Lv16 ▼転生勇者
「ルーナちゃんは、あれだよな! 元日本人なんだよな!?」
「は、はい! そうです!!」
「よかったー! 英語圏の人だったらどうしようかと思った!」
現在私は、中庭のベンチでエルドル様に詰め寄られている。
男の人にここまでグイグイ来られるのは人生(多分前世含む)で初めてのことだったのでかなり動揺したが、彼とは同士ということもあって、少しは落ち着いて話すことができた。「ルーナちゃん」呼ばわりは、今のところはスルーしているよ!
「日本人で勇者伝説を知っているんなら、ルーナちゃんはこの世界の元になってるゲームをプレイしたことがあるんだ?」
「はい。軽く十周くらいはやっていましたけれど」
「そっか! ていうかそれ、かなりやり込んでるね!? じゃあルーナちゃんが自分の立ち位置を理解しているっていうことで本題なんだが、実はヒロインも転……」
「ヒロイン? 聖女様のことでしょうか。勇者伝説のシナリオよりも先にエルドル様が勇者になったことと、なにか関係が?」
「ごめん、いちおうの確認。君の今の立ち位置は?」
「リルザント王国の公爵令嬢ですが……あ! 立ち位置でいえば学園の生徒ですかね!?」
「あー、うん。やっぱ今のはナシだ! とりあえず、ルーナちゃんは勇者伝説についてはよく知ってるんだな?」
「は、はい」
エルドル様はしばらく首を傾げ、やがてなにかを悟った、少し嬉しそうな顔をした
。
「ルーナちゃんの方から、なにか俺に訊きたいことある? さっきから質問に答えさせっぱなしだからな」
「それなら、なぜ今エルドル様が勇者と呼ばれているのか教えて下さい! ゲームでは、聖女と勇者は同じときに任命されるんです。聖女天授の儀が来年である今、どうして勇者になることができているのでしょう」
やっと巡ってきた質問のチャンス! ここで訊かないわけにはいかないよ!!
ドキドキしながら返答を待っていると、エルドル様は困ったように頭を搔いた。
「いやあ、自慢できる話じゃないんだよ。ある日、自分が勇者だって気づいたときに舞い上がっちゃって。とりあえず筋トレと攻撃魔法の練習ばっかりしていて、そのうち全部極めたんだよね。それじゃまあ、魔王の顔くらい拝んでくるかー! っていうノリで魔王城探したら、まだ魔王は覚醒してなかったわけ。ってことで、覚醒前の魔王をぼこぼこにしてきたら『勇者』って言われちゃった! へへ、間抜けだろ?」
「いえ、そんなこと! 私だって似たようなものですから!!」
似ているというか、まったく同じだあああ! 聖女になりたくて勉強と魔法の暗記ばっかりしてた私と同じなんだよおお!!
魔王を一人で倒したという衝撃的な話があったけれど、エルドル様への共感が大きすぎてそれはどうでもいいや! なんだか仲間意識が芽生えてきたぞ!!
「私も、ここが勇者伝説の世界だって知って、この世界の勉強ばっかりしてきたのです! だから、お仲間ですね」
私が言い終わると、エルドル様は一瞬、きょとんとした顔をした。けれどもすぐに顔をほころばせて、私の手を取りぶんぶんと振った。
「この気持ちをわかってくれるの!? 私たち、いいお友達になれそうね!」
「……え? 『私』? 『ね』?」
「ルーナちゃんの前世のこと、もっと教えて? 私も話すから!!」
「いえ、実は前世のことをあまり覚えていないんですけれど……あの、その……それより、え、エルドル様って女の子だったんですか!?」
目を白黒させる私を見て、エルドル様は「あちゃー」と声を上げた。
それからエルドル様が教えてくれたことは、こうだ。
エルドル様の前世は女の子で、十六歳のときに病気で亡くなったらしい。元々病弱だったので、ずっとベッドの上で過ごしていたのだそう。それが生まれ変わると、丈夫な身体つきの男の子で、しかも大好きだったゲームの勇者になっていた。それで彼女は嬉しくて、そのまま魔王を倒してしまったというのだ。ちなみにものすごくテンションが上がると、ついつい前世の口調が出てしまうのだという。
つまり! エルドル様は私の趣味――勇者伝説の話ができる、同年代のお友達だということですよ!! これは最高だね!!
では、どうして今日私たちの授業を妨害したのかというと。
勇者も学園での教育が必要だとみなされ転校手続きをしたはいいが、あまりにも退屈で学園を探検していたら、面白そうな魔法の授業を見つけたのでついつい飛びんだ、と。
まあ、そういうわけ。
ちょっと、やんちゃな人なのかな?
でも私、元気な人が大好きだからきっと大丈夫!!
心の中で話の整理をしていると、エルドル様がそわそわしながら私の指先をつついた。
「俺、前世で病気がちだったから、なかなか友達ができなかったんだ。だから、あの、よければ俺と友達になってくれ! あと、気安くあだ名とかで呼んでくれていいから!! 俺もルーナちゃんのこと、ルーちゃんって呼ぶし」
えっ、今更? 私、もうすっかり友達の気分だったよ!? 一人で勝手に思い込んでいて恥ずかしい。
「もちろんです! 私もエルド……ザッくんともっと仲良くなりたいので!」
「ほんと!? やったあー!!」
エルドル様あらためザッくんは、とても嬉しそうに笑った。見た目はかっこいいのに、笑うと女の子みたいに可愛いね! ギャップ萌え? ってやつだ!! きっと!
「ザッくん……ザックだからザッくんかあ。それ、すごく気に入ったよ! ありがとうルーちゃん!! これからよろしくな!」
「こちらこそ、同士として仲良くして下さいね!」
二人で笑みと視線を交換していると、授業の終了を告げる鐘が鳴り響いた。もうお昼の時間かあ。食堂に行こうかな。あ! そうだ!
「あの、お昼ご飯を一緒に食べませんか?」
「本当に? いいのか!? 嬉しいなあ、友達と飯を食えるなんて」
私ってば名案! これでぼっち飯問題を回避して、お友達とお喋りしながらご飯を食べられるね!! ザッくんも喜んでくれているみたいだし、オールオッケー。
「では、行きましょ……」
「勇者殿ー!!」
「勇者殿! そろそろお戻りになって下さい!! 手続きには拇印が必要なのです!!」
「あっ! いた! 勇者殿!!」
そこへ、騎士の方達が怖いくらいの全速力で走ってきた。
ザッくんは逃げようとしたのだけれど……、私に腕を掴まれて止まった。
「え、ちょっと。お昼ご飯の約束は?」
「いいから、行って下さい」
「え?」
「行って下さい」
ザッくんは子犬のような目で見つめてくるが、私は屈しない。ザッくんは諦めて、がっくりとうなだれながら騎士さんたちに連れていかれた。
さーて! 私もご飯食べようっと。ぼっちだけれど。
「おーい、ルナじゃないか! 一人か?」
食堂に向かおうと歩き始めた瞬間、遠くから聞き覚えのある声が届く。
よくよく見ると、声の主はレオン様だった。
「よければ私と一緒に、昼食でもどうかな」
……ほほう。さて。タイミングよく駆けてきたレオン様へのお返事といえば、ただ一つ。
「その話、乗りました!!」
ぼっち飯回避要員、ゲット!! やったね!