Lv13 ▼ 王子と少女と握った手
「大変申し訳ありませんでした!! 私の処分はお任せします。この度は何事もなかったとはいえ、お嬢様を危険にさらしそうになったこと、謝っても償いきれません」
家に帰り着いた途端、アンさんはお父様のいる書斎へ赴き、謝罪した。
城下で迷子になった私たちの顛末は、こうだ。
突然現れた強面のお兄さんたちは、レオン様の前まで来ると、自分たちは怪しい者ではないと説明してくれた。昼時の市場は人でごった返すので、迷子になる子供はけっこう多いらしい。そしてまさに迷子になっていそうな私たちを見つけたので、保護してくれようとしていたのだそうだ。そんなやりとりを交わしているうちに護衛さんとアンさんたちにも見つけてもらい、無事に帰ることができたのである。
そして、今に至る。
なにが起こったのかわからず目を白黒させるだけの私にかまうことなく、お父様はアンさんをじっと見つめた。
「つまり、君が責任をとってこの仕事を辞めるということかな?」
「……旦那様が、そうお望みならば」
ええ!? どうして!?
アンさんはなにも悪くないのに!! どちらかといえば、迷った私の方が悪いよね!? アンさんも、私なんかのために責任をとる必要なんてないよ!
「お父様! なぜなのですか!? アンはなにも悪くありません。迷子になってしまったのは、私の不注意のせいなのです!!」
そんな必死の訴えに、お父様は眉尻を下げた。
「これはね、君の説明だけで済む話ではないのだよ。今回の件では王太子殿下も同行されていた。いずれこの国の王になるお方を危険にさらしかけたのだ。必然、わが家の信用問題にも繋がってくるんだよ」
「……っ!!」
ひどい。それなら城下町行きなんか却下すればよかったじゃないですか!! 知っていれば、アンさんにそんな重い責任なんて背負わせなかったのに。
「お嬢様、ありがとうございます。ですがこれは、同行すると決めたときから覚悟していたことなのです。お嬢様と王太子殿下の身になにかあったときは、私が責任をとるのだと」
「アン……」
私は涙をぐっとこらえ、アンさんの名前を呼んだ。
まだちょっとしか一緒にいてない。
アンさんともっと仲良くなりたかったし、まだお友達認定されてないし!
嫌だ。こんなことになるなら、城下町なんて行かなければよかった。
「まあ、君の次の勤め先は少し融通してあげよう。まずは引き継ぎの件だが……」
お父様が説明を始めたときだった。
使用人と思われる声、そして、バタバタとこちらへ走ってくる複数の足音が聞こえた。
「突然の訪問、失礼します!」
唐突に開けられた扉の先、立っていたのはレオン様だった。
なんでこんなところに? もう帰ったんじゃ?
頭にたくさんの疑問符を浮かべる私。一方のレオン様はにこりと笑うなり、お父様の元へ歩を進めた。
「本日は、ルーナ嬢を危険な目に遭わせたこと、深く謝罪します」
「いえ、殿下そんな!」
「ですがこの一件、そちらのメイドに責任を負わせるのは少々酷だと思いませんか。今回のことは私の責任でもあります。もっと周囲を見て気をつける必要があったのです。それに、国王もこの件は不可抗力だったと仰っています。どうか、ご寛容な処置を」
レオン様、アンさんを庇ってくれている? なんだか今日は、レオン様の新しい一面をたくさん知った気がする。
これでお父様、許してくれるかなあ。
「陛下と殿下がそう仰っているのなら、私はなにも言いますまい。王太子殿下、わが家の使用人にまで気を回して下さり、深く感謝します」
「ありがとうございます!」
お父様は少しほっとしたようにレオン様に頭を垂れた。アンさんもそれに続き、最上級の礼をとる。私はというと、
「よ、よかったです……!」
アンさんが解雇されないという安心感で、腰が抜けて涙が止まらなくなっていた。
でも、本当によかった。アンさんとまた一緒にいられるんだ。
アンさんはぐだぐだになった状態の私に駆け寄り、手を取ってくれた。お父様も頭を撫でてくれる。レオン様はこちらを見てにこりと笑い、「失礼します」とだけ言って部屋を出ていった。
あ、追わなくちゃ! まだお礼も言ってないし!!
私はやっとのことで腰を上げ、レオン様の背中へと急いだ。
「あのっ! レオン様!!」
「ん? どうしてここに?」
「この度は……ありがとうございました!!」
レオン様に頭を下げて、お礼を言った。アンさんのためにわざわざ足を運んでくれたこと。私の不安を和らげてくれたこと。それらがとても嬉しかったって伝えたかったんだ。
「私はなにも……」
「レオン様のおかげでアンと私は救われたのです! レオン様がお父様に、ちゃんと説明して下さったから!!」
謙遜するレオン様に対し、食い気味に感謝の気持ちを述べる。するとレオン様は少し照れたような顔をして、私の手の甲をさすった。
「僕はただ……ルナと過ごしたこの一日を、いい思い出として終わらせたかっただけなんだ。最後に君とアンさんが離れ離れになるなんて、そんな一日は悲しいでしょ? それだけだよ。今日は本当にありがとう、ルナ」
「はっ、はい!!」
そんなふうに考えてくれていたなんて。
レオン様は、優しいなぁ。いい腐れ縁になれそう!
「そうだ、君に伝えたいことが……」
「レオン様! これからはいい婚約者兼お友達として、よろしくお願いいたしますね!!」
レオン様の言葉を、私はつい遮ってしまった。
「すみません! なにを言いかけたのですか?」
「友達、友達か……いや、ううん! なんでもないよ! そう! 友達だよね!」
なぜか落ちこんだような、あるいは諦めたような。レオン様は複雑な表情で、「友達」という単語を繰り返した。もしかして……友達というのは、嫌だったのかな?
「あらためて、これからもよろしく」
レオン様が手を差し出す。よかった、嫌だったわけではないんだね。
「はい! 末永く、どうぞよろしくお願いします!」
私たちは笑いながら、もう一度手を結んだ。
同年代の、友達同士みたいに。