ、なにか辛いことがあったのなら私が力になれないかなと」
でも、レオン様が言いたくないのならなにもできないなあ。昔みたいに一人で抱え込まなければいいんだけれど。
そう思いながら、半ば諦めて大人しくレオン様に横抱きにされていると、急にレオン様が立ち止まり、ボソリと私の耳元で呟いた。
「力に、なってくれるんだ?」
「へ?」
いつものレオン様とは雰囲気の違う声に、びくりと身体が跳ねる。恐る恐るレオン様の顔を覗き込むと、もうそこには作り笑顔すらなかった。
目の据わったレオン様に私が動揺している間にも、レオン様の顔はどんどん近づいてくる。これからなにをされるのか私には予想もできず、ぎゅっと目をつぶると――、
ちゅっ。
おでこに柔らかいものが触れたかと思うと、すぐにそれは離れ、恐る恐る目を開けると、目の前に困ったように笑う顔があった。
「ルナ。何事も全力で取り組むところは君の魅力の一つだけれど、無理だけはしないでくれ。心配するから」
「は、はい。わかりました」
レオン様の言葉に私はこくこくと頷くことしかできなかった。
おでこにチューなんて、親しい者同士ならしてもおかしくないことなのに。ましてや私たちはいちおう婚約者なのだから、こんなスキンシップ、なんてことないはずなのに。
なんでこんなにも胸が痛くなるんだろう。
今回は少し甘めです。