Lv12 ▼城下町②
ざわざわとした人混みの中。私とレオン様は護衛さんに囲まれ、ガモンさんの言いつけ通りに手を繋いだ状態で通りを散策していた。
最初は少し気恥ずかしかったけれど、見た目は七歳の子供なんだから仕方ないよね! 小学生だって集団登校で手を繋ぐもんね!!
「見て、ルーナ! あそこにある木剣! 僕が持っているものより大きい!!」
「ほらあそこ! パンって白くてふわふわしたのだけじゃないんだ! あれなんて黒いし、野菜と肉が挟んである!」
レオン様は私の手をブンブンと振り回しながら、とても嬉しそうにはしゃいでいる。この開放的な場所が彼をそうさせたのか、敬語も、いつもの私口調も、王子節や口説き文句さえもなくなっている。
ていうか、はしゃぎすぎだよ! 楽しいのはすごくわかるけれども!!
かく言う私も、バスケットの中をお土産であふれ返らせていたのだが。
せんちょーさんには、人気の焼き菓子。お父様には、ガラス製のペン。アンさんを含むメイドさんたちには、花の匂い袋といったように。
人のことを言えないね。私もたいがいだったよ!
「レオ、そんなに手を振りながら歩いてはルーナがかわいそうですよ。ルーナもルーナでお土産を買いすぎです!」
「いやあ、楽しそうですな。おっ、この時計のデザインは凝っていますねえ」
私たちに気を配り一生懸命注意しているアンさんに対し、ガモンさんは余裕の表情で結構楽しんでいる。護衛さんたちは私たちが人混みに飲みこまれないように、人々にぎゅうぎゅうと押されながらも私たちの四方を囲んで進んでいる。あっ、子供に蹴られた。痛そう。ごめんね護衛さん。
「あれ? なんだか人が増えてる?」
レオン様の呟きに、ふと顔を上げて通りを見ると、たしかに最初に見たときよりも人通りが多くなっているような気がする。
ありゃりゃ。そろそろお昼時だからかなあ? とにかく、はぐれないように気をつけなくちゃだね。
「はぐれないように、しっかり手を繋いでいきましょう!」
「はい!」
いったん立ち止まり、二人でぎゅっと手を握り直す。
よしよし、これで迷子にはならないね!
気を取り直してアンさんとガモンさんについて行こうとすると突然、背後からの大きな声が鼓膜を激しく揺らした。
「安いよ安いよー! 今届いたばかりのアポーの実が、今ならなんと五つで銅貨三枚だよー! さあ買っとくれ買っとくれ!」
振り返ると、果物屋のおじさんがたたき売りを始めたようだった。……あれ、リンゴのことだよね? 色も形もそっくりだ。
私がぽけーと立っているうちに、お昼の買い物に来ているのであろうおばさ……でなくご婦人たちが「安いわー!」と果物屋さんをめがけて走り出した。
「あっ、ちょ、危ないっ!!」
「どいてちょうだい!!」
護衛さんたちがご婦人たちに押しのけられて、盛大にこけた。アンさんとガモンさんも人混みのパワーを受けてよろめいてしまったようだ。私とレオン様はというと――、
「ルーナ嬢! 手を離しちゃ駄目だ!!」
「こ、ここではルーナですってば!!」
見事に人波にさらわれてしまったのでした。
――ちゃんちゃん。
*****
「さて、どうしましょうか」
どうにか逃げ込んだ住宅街の一角で、私はため息をつく。人の波に飲まれてもう足が限界だったので、私とレオン様は近くの階段に腰掛けた。
「皆さんを探しに行きますか?」
「やめておきましょう。下手に動くと、護衛たちもぼ……私たちを見つけにくくなるでしょうから。大丈夫、彼らは優秀です」
「そうですね」
どうやらこの状況で一番落ち着いているのはレオン様の方だ。適切な判断ができているし、動揺する私をなだめてくれたし。
「…………」
「…………」
その後、二人とも無言になった。
さっきはすぐに声をかけようとしていた私も、このときばかりはできなかった。だって、ここに私たちを護ってくれる人はいない。異世界の、完全にアウェイな場所で迷子になって、心配無用でアンさんたちが迎えに来るのを待つだなんて無理な話だもん。もう、話しかける元気もないよ。
私がうつむいてスカートをいじっていると、レオン様がすぐ隣まで移動してきて、スカートの上にある手をぎゅっと握った。
……あったかい。ちょっと安心するな。
もう最初の頃の恥ずかしさなんてなく、私もレオン様の手を握り返した。
