Lv11 ▼城下町①
ガモンさんから課外授業の提案を受けてから、一週間。
相も変わらず、レオン様は毎日図書室にサボりに来ていた。一つ変わったことがあるとすれば、少しだけ私にも素を見せ始めたことだろう。でも、たまに気を抜いた様子を見せるくらいで、まだキラキラしい王子様のスタンスを変えてはいないらしい。
私はというと、家ではダンスや淑女マナー、美しい文字の書き方練習をアンさんに教わり、王宮ではガモンさんにこの国の歴史や地形、産業について等幅広い知識を教えてもらい、充実した日々を送っている。
そんなある日のことだった。
いつものようにアンさんと王宮図書室に向かうと、そこにはガモンさんはおらず、数人のメイドさんたちがニコニコとしながら私たちの前に立ち塞がっていた。
いや、ええ……怖いのですが!? 今日なんかあったっけ!? ガモンさん、なんか言っていたっけ!?
アンさんはというと、なにかを悟ったような顔をしながらメイドさんたちと少し会話をしたあと、私の方を見て綺麗な顔でニコリと笑った。
「お嬢様、時間がありませんわ。急いで行きましょう!」
「へ?」
「さあさあ! ルーナ様、こちらへどうぞ!!」
「ええ!? た、助けて下さあああい」
なぜか興奮した口調のアンさんとメイドさんたちの熱気に押さされるがまま、私は図書室から客室に連行された。なんか見たことあるよこの流れ! メイドさんってみんなこうなの!? 結構グイグイくるよね!?
連行された部屋の扉が閉まるやいなや、かつてのクールキャラはどこへやら、アンさんは今日一番のいい笑顔で言った。
「では、ルーナ様の可愛らしさを全面に押し出しながらも、お忍びに適したお衣装を吟味しましょう」
「こちらはいかがでしょう? シンプルなエプロンワンピースですが、この淡い色とふんわりとしたシルエットが……」
「これも素晴らしいですよ。今城下の若い娘たちの間で流行している、裾にレースをあしらったデザインで……」
「あら素敵! でも、こういうのも……」
あ。なにかわからないけれど、これは多分詰みましたね。
「では、行ってらっしゃいませ!」
心なしか肌がつやつやになったメイドさんたちに見送られ、私とレオン様、アンさんとガモンさん、それに数人の護衛の方たちは門をくぐり外に出た。
レオン様は白いシャツに藍のズボン、私は灰色の袖にフリルが着いた白いエプロンのワンピースと、どちらも庶民に見える格好だ。
私たちが客室に連行された理由(レオン様も私と同じようにされていたらしい)、それはお忍びの格好に着替えるためだったというわけ。ガモンさんいわく、当日まで伝えなかったのはサプライズのつもりだったらしい。
本当、心臓に悪すぎるサプライズだよ。着替えに二時間もかかったし!!
ぐったりとうなだれながら隣を見ると、レオン様は案外ピンピンしている。さては着せ替え人形にされたのは私だけなんだね!? ふう。
まあいいか! とりあえず今日は楽しみにしていた日だし!! 城下町が楽しみ!!
「…………」
「…………」
ガタガタと揺れる馬車の中。アンさんとガモンさんは、これからの私の教育方針についての話で盛り上がっている。一方、私とレオン様の間には、なんとも形容しがたい空気が漂っていた。
なにこれ、気まずい! 会話がまったくないのだけれど!? レオン様! 最初に会ったときの饒舌さはどこにいったの!?
せっかくの外出なのに、この沈黙には耐えられない! なにか話題を!!
