Lv14 ▼リンカーナの咲く季節
「おはようございます!!」
「おう。おはよう、お嬢」
「おはようございますお嬢様!」
私はいつものようにせんちょーさんと料理人さんたちに挨拶して、厨房を通り過ぎる。
「おはようございます!」
「お嬢様、おはようございます。本日はおめでとうございます」
ちょうど朝食の準備を終えたメイドさんたちにも声をかける。みんな、満面の笑顔で返してくれるいい人たちだ。
「アン、おはようございます! 今日の淑女マナーの授業についてなのですが」
「お嬢様、お勉強の話は後にしましょう! 旦那様がお待ちですよ? 早く食堂までいらっしゃって下さい」
「はあい」
アンさんは授業の話をやんわりと止め、朝食をとるようにうながす。今も昔も、アンさんは私の誇るべき友達であり、有能な指導係さんでもある。
「おはよう、可愛いルーナ。今日は入学式日和だね」
「リンカーナの花も綺麗に咲いていますし、最高の日和になりましたね!!」
お父様の言葉に私も返す。本当にいい朝だ! ご飯もおいしそうだし!!
私はいつもの椅子に腰を下ろし、食事の前のお祈りを済ませてから朝食を食べ始めた。今日のお味もパーフェクト! さすが公爵家!
「ルーナ様、お食事を終えられましたら馬車にお乗り下さいませ。学園までお送りします」
「わかりました! おいしく急いで食べますね!」
「ふふ。ゆっくりで大丈夫ですよ」
執事のロルさんは笑顔で返してくれる。優しい。
でも、それでも急いでしまうのはしょうがない。だって──、
ルーナ・フィーブル十六歳は、本日よりリルザント王立学園に入学するのだから!!
*****
「こちらをもちまして、在校生代表の言葉とさせていただきます」
今日の入学式で一番大きい拍手がわき起こった。
その拍手の先にいるのはもちろん、我がリルザント王国の王太子にして、学園の二年次首席、そして私の腐れ縁であるレオン様だ。キラキラと輝く金糸の髪に、恐ろしく整った容姿。優秀な頭脳と、物腰の柔らかい態度。それらに恋い焦がれる乙女は数知れず。
そんなレオン様の挨拶なのだから、盛大な拍手がわき起こるのも無理はないのだ。
よっ! 罪つくりな男、レオン様!!
相変わらずキラキラしいレオン様をぽけーっと眺めていると、レオン様はこちらに気づいたようで、にこりと笑って手を振ってくれた。
バタバタと倒れていく乙女たち。ほんとに手を振っただけなのかな? なんか変なビームとか出てない?
「先生、リゼさんが目眩を起こして!」
「オルティアさんが気を失ってしまって!」
「先生――――っっ!!」
いくつかのアクシデントはありましたが、入学式は無事に終わりました。無事、だったのかなあ。でも彼女たちは大丈夫だよきっと! だって、幸せそうな顔で倒れてたし。
私は入学パーティーの会場に移動しながら、一人でそんなことを考えていた。考えごとでもしていないと、この空気には耐えづらいんだもん。
なぜかっていうと、
「ルナ、入学おめでとう!」
ざわざわと浮き足立った入学式特有の空気の中、その空気を切り裂くようによく通った声が私を呼ぶ。レオン様だ。わざわざ来てくれたんだね。
「ありがとうございます。先程の在校生代表挨拶、とても素敵でしたよ」
「ああ……でもあのあと、一部の令嬢たちが救護室に運ばれたらしいのだが……。長い式典で疲れさせてしまったのかな」
いやー、主にレオン様のせいですよ。
心の中で口角をひくつかせながら、私はちらりと周りの様子をうかがった。
「あれがフィーブル公爵令嬢の」
「素敵……所作も完璧ですわ。王太子殿下と本当にお似合い」
あらら、見られてる見られてる。
あっちのご令嬢もこっちのご子息も、遠目で私を見てなにやらコソコソと話をしている。
まあでも、公爵家の令嬢に、王太子殿下の婚約者っていうパワーワードが揃っているのだから、興味がわくのも仕方ないよね。こんな小娘なんかがー! って思う人も少なくないと思うけれど。
でも、友達ができないのは心外だよう!! だってだって、学園には一部の市井の子も入学できるんだよ! 貴族令嬢との付き合いは権威やらなんやらが絡んでくるから敬遠していたけれど、市井の子ならそんな問題ないもん。
ちょっとは期待していたのになあ。学校でぼっちだなんて寂しいなあ。
「どうした? 学園生活が不安?」
レオン様が眉をひそめて私に声をかける。私、そんなに険しい顔をしていたかな。
「そういうわけではないのですが、今後の学習について少し思うところがありまして……」
「学習? 君はこの九年間勉強漬けで、これなら学者を目指せるとシュワルツェ殿にも評価されているんだろう?」
むう。お友達をつくれないのも悲しいんだけれど、実は勉強面が一番心配なんだよ!!
この九年間、聖女になりたいということだけを原動力に、色々と頑張りすぎた。そのおかげで周りから誉められることは多くなった。ガモンさんとアンさんには、もう授業をやめた方がいいかもしれない、って言われている。
これまで自由に勉強をしてきたし、それだけに力を注いできた。けれども、そこで力を尽くした後だ。この学園で今まで以上の勉強ができるとは限らない。それならこれから先、私はどう頑張ればいいんだろう。まだ自分が聖女にふさわしいほどの実力がないと感じるからなおのことそう思う。しかし、今まで勉強してきたこと以外で、自分に不足しているものが何かわからない。入学するにあたって、そこが私の悩みでもあった。
だから私は、意を決して訊いた。
「私に足りないものは、なんだと思います?」
唐突な質問だった自覚はある。でもレオン様は驚きもせず、頭を捻りながら考えてくれた。
「うーん、そうだな。まずは、君の周りには狼が沢山いるんだってことをもう少し理解してほしいかな」
「つまり私の周りには味方だけでなく、敵も結構いるということですね!?」
「敵……うん、まあ、そうかな」
そっか! 私には自衛力が足りないってことなんだね!? レオン様頭いい!!
「わかりました! 私、これから身体を鍛えます!!」
「は、はあ!? ちょっと待って、公爵令嬢が身体を鍛えるとか聞いたことがないよ?」
「大丈夫ですよ! ちゃんとこっそり、お家の中だけでするので!!」
レオン様はかなり不満そうだけれど、先に自衛力が足りないって指摘したのはレオン様なんだからね?
なるほど。身体を鍛える、かあ。なんで今まで気づかなかったんだろう!? 聖女様は勇者たちと一緒に戦ったりするんだから、ある程度の戦闘力は必要だよね。
よし! 学園生活でやることが決まった!! 私の聖女愛はまだまだ止まらないよっ!!
「私、学園生活がすごく楽しみになってきました!」
「…………。うん、それはよかった」
学園にお友達はレオン様しかいないけれど! いずれできるかもしれないしね! こっそり筋トレ生活頑張るぞー!!
*****
リンカーナが舞う、季節。
リンカーナの花言葉は『神聖』『清楚』『革新』『創造』。そしてもう一つ、『波乱』。
そんな季節に、変化はつきものだ。よい変化も悪い変化も、土中から顔を出す成虫のように現れる。
出会いと別れ。それもまた、変化。
新しい出会いがよきものになるか、波乱となるのか、それは誰にもわからない。
──そう。神でさえも。
「ルーナ・フィーブル。みーつけた」