「ねえ、ルーナ。わ……僕の話を聞いてくれないかな?」
レオン様が突然話を振ってきた。今日一日でレオン様の素の話し方に多少慣れてはいたけれど、こうやって意図して素で話してくれたのは初めてな気がする。
「はい」
飾り気なく返事をすると、レオン様は少し嬉しそうに笑った。
「僕はね、君に初めて会ったとき、実は君自身を見てはいなかったんだよ。公爵令嬢である君も、他の令嬢たちと同じなんだろうなと思っていたんだ」
そしてレオン様は、苦しい胸の内を明かすかのように話し始めた。
――僕は王族で、生まれた瞬間から『レオン』ではなく『王太子殿下』として育てられたんだ。
周囲の人たちは僕のことを「国王陛下にそっくり」だと賞賛し、僕が少しでも父上に近づけるようにと、毎日のように座学に教養、剣技、そして王子らしい立ち振る舞いを詰めこんだ。僕も彼らの期待に応えられるようにと、必死で学問に取り組むようになった。
そのおかげで七つになる頃には『神の子であられる王太子殿下』っていう大仰なレッテルが貼られるようになっていたけれど、僕はその言葉の重圧に押し潰されないように必死だったよ。
ただ、八歳で縁談の話がきたのは急だったね。あれは、妻を亡くした優秀な公爵の後妻にと無能な貴族たちが寄ってたかる前に、その娘と王族の縁を結んで虫除けをしようという公爵家の魂胆だったんだと思う。要するに政略結婚ってことだよね。僕の能力が認められての縁談じゃない。僕は、そういうのがとても悔しかった。
でもせめて、与えられた役割は果たそうと思った。だから、お忍びで君に会いに行ったんだ。フィーブル公爵に「娘は会えるのを楽しみにしていた」って言われたときには、頭が痛くなったよ。きっと君も、地位と僕の外面だけが好きなんだろうなと思ったから。
けれども、それは違った。君は僕のことを少しめんどくさがっていたんだ。最初は驚いたよ。でも、ちょっと思ったんだ。君も僕と似ているのかなって! だから君のことが気になって、図書室で勉強をさせたし、僕も毎日休憩時間に抜け出して君を観察しに行った。
しかし君はやっぱり、僕とは違ったんだよ。
だって君は、なにかの目的をもって勉強していたのだろう? 授業を受けている君はとても楽しそうに見えたよ。君は僕と違って自由だった。それが、うらやましかった。
君に劣等感を向けそうになったとき、城下町に行こうという話が出たんだ。僕ですら行ったことのない場所に、君は王族じゃないという理由で行ける。君に対する憧れと劣等感がさらに募った。
それでも君は、そんな僕を「一緒に行こう」と誘ってくれた。今日も、手を繋いで色んな店を見て回ってくれた。それがすごく嬉しくて楽しかったんだ。剥がれかけていた外面が全部剥がれちゃうほどにね。
ふふ、びっくりしたでしょ? 『王子様』が『ただの男の子』になっていて。
ええと、だからなにが言いたかったかっていうと……今日はこんなことになってしまったけれど、僕は君と一緒にここに来れてよかったってこと。
「だから今は、君に会えてよかったって心から思えるんだ。ルーナ嬢、僕のつまらない話を聞いてくれてありがとう」
そう言ってレオン様は、話を終えた。
物語でよくある王子様の挫折話だと思ったけれど。なんで私にそんな話をするのかと思ったけれど。でも、なんだか他人事だとは思えなくて、胸の辺りがきゅうっとなった。
「ルナでいいです」
「え?」
「これから長い付き合いになりそうなのですもの。ぜひ、ルナと呼んで下さい!」
私はにこりとした笑みをレオン様に送る。
もういいや、レオン様は私の腐れ縁になってもらうよ!
「じゃあ、あらためて、ルナ。これからよろしく。僕のおよめ……」
「おい、そこの坊主と嬢ちゃん。こんなところでなにやってんだ?」
レオン様がなにかを言いかけたけれど、前方から聞こえてきた声に遮られて最後の方は聞こえなかった。恐る恐る前を見ると――、
「ひいっ!」
強面のお兄さんが三人立っていた。2メートル以上はあるであろう巨体を揺らしながら私たちの方へ歩いてくる。ひええ、とりあえず刺激しないようにしないと。
「やめろっ! 彼女には近づくな!!」
あああ、レオン様が私を庇って前に出ちゃったああ!! 危ないよっ!?
「ああ? なんだ坊主?」
強面お兄さんズはレオン様にずんずんと近づいていく。
一難去らずに……また一難!?