「あの、レオン様は、城下にいらっしゃるのは初めてなのですか?」
「城下については、書物に書かれていることしか知らないのです。ですから今日は緊張してしまって。昨日もなかなか眠れ……いえ、なんでもありません」
おお、いい感じのパスができたぞ! というかレオン様、それって遠足前の小学生じゃないですか。いや、小学生相当だもんね。しょうがない。
「まだ目的地までは時間がかりそうなので、休まれますか? 席も隣ですし、肩くらいならお貸ししますよ?」
自分の肩をとんとんと叩いてレオン様に示す、私。電車とバスって眠くなるからね。馬車でも仮眠くらいとれるんじゃないかなあ。
レオン様は最初、面食らったようにぱちくりと目を見開いていたが、なにやら迷いながらも、覚悟を決めたようにぐっと拳を握った。
「では、お言葉に甘えて……」
「はい。到着したら起こしますので」
ぎこちなく肩に寄りかかってきたレオン様だったが、しばらくするとすやすやと寝息を立て始めた。これは、だいぶ楽しみにしていたんだな。
ふああ。レオン様の寝顔を見ていたらなんだか私も眠く………。
「…………さま! お嬢様!! 起きて下さいませ」
「んう?」
ごしごしと目をこすりながら上を見ると、ぼやけた視界の中にアンさんとレオン様が映っている。それを捉えた途端、私の顔から血の気がさああと引いた。
「あ、ああ! そうでした! 私、レオン様を起こさなければいけなかったのに!! わあああ、申し訳ありませんっ!」
どうしよう! 自分で起こすと言っておきながら、逆に起こされちゃうなんて! レオン様はきっと呆れているよね? 八歳児に呆れられる精神年齢十八歳の私って。
しょんぼりとしながら馬車を降りる。楽しみにしていた街なのになあ。序盤からやらかしちゃったよ。
そんな私を見かねてか、アンさんとガモンさんは努めて明るく街の案内を始めてくれた。
みんなに心配かけちゃっている。本当に申し訳ない。
自己嫌悪に陥りながら護衛さんと一緒にとぼとぼ歩いていると、レオン様が私の方に寄って来るのが見えた。
レオン様は私の横まで歩いてくると、「ルーナ嬢」とだけ言って、そのあとはうつむいて黙りこんでしまった。これ、怒ってる? 怒っているの!?
「あの、レオン様、私」
「くっ、ふふふふ……口の端に、よだれが……ふふっ」
私の謝罪を遮ったレオン様の言葉はあまりにも衝撃的すぎて、私は慌ててハンカチで口元を拭った。
「お恥ずかしいところを……」
「いえ、こちらこそ笑って……ふふふっ」
もう、レオン様め! 年下幼女のよだれくらい許してよっ!?
「レオン様、さすがに笑いすぎでは!!」
「……はあ。すみません。あなたのような面白い女の子は初めてだったので、つい」
それ、褒めてないですよね? もういいよ! 今まで図書室で顔を合わせてきたけれど、こんなに笑ったのは見たことなかったし。よほど面白かったのだろう。
でも、レオン様も笑うと結構幼い顔になるんだね。初めて会ったときのあの大人びた笑みはいったいなんだったのか。
「さ、こちらが本日の大本命! リルザント王国が誇る大陸最大級の市場ですよ!」
前方から突如聞こえたアンさんの声に、思考を切り替えて前を見ると――、
「うわああ!!」
色とりどりの野菜と果物、見たことがない種類の肉や魚に、キラキラとした美しい異国の雑貨たち。辺りからはおいしそうな屋台の匂いが立ちこめており、店主たちの呼びこみの声が空へと響いている。本も楽器も画材もあるし、なんでも揃いそうな市場だ。
ここがリルザント王国の城下町!! 活気にあふれているね! 日本にも多分、こんな大規模な市場はないよ!
レオン様に笑われたことなんてどうでもよくなるくらいに、私の意識はこの新鮮で雄大な景色に飲みこまれた。
「レオン様!!」
浮かれた気持ちでレオン様の方を見やると、眩しくて目が眩んでしまいそうなほどに瞳をきらきらと輝かせていた。
「これが、わが国の城下町」
ボソリとそう呟くと、レオン様はとてもいい笑顔で私の手をぐいぐいと引っ張った。
「あの屋台へ行こう!!」
「ま、待って下さい!」
楽しみなのはわかるけれども! ちょっと落ち着こうよ!! 王子様口調崩れているよっ!?
なんて思いと願いも虚しく、レオン様はどんどん私を引きずっていこうとする。
「お待ち下さい、レオン様。これは課外授業ですし、それにお忍びなのですよ。まずはお忍びのルールを確認しましょうねえ」
「…………!! わかりました」
ガモンさんが仲介に入ってくれて、やっとレオン様が腕を離してくれた。続けてアンさんが人差し指を順番に立てて、ルールの説明をしてくれる。
「いいですか? ここではルーナ様はルーナ、レオン様はレオとお呼びします。そして、私たちと護衛の者からは絶対に離れないようにして下さいね」
私とレオン様は、はいっ!! と元気な返事を響かせる。
「いい調子ですよ、ルーナにレオ。それでは、参りましょう」
市場には慣れているというアンさんを先導にして、人並みの中に入っていく。
市場! すっごく楽しみだ!!